12月に訪日が予定されているロシアのプーチン大統領ですが、ここにきて両政府の「平和条約交渉」と「経済協力」に対しての考え方の違いが浮き彫りになってきたようです。これを受け、無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』の著者・北野幸伯さんは、日本は、ロシアが日本との関係よりも中国との関係を重視していることを認識し、北方領土問題を棚上げにしてでもロシアを味方につけることが大切だと述べています。
日本の大悲劇=◯◯観と◯◯観のなさ
プーチン訪日が近づいていますが、「日ロの交渉は難航している」という情報が出ています。これに関連して最近、「ロシアは何を考えているのでしょうか?」といろいろなメディアから質問を受けます。テレビ局、新聞、雑誌。今回もメルマガで、「ロシア側が何を考えているのか」について書きます。
こういう話をすると必ず、「北野さん、あなたは間違っている!」と批判のメールがきます。「私」ではなく、「ロシア側」の考えをそのまま伝えるだけですので、批判メールを送らないよう、お願いいたします。
ロシアは、「平和条約締結」を急いでいない
毎日新聞、10月30日付を見てみましょう。
<日露交渉>すれ違い 平和条約の調整難航
毎日新聞10/30(日)8:00配信
12月15日に山口県で開かれる日露首脳会談を前に、日露両政府の平和条約交渉と経済協力をめぐる思惑の違いが浮き彫りになってきた。
安倍晋三首相は両者を同時に前進させたい考えだが、ロシアは極東での経済協力プランの規模を独自に発表し、プーチン大統領も早期の平和条約締結をけん制した。
日露の溝は埋まっておらず、調整は難航しそうだ。【前田洋平】
日ロの溝は埋まっていないそうです。もう少し、具体的な話を。
「平和条約がない異常な状態に1日も早くピリオドを打たなければならない。今を生きる世代として問題を解決する強い決意で臨みたい」。
安倍首相は17日の衆院環太平洋パートナーシップ協定(TPP)特別委員会で語った。北方領土問題を前進させれば「政権最大のレガシー(政治的遺産)」となるのが確実だ。
国会答弁で強い意欲を繰り返すのも、ロシア側にサインを送る狙いからだ
(同上)。
「平和条約がない異常な状態に1日も早くピリオドを打たなければならない」。
これなんですが、日ロの温度差は大きいようです。ロシア側も確かに「平和条約がないのは異常な状態」という認識。しかし、「1日も早く」とは考えていません。
この安倍総理の発言。ロシア側には、「1日も早く平和条約を締結したい!」と、そのまま聞こえないのです。そうではなく、「1日も早く北方4島を返しやがれ!」と聞こえる。そして、実際安倍総理の真意は、「平和条約を結びたい」のではないでしょう? 「島を返しやがれ!」ということでしょう。日本にとっては、当然の主張ですが。
ところがロシア側は、「北方4島は、ロシア(ソ連)が戦争に勝って獲得した土地。なんで返さんといかんの?」と考えている。「日本だって、日ロ戦争に勝って、南樺太を奪ったではないか?」「日本が勝ったときは、ロシアの領土を奪い、日本が負けたときは『固有の領土だから返せ』というのはフェアじゃない」と考えている。そして、4島を実効支配しているロシアからすると、2島返還、4島返還いずれも「大損」ですから、「それ相応の見返りがなければ、返還なんかするか!」と、こういう意識なわけです。
大戦略家ルトワックさんは、「自分に都合のいい相手国を『発明』するな!」といいます。日本の認識は、「ロシアも島を返したがっている」というものでしょう? これは、完全に「発明」です。日本だって、第2次大戦が終わるまで「1875年の樺太・千島交換条約で、『樺太はロシア領』『千島は日本領』と決まった。わが国は日ロ戦争で勝利して、ロシアから『南樺太』を奪ったが、もともと二国間条約で『ロシア領』と決まったのだから、『返還してあげよう』」などと考えたことがあったでしょうか? もちろん、ありません。
「日清戦争の結果、台湾は日本領になった。しかし、清がかわいそうだから、台湾は返してあげよう!」とは、もちろん考えませんでした。日本が「夢にも」思わなかったのに、ロシアが「無料で返してくれる」と考えるのは、まさに「発明」です。
プーチンの中では、中国 >>> 日本
一方、プーチン大統領は27日、ロシア南部ソチの会合で平和条約の締結時期に関し「期限を明確にするのは不可能で有害だ」と慎重姿勢を示した。2008年に領土問題を最終決着した中国を引き合いに、日露関係は「そのレベルに達していない」とも語った。
(同上)
日ロ関係は、日中関係のレベルに達していないそうです。これ、プーチンの本音ですね。日本では、「ロシアは中国が嫌い。そのうちケンカする」と普通に考えられています。
「ロシアは中国が嫌い」
これは確かにそうなのですが、半分ぐらい「発明」が入っています。どういうことでしょうか?
