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小池知事の鼻を明かせ。私怨でIOCを動かす森元首相のノミの心臓

東京オリンピック・パラリンピックのボート、カヌー・スプリント会場を巡り、激しいつばぜり合いを展開する小池都知事と森元首相。メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』の著者・新 恭さんは、先日来日したIOCのバッハ会長を軸に繰り広げられた小池・森両陣営の「戦略」を読み解きながら、それぞれの思惑、そして「小池vs森の勝敗の行方」を占っています。

小池知事に対抗し森喜朗が仕組んだバッハ劇場

自民党のかつての実力者、野中広務は森喜朗をこう評したことがある。

「早稲田大学雄弁会出身だから、聞いている人たちが120%満足する話をするんです。それに酔うて、言うてはならんことをつい言うんですよ」

森がまれにみる話好きであるのは間違いない。それが不足気味な知性をカバーする武器になり、産経新聞にコネ入社した彼を気に入る有力者が次々と現れて、出世につながったのだろう。ただ、安倍晋三と同じく、どうも人に対する怒りを自分のなかに納めておくだけの度量が足りないようである。

たとえば、いわゆる「加藤の乱」で、森内閣不信任案否決のための多数派工作を成功させた立役者、野中が「けっして森首相の信任を決定したものではない」とくぎを刺したことに森首相が「幹事長は何を言うんだと激怒したことがあった。

それがもとで野中が幹事長をやめたのだが、森には仲間内が和やかであることが何よりの価値で、それを乱す者は、いかにその言動が正しくとも許さないという気質があるようだ。

そういう男が会長として取り仕切る東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会に、東京都の新知事、小池百合子が斬りこんできた。コスト削減やアスリートファーストを旗印に、五輪3施設の変更案をぶち上げたうえ、都が大部分を出資し職員の3割超を派遣していることを理由に、都のもとの「監理団体」になるよう組織委に要請したのだ。司令塔としての組織委の権限を取り上げようというもくろみだ。

小池知事が、都民にアピールするための象徴として目をつけたのがボート、カヌー・スプリントの会場である。「海の森水上競技場」(東京)から宮城県の「長沼ボート場」に変更する案を都政改革本部の調査チームに発表させた。組織委員会とは没交渉でぶち上げる。小池知事独特の手法だ。

コケにされっぱなしの森喜朗が、そのまま黙って引っ込んでいるわけはない。

「IOCで決まったことをひっくり返すのは極めて難しい」「独断専行したら困る」「われわれの立場は東京都の下部組織ではない」。

森は感情をつとめて抑え、冷静さを装っていた。だが、話の内容は厳しい。これまで五輪に関して重要なことは何でも自分を通さなければならなかった。小池は全くそれを無視している。

小池vs森のバトル。メディアは小池側の視点から報道することが多いが、森の心の内側を想像してみると、また違ったニュースの味わいがあるのではないか。

ボート会場の変更案が出たのが9月29日。それより前の9月13日に、小池知事が村井嘉浩・宮城県知事を都庁に招き、都政改革本部の上山信一・特別顧問をまじえて三者会談をした。そのニュースが報じられると、大会組織委員会は「不透明なやり方だと激しく批判した。「不透明」のレッテルをはられている組織委が小池知事に「不透明だ」と反撃したのである。

大会組織委員会は14日、東京都の小池百合子知事に関して「事前に競技団体の意見を聞かず、水面下で他県知事とだけ話し合うのは、極めて不透明なやり方ではないか」などとする声明を出した。また、「会場変更を主張するなら、都知事自ら日本オリンピック委員会、競技団体など国内関係者と調整を行い、(関係機関のトップで構成される)調整会議で合意を形成する必要がある」と求めた。
(10月14日産経)

組織委会長の森喜朗と事務総長、武藤敏郎(元大蔵事務次官)の怒りが噴き出したような声明だ。

どうすれば小池の鼻を明かすことができるのか。鳩首協議している最中、IOCのバッハ会長から情報が飛び込んできた。文科省などが主催して10月19日から日本で開催する「スポーツ・文化・ワールド・フォーラム」に出席するバッハ会長を、森ら組織委メンバーも待ち受けているが、そのスケジュールに東京都が割り込んで小池・バッハ会談を開くというのである。

組織委の頭越しに小池が会長と会う。そこまでやるのか、とこれまで以上の怒りが湧き上がっただろう。が同時に、小池に一泡吹かすチャンスにできるのではないかと森とその周辺は考えたかもしれない。

IOCの理事会、総会で決まったことをひっくり返そうとする小池知事をバッハ会長が快く思うはずがない。だが、大切なことは、小池劇場に引っ張り込まれて政治利用されないことだ。そのためには、なによりバッハ会長自身がテレビの視聴者に好印象を与える必要がある。そして、主導権がIOCにあることをやんわりと日本国民に認識させることが大切だ。

森や武藤らは、18日に来日するバッハ会長と連絡をとり、入念に対策を練ったにちがいない。実際にバッハ会長が来日すると、小池知事、森会長、安倍首相に会ううちに、しだいに全体の空気がバッハのペースにはまっていった。その裏に、森らの仕掛けがあったのではないか。

最初のステップは、小池知事との会談をオープンにするという東京都側の申し入れを気軽に受け入れることだった。小池知事が、テレビ映りを最大限に利用し、相手より自分をよく見せて視聴者の支持を得る術にたけているという特徴をバッハ会長は来日前にしっかり頭に入れていた

その対応策は、小池の雰囲気に同化し、できる限りの友好ムードを醸し出すこと。ただし、ほどよくその場を引き締め、あとの交渉を有利に進める布石を打つことも忘れてはならない。それがバッハ会長の次の発言である。

