日本人に限らず、アメリカにおいても飲食店などの経営者にとって「NY支店」を持つことはステイタスであり、それを目標に頑張っている会社は多いと思います。メルマガ『NEW YORK 摩天楼便り-マンハッタンの最前線から-by 高橋克明』の著者で米国の邦字紙「WEEKLY Biz」CEO 兼発行人の高橋さんは、NYの観光名所として知られていた名物レストラン「カーネギーデリ」が突然閉店したことを例に挙げ、NYという土地の抱える複雑な賃貸、不動産事情について詳述しています。
NYのいびつなビジネス形態
先日、マンハッタンはミッドタウンにある有名、名物レストラン「カーネギーデリ/Carnegie Deli」が、今年いっぱいをもって、閉店することが報道されました。
ニューヨーカーにとっては、結構、衝撃的なニュースらしく、大手の新聞社も表紙でそのニュースを扱ったり、知り合いのアメリカ人にも、その話題を振られたり。
あまりに有名なそのアイコン的レストランは、多くの日本の方もご存知かと思われます。 ニューヨーク観光される方が必ず1度は足を運ぶお店であり、冗談か!と思うほどの、分厚いパストラミサンドイッチを食べたことがある方も少なくないと思います。
逆に、住んでいる人間で行く人は少ない。 観光客のメッカというイメージのお店に、わざわざ僕たちが日常足を運ぶことはありません。
閉店となった理由は、オーナーいわく「競争が激しくなりすぎたから」とのことですが、この街の飲食店が閉店する多くの理由は「リース切れ」のタイミングです。
この街は、というよりこの国はユダヤ人が支配しています。 特に不動産業界は、顕著です。
彼らのビジネスは、端から見てもスゴい!と言わざるを得ません。 どうスゴいか。
例えば、テナントが入っている多くの物件は、オーナーがユダヤ人です。
彼らはリース契約の更新時、今までの倍の家賃を要求するそうです。
倍です。 実際、あるコリアンレストランのオーナーに、要求額の明記された契約書を僕も見たことがあります。
倍なんて払えるわけがない。
仮に、払えたら、オーナーは儲けものです。
でも、多くのテナントは払えない。 払えないとどうなるか。 出て行くしかない。
テナントが出て行くと、同時に、家賃をもとの額に戻します。
戻したら、どこかのテナントが入る。 損はない。
やっぱり世界の中心、ニューヨークなので、結局、場所さえ良ければ、どこかのテナントが入る。 世界から、その国その国の有名店が、「NY店」を出店したくて、空きを待っている状態です。
なので、既存の今入ってるテナントをなんとかして、キープしたい、という気持ちがない。 空き店舗に関してだけ言えば、この街は完全に「売り手市場」です。
なので、リース契約が切れた状態で、次の契約は倍を要求する。
その契約を飲んでくれたら、ラッキー。 出て行ってもらっても、元の額に戻して、次のテナントと契約する。 損はありません。 運が良ければ倍。 良くなくても、今まで通りの家賃は入ってくるー。
なので、日本から進出してくる飲食店のオーナーさんには、最初の提示額が納得きる額なら、少しでも長い契約期間の方がいいですよ、とアドバイスしています。
契約期間が切れて、更新時の額は、間違いなく、今回の提示額ではないですよ、と言います。
それでも、日本で成功されて、日本式のビジネスに慣れきってしまっている方は、「やっぱり最初は少しずつ」と言いながら、1年契約や、2年契約で結びたがります。 「そんな、いきなり、(更新時に)さすがに倍はふっかけてこないでしょ」と。
そのあたりは、いくら日本の方に説明しても理解してもらえません。
中には、「膝と膝を付き合わせて、目を見て、心で語り合ったら理解しあえる!」と堅くなに熱弁する日本人オーナーもいらっしゃいました。
理解しあえません。 生まれ育った環境も、文化も、宗教も、なによりビジネスに対する根本的な考え方が違うのだから。 (なにより、語り合うほどの言語力もないのだから)
ユダヤ人オーナーにしてみれば、世界中からその国で成功した百戦錬磨のビジネスマンたちと日々、交渉しているわけです。 日本式が通じる通じないの前に、世界各国、そこの文化をすべて丸々、いちいち理解してる暇がない。
今回おまえんとこがダメでも、明日はスペインから来る「地中海料理」屋のオーナーが話したがってるし、明後日は中国から来る「四川料理」屋のオーナーとのアポが入ってる。 そんな日常です。
なので、ここは思いきって5年リース結びましょ、なんなら10年とれるなら、とりましょ。 そうアドバイスします。
「でも1年頑張ったら、来年は、オーナーも知らない仲じゃないんだし、ちょっとは安くしてくれるかもよ。 実際、下北店のビルオーナーはそうだったんだから」
とまだ言います。
絶対、ありえません。
だって、今回、ニューヨーカーに愛され、世界中の観光客から愛されている名物レストランですら、更新時かなり値上げされたんだから。
以前も、どこかで書きましたが、ここマンハッタンは街自体が「巨大な展示場」。
そこまで値上げするユダヤ人支配に、借り手側(ビジネスする方)も、ここ数年で、対策を考え出し始めました。 ビジネス自体の考えを、みなさん根本的に変えるようになったのです。
最初から3年なら、3年で、店をたたむことを想定してビジネスを展開するようになりました。
その間に、世界の中心地である、ここマンハッタンで稼ぐだけ、稼ぐ。 稼げなくとも、世界中の人間が集まるこの街で、これ以上ないほどの宣伝をする為のフラッグショップとしての役割を利用するのです。
そう考えると、この世田谷区くらいの大きさのマンハッタンという街は、ここ自体が巨大な展示場と言えるかもしれません。
ニューヨークでビジネスを展開している、というブランディングは、本国の売り上げアップにもつながるそうです。
街自体がプロモーションの場所であるー。
実は、これは「企業」に関してだけ言えることではなく、「人間」も同じだという人もいます。
一定期間、この街で、ビジネスなり、勉強をすると、後に「あの人、ニューヨークでもシゴト(ベンキョウ)していたらしいよ」と、自身のキャリアにとってもプラスに作用することがあるらしい。
個人的には「なんだ、それ」と思わざるを得ません。 あまりにも旧態依然の考え方です。
「いるだけ」で「偉い」ことなんて何もない。 ありえない。
当たり前の話ですが、場所がどこであれ、最も大切なことは「なにをしているか」。「どこ」なのかは意味がまったくないことだと思います。
にも関わらず、一方では「滞在している」だけで優越感を持っている人も、日本人、アメリカ人問わず、いるのは事実です。 僕の知り合いにもいます。
「NY支店」があるだけで本国の店舗の売り上げがアップしている企業も、事実あります。 名前は伏せるけど。
その人が、なにをしていようが(なにもしてなくても)、その店が、赤字を垂れ流しても、いるだけで、あるいは、あるだけで、ブランディングになる街—。
どこかが間違えています。
ひょっとすると、人が生活するのに、ある意味、これ以上、不自然な街は世界中のどこにもないのかもしれません。
image by: DW labs Incorporated / Shutterstock.com
『NEW YORK 摩天楼便り-マンハッタンの最前線から-by 高橋克明』 より一部抜粋
著者/高橋克明
全米No.1邦字紙「WEEKLY Biz」CEO 兼発行人。同時にプロインタビュアーとしてハリウッドスターをはじめ400人のインタビュー記事を世に出す。メルマガでは毎週エキサイティングなNY生活やインタビューのウラ話などほかでは記事にできないイシューを届けてくれる