たとえば「クリミア併合」後の日本、中国の対応の差を見てみましょう。日本は、アメリカに同調して、ロシアに制裁を課した。中国は、アメリカを無視して、ロシアに制裁を課しませんでした。ある国に「制裁を課す」というのは、簡単なことでしょうか? これは「重い事実」です。もちろんアメリカのことを考えれば、対ロ制裁は仕方ないでしょう。しかし、プーチンが、「制裁をしていない中国との関係は、制裁をしている日本との関係より、強固で重要だ!」と考えるのは、事実であり、当然ですらあります。
ロシアは、「経済協力を引き出したい」だけ???
菅義偉官房長官は28日の記者会見で、日露間に温度差があるとの指摘に対し、「そこはない。両首脳は平和条約を締結する強い決意を表明している」と述べた。ただ、日本側にはロシアに対して「経済協力を引き出したいだけではないか」(政府関係者)との懸念も出ている。
(同上)
残念ながら、政府関係者の認識は正解です。ロシアは、「制裁」「原油安」「ルーブル安」の「三重苦」で苦しんでいる。だから、日本の「経済協力」が必要なのです。ロシアの現状を考えれば、ロシアが経済協力を求めるのは、「正常」です。
逆にロシアが、「戦争で奪った4島を、是非とも返したい!」なんて考えていたら、そっちの方が異常ですね。プーチンは、鳩山さんとは違います。
日ロ接近は、アメリカを怒らせるリスクがある
経済協力では、日本企業がどれだけ参画するかが鍵を握る。シリアやウクライナ問題で米国と対立するロシアに進出すれば、「対米取引に支障が出かねない」(金融関係者)との見方があることも、日本側の慎重さの背景にある。
(同上)
ロシアに進出すると、アメリカとの取引に支障が出る可能性がある。これは、事実でしょう。アメリカメディアは今、「プーチンとの和解」を掲げるトランプを落選させるために、「プーチンは悪魔のような男」「トランプは、悪魔の操り人形」というプロパガンダを熱心に行っています。ですから、日ロ接近は、もちろんアメリカに歓迎されません。このことはルトワックさんも指摘しています。
この辺の事情、正直にプーチンに伝える必要がありますね。その上で、「抵抗の少ない分野」から始めていくのです。ロシアに詳しい友人は、「医療分野の支援は、日本のイメージを上げるのに最もいい」と話していました。日本がロシアの医療分野を支援すること、アメリカは反対するでしょうか? おそらく抵抗はないと思います。
元気になる「強硬派」
ロシアとの交渉が厳しさを増すなかで、自民党内からは「領土問題が進展しないなら経済協力はやめるべきだ」「北方領土は妥協せずに四島返還を要求せよ」など、強い姿勢で交渉に当たるよう求める声が相次いでいる。首相とプーチン氏の個人的な信頼関係にかける日本政府は、難しい対応を迫られそうだ。
(同上)
「妥協せず4島返還を要求せよ!」。
「4島返還の実現」は、私も含む全日本人の願いです。
しかし、「4島返還論」の問題点は、「70年そのことを主張しつづけ、まったく何の進展もみられないこと」。是非、具体的に、「どうやって4島を返してもらうか」を教えてほしいです。
日本の悲劇は、「大局観」「戦略観」のなさ
ここまで書いてきたことが、ロシア側の「本音」です。原油・天然ガスの値段が安く、安定推移している現状で、「ロシア側に4島返還の意志がないのなら、わざわざ仲良くする必要あるの?」と誰もが思うことでしょう(2島返還は、日ソ共同宣言があるので、可能性があります)。私だって、そう思います。