東京が選ばれたのは、公平な競争をしたからこそだ。競争のルールを変えないことこそ、日本にとっても、東京にとっても、そしてIOCにとっても、利益にかなっていると思う。

四者による作業部会の発足を提案したい。都、組織委員会、日本政府、IOCの四者で作業部会を形成して、一緒にコストに関して数字を見直していこう。

提案した内容を変えないことが原則だが、とにかく、これから四者で話し合っていこう、というわけだ。

これに対し小池知事は「四者協議も、しっかりと国民や都民に見える形でやっていければ良い提案ではないかと思う」と応じた。お得意のオープンな形にこだわった小池が、バッハ・森ラインの考える四者の意図に気づいていたかどうかはわからない。

終始、笑みをたたえる小池知事とバッハ会長のかたわらには、ときおり鋭い眼光を放つコーツ副会長の姿があった。コーツこそは会場選定に決定的な影響力を持つ人物だ。

小池知事との会談の翌日、バッハ会長は森喜朗が待ち受ける組織委員会の事務所にコーツ副会長とともに訪れた。この場での組織委の眼目は、森喜朗会長の存在をいかに大きく見せるかだ。バッハ会長もその意図は心得ていたとみえる。

組織委の職員約250人を前にバッハ会長は、リオ五輪閉会式の「安倍マリオは、事前に森から耳打ちされていたと明かした。「安倍マリオ」演出が森の発案だという報道はあったが、どうやら間違いないようだ。森が「墓場に持っていこうと思った秘密をバラされた」とジョークで返したあたり、いまも首相を動かす人間であるというアピールなのだろう。そこには「小池などになめられてたまるか」という思いも隠されていたのではないか。

この儀式のあと、森会長がバッハ、コーツというIOCのツートップの中央に位置して記者会見にのぞむという演出も加えられた。

「IOCの皆さんが希望されていることを、我々が一致してまとめていく」

この森らしい発言の裏には、会場選定の実権を握るコーツ副会長が承認した「海の森」案を実現できるようがんばる、IOCのツートップのメンツをつぶすようなことはしないから任せてくれ、という決意が読み取れる。

このあと森会長は、バッハ会長らに最大級のサービスを用意していた。安倍首相さらには天皇陛下との会談の設定だ。元首相の森が組織委の会長でなければできなかった芸当かもしれない。森との会談では森を大きく見せることにバッハが協力し、森はバッハを大きく見せるために安倍首相だけでなく天皇陛下に会う段取りまで整えたのだ。

バッハ・森の協力ラインが権威性を帯びることによって、相対的に小池知事の存在が小さく見える。森のシンプルな脳細胞はそう判断したのだろう。

バッハ会長は安倍首相との会談で、福島県が要望している野球やソフトボールの開催を「選択肢の一つだ」「例えば野球の日本チームの第1試合を被災地でやることは非常にパワフルだ」などと、小池案とは別の復興五輪のあり方を示した。

小池知事が「長沼ボート場は復興五輪にふさわしい会場」と言っていることを逆手にとって、IOCのペースに引き込もうという狙いがあるのかもしれない。ただ、その真意はともかく、復興五輪のあり方を、国のトップとIOCをの会長が話し合ったことに深い意味がありそうだ。

組織委、政府、IOCが三位一体となり、その重量感をもって東京都との四者協議にのぞむ態勢がつくられたということにならないだろうか。こうなると、さすがの小池知事も考え込まざるを得ない。

人気うなぎのぼりの小池知事にとって最大の武器は、情報公開という名のテレビ劇だが、別の言い方をすれば、他の三者に対抗するにはそれしか手立てはないということだ。四者協議が公開で行われ、あくまで長沼ボート場案を主張して、それが叶わなかった場合、彼女のソロバン勘定からいうと、マイナスであろう。

ボート・カヌー会場について「都として、あんまり決め打ちで決めるのはどうかと思う」と小池知事は急にトーンダウンしてしまった。森喜朗としてはいささか溜飲が下がったかもしれない。

振り返れば、自民党森派に所属していたころから小池は森の言うことを聞かず、それを森が批判するという一幕が繰り返されてきた。代表例は、2008年の自民党総裁選だ。森の反対を押し切り、中川秀直元幹事長の支援で小池は総裁選に立候補した。2010年に小池が党総務会長に就任したさいに森は「ただ権力に就きたいだけだ」と小池を批判した。

森は今回のバッハ会長来日で、得意の根回しワザを駆使し、ほぼ思い描くシナリオ通りにコトを運んだ。水面下の調整を用いた旧来型の劇場政治ともいえよう。

小池知事は根回しが苦手なのか、嫌いなのか、とにかく手順をショートカットして、いきなりテレビ映りの威力で解決をはかろうとする。新しい劇場政治のあり方を実験しているようにも見える。その手の政治家の典型と思えた小泉純一郎や橋本徹でさえも、小池の徹底した見栄え戦略にはおよばない。

公開される予定の四者協議が、はたしてどちらのペースで行われるのか。「海の森のコストダウン案あたりを落としどころとし、テレビカメラがまわる四者協議は単なる友好セレモニーに終わりそうな気もするが、ぜひとも小池知事にはガチンコでのぞんでほしいものだ。

 

国家権力&メディア一刀両断』 より一部抜粋

著者/新 恭(あらた きょう)
記者クラブを通した官とメディアの共同体がこの国の情報空間を歪めている。その実態を抉り出し、新聞記事の細部に宿る官製情報のウソを暴くとともに、官とメディアの構造改革を提言したい。
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