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これがマーケティングだ。社名より商品名が有名なネスレ日本の戦略

CMでも話題の「ネスカフェアンバサダー」。オフィスで働く人たちに手軽にコーヒーを楽しんでもらえるようにと、ネスレが独自に考案したコーヒーマシンを無料で貸し出すサービスです。無料メルマガ『店舗経営者の繁盛店講座|小売業・飲食店・サービス業』の著者で店舗経営コンサルタントの佐藤昌司さんはこうしたネスレの戦略を、近代マーケティングの第一人者であるフィリップ・コトラー氏が重要性を提唱する「価値主導のマーケティング」を実践した大成功例であると高く評価しています。

マーケティングの会社と言われる「ネスレ日本」

こんにちは、佐藤昌司です。「ネスレはスイスに本社を置く世界最大級の総合食品飲料企業です。日本にも進出し、「ネスレ日本」として日本法人が存在します。「ネスカフェ」「ネスプレッソ」「キットカット」「ミロ」「モンプチ」といった商品群を展開していることで有名です。

ネスレは企業ブランドよりも商品ブランドの方が一般的には強く認識されています。好ましい商品イメージを消費者に強く印象づけていくことで、消費者の商品に対するロイヤルティを高めていきました

ネスレの商品ブランドは世界中で支持されています。展開する商品カテゴリーの中で、同社商品が「トップシェア」になるようマーケティング戦略を展開していきました。そのマーケティング戦略は卓越しています。同社は「マーケティングの会社」とも言われます。

ネスレは1866年に設立しました。同社は、1930年前後に起こった世界恐慌が尾を引くなか、1937年にスプレードライ法によるインスタントコーヒーを完成させました。1938年に「ネスカフェ」の商品名で市販を開始しています。

日本では1950年代の高度経済成長期初頭にインスタントコーヒーが輸入され始めました。多忙な生活を送る人々の支持を得て広く普及していきました。

インスタントコーヒーを製造するには、スプレードライ法やフリーズドライ法といった専門技術が必要です。こうした技術や製造設備を有する企業は限られていたため、ネスレは高い利益率を確保することができました。

ネスレは長い間レギュラーコーヒー事業には参入しませんでした。なぜかというと、レギュラーコーヒーはロースターでコーヒー豆を焙煎し、ブレンドしてグラインドし、真空パックすれば、簡単に誰でも製造できるため、利益率が低くなってしまうからです。このため、発展途上国ではレギュラーコーヒーよりもインスタントコーヒーの方が、値段が高くなることもありました。

インスタントコーヒーであるネスカフェは、簡単にコーヒーを飲むことができるという手軽さにより、多くの消費者の支持を得ることができました。そして、高い利益率を確保することに成功しました。

日本でのコーヒーの年間消費量は約500億杯とされています。ネスカフェの消費量は約120億杯と言われ、およそ4分の1のシェアを占めています。「インスタントコーヒーと言えばネスカフェ」という不動の地位を確立しました。

卓越したマーケティング戦略

ネスカフェは卓越したマーケティング戦略によって広く普及したといえます。

2014年5月、ネスレ日本による「ネスカフェ アンバサダーによるオフィス市場の開拓」プロジェクトが、第6回「日本マーケティング大賞」を受賞しました。同賞は、新たな需要を掘り起こし、あるいは市場を再活性化した優れたマーケティング活動に対し、公益社団法人日本マーケティング協会が授与するものです。

日本でのコーヒーの年間消費量は約500億杯とされていますが、そのうちの約6割が家庭で飲用されています。そのため、ネスレ日本は4割程度の「家庭外市場」にはあまり注力しませんでした。しかし、国内市場の伸び悩みが続いていたため、「家庭外市場の約7割を占めるオフィス市場に着目するようになりました。

ネスレ日本は、オフィスで働く人たちが手軽にコーヒーを楽しめる環境にはなっていないと考えました。

かつては、勤めている会社がコーヒーを購入し、手軽にコーヒーを楽しむことができました。しかし、経費削減が叫ばれるようになったことで会社によるコーヒーの購買が低下したため、職場でコーヒーを手軽に飲むことができなくなりました。また、オフィスビルの高層化が進み、外に出てコーヒーを購入することをためらう企業人が増えていきました。

こうした背景から、オフィスではコンビニのコーヒーや自動販売機の缶コーヒーが飲まれるようになりました。そのため、ネスカフェがオフィスで飲まれなくなるようになりました。そこで、ネスレ日本はネスカフェをオフィスで手軽に飲んでもらいたいと考えたのです。

2012年11月より、「ネスカフェ アンバサダー」として主にオフィス向けに「バリスタ」「ドルチェグスト」といった1万円前後のコーヒーマシンを無料で貸し出すサービスを開始しました。

「アンバサダー」とは「大使」という意味です。ネスレのコーヒーをそれぞれの職場で楽しんでもらうために、ネスカフェアンバサダーが文字通り大使となって職場に普及させていきます。

アンバサダーとしては、1万円前後のコーヒーマシンが無料で借りられるメリットがあります。ネスレ日本としては、オフィスでコーヒーを定期購入してもらえるので、継続的な収益が得られるメリットがあります。このビジネスモデルは、コーヒーマシンとコーヒーの両方を提供することができるネスレ日本ならではといえるでしょう。