しかし、日本には、ロシアと和解しなければならない「戦略的理由」がある。それは、もちろん「中国ファクター」です。RPEの読者さんは、「尖閣をめぐって日中戦争が起こる可能性がありますよ」といっても、驚かないでしょう。メルマガでは、08年のリーマン・ショック前からずっと同じ話をしている。そして、実際中国側の挑発は、ますますひどくなっています。
「尖閣有事」の際、参加国は4つのパターンが考えられます。
1.日米 vs 中国
これは、日米必勝パターン。ですから、日本は、トランプが勝ってもヒラリーが勝っても、あらゆる手段を講じて、アメリカと良好な関係を築かなければならない。
2.日本 vs 中国
これだと、おそらく尖閣は中国に奪われるでしょう。沖縄もヤバくなってきます。なんといっても、中国は、『日本に沖縄の領有権はない!」と世界中で宣伝している。
3.日米 vs 中ロ
これは、どうなるかわかりませんね。しかし、アメリカが日本の離島を守るために、中ロと戦争するでしょうか?
ちなみに、アメリカの傀儡国家ジョージアは08年、ロシアと戦争をしました。このとき、アメリカはロシアと戦いませんでした。ロシアがクリミアを併合したとき、アメリカはロシアと戦いませんでした。アメリカが、中ロを敵にまわして戦うとは思えません。
4.日本 vs 中ロ
これは最悪。日本が勝つ可能性は、1%もありません。ちなみに、中国とロシアは、最近も南シナ海で合同軍事演習をしたばかりです。
結局、日本がロシアと和解するべき理由は、対中国で、1.の「日米 vs 中国」の必勝パターンを維持するためなのです。そのためには、「2島先行返還」(先行です)でも受け入れ、ロシア側が拒否したら「棚上げ」するべきです。
「棚上げ」と書くと「国賊」といわれそうですが。しかし、皆さん考えてみてください。ロシアは、世界有数の親日国家です。韓国は、世界1、2を争う反日国家です。日本政府高官は、ロシア政府高官に会うと、真っ先に「いつ島返すんだこの野郎!」といって、日ロ関係を険悪にします。そして今、安倍総理は、微笑みながら、「私はプーチンさんが好きです。いつ島返してくれますか?」と、本質的に同じことをしています。
ところが、同じ日本政府高官が反日国家韓国に行くと、決して、一度も「いつ竹島返すんだこの野郎!」とは言わないのです。安倍総理も、世界一の反日政治家・朴さんに会うと、微笑みながら、「アンニョンハセヨ!いつ竹島返してくれますか?」とは言いません。おかしくないですか? そして、この件で、誰も政府高官を、「竹島を忘れた売国奴だ!」とは言いません。
日本には、中国という巨大な、目前の脅威があります。アメリカとの関係を強固に、ロシアを中立に保てれば、日本は必ず中国に勝てるでしょう。
しかし、日本は、ロシアを、反日国家韓国よりも下に扱っている。こういう「大局観」「戦略観」のなさで、かつて日本は失敗しました。アメリカ、イギリス、中国、ソ連を敵にして勝てるはずがなかったのです。安倍総理は、是非同じ過ちを繰り返さず、日本を中国の脅威から守ってほしいと思います。
最後に世界一の大戦略家ルトワックさんが、「北方領土問題」について、何と言っているか、引用しておきます。
日本政府が戦略的に必要な事態を本気で受け入れるつもりがあるならば、北方領土問題を脇に置き、無益な抗議を行わず、ロシア極東地域での日本の活動をこれ以上制限するのをやめるべきだ。
このこと自体が、同地域での中国人の活動を防ぐことになるし、ロシアが反中同盟に参加するための強力なインセンティブにもなるからだ。
(『自滅する中国』p192)
image by: 首相官邸
『ロシア政治経済ジャーナル』
著者/北野幸伯
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