アンバサダーはネスカフェを通販で購入し、ネスカフェを職場で楽しんだ人はアンバサダーに代金を支払います。アンバサダーが販売員の役割を担い料金を聴取します。そのため、ネスレ日本は人件費を省くことができます

ネスレ日本は広告などを通じてアンバサダーを募っています。簡単な選考はあるものの、応募者のほぼ全員がアンバサダーとして任命されます。

アンバサダーは顧客というよりもビジネスパートナーという位置づけです。定期的にアンバサダーをホテルに招待して「サンクスパーティー」を開き、芸能人を呼んだりビュッフェ形式の食事を提供したりしてアンバサダーをもてなしています。アンバサダーに対する期待の強さがわかります。

業界団体との確執

ネスレ日本は卓越したマーケティング戦略により、業界を牽引する企業へと成長しました。一方で、その成功は業界企業から嫉妬されるようになりました。

ネスレ日本は2013年9月から、「インスタントコーヒー」という呼称をやめ、新たに投入する商品から呼称を「レギュラーソリュブルコーヒーに変更しました。

「ソリュブル」は英語で「溶ける」を意味し、細かく挽いたコーヒー豆の粒子に独自のコーヒー抽出液を混ぜ合わせて乾燥させる新製法のコーヒーです。

コンビニコーヒーが台頭しコーヒー業界の競争が激しくなるなか、革新的な商品イメージを確立するために、「レギュラーソリュブルコーヒー」という新しい呼称を打ち出したのです。

しかし、業界団体はネスレ日本の新しい呼称商品はインスタントコーヒーであると結論し、ネスレの「レギュラーソリュブルコーヒーという表示を認めないと発表しました。

業界団体は、ネスレの新製法での商品は重量比によって「インスタントコーヒー(レギュラーコーヒー入り)」または「レギュラーコーヒー(インスタントコーヒー入り)」に分類するよう求め、新呼称は「一般消費者が誤認するような表示は不当表示に当たる」旨を盛り込んだ公正競争規約改定案を採択しました。これにより、新ジャンルや「レギュラーソリュブルコーヒーという呼称の使用や広告での使用を認めない見解を示しました。

ネスレ日本はこれに対し「企業活動を阻害すると強く反発し、全日本コーヒー公正取引協議会、全日本コーヒー協会、日本インスタントコーヒー協会、日本珈琲輸入協会の4団体を退会しました。業界自主ルールではなく、JAS法(農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律)を遵守した表示を行っていくとしています。

SNSを有効活用

ネスレ日本はマーケティング戦略において、ソーシャルメディアを有効活用しています。

2010年8月、チョコレート菓子の「キットカットを37年ぶりにリニューアル発売する際に、ソーシャルメディアのmixiを活用して口コミを拡散させました。他の広告・販促活動も相まって、キットカットリニューアル発表会には22万人を超える行列ができました。

2013年、キットカットのパッケージでタレントの絢香さんのARライブが楽しめるキャンペーンを実施しました。そのキャンペーンと連動させる形で、Facebookなどに「ありがとうにまつわるエピソード」を投稿すると、抽選で絢香さんのプレミアムライブに参加できるキャンペーンを開催しました。

このように、ソーシャルメディアを活用して様々な販促を仕掛けてきました。一方で、ネスレ日本はソーシャルメディアを通しての顧客との対話を重視し、対話の中から潜在的な顧客ニーズを探っていきました

ネスレ日本は2009年に「VOC推進室」(VOC=Voice of Consumers)の運営を開始し、顧客と向き合う部署を発足させました。

ところで、近代マーケティングの第一人者であるフィリップ・コトラーは「マーケティング3.0」において価値主導のマーケティングの重要性を提唱しました。企業と消費者が共に価値を見いだしていく時代になったと述べています。

VOC推進室はまさに価値主導のマーケティングを実践しています。ソーシャルメディアを有効活用して価値創造を進めていきました。ソーシャルメディアで語られている同社商品に対する膨大な声を地道に拾い上げ、商品を消費してどのように感じたのか、さらにどのような体験を求めているのか、といったことを探求していきました。

こうしたソーシャルメディアでの潜在的な顧客ニーズの探索から具体的な商品の改善に取り組んでいます。

例えば、「キットカット」の語感と九州の方言で「絶対に勝つぞ」を意味する「きっと勝つとぉ」の語感が似ていることから、このことが受験生の間で口コミが広まり、受験に勝つためのお守りとしてのキットカットが定着しました。そこで、キットカットのこうした価値を受験以外でも活用できるのではないかと考えました。

ソーシャルメディア上の投稿を分析し、受験以外でどのようなシーンで使われているのかを探ったところ、家庭やオフィスで頑張っている人に対してのちょっとしたねぎらいでキットカットを差し入れるという活用がされていることが分かりました。

そこで、キットカットのパッケージの箱や中の個包装などにメッセージ欄を設け、頑張っている家族や友人にメッセージを書けるようにしました。メッセージを書いたキットカットを人に渡すことができるようにしたのです。

さらに、遠方の家族や友人にも届けられるように、日本郵便と共同でキットメールのサービスを開始しました。キットカットの箱に手書きでメッセージや伝えたい思いを書き添えて郵送できるようにしました。

また、オフィスでもキットカットをもっと食べてもらおうと考え、オフィスでの普及に力を入れてきました。キットカットにメッセージを書いて渡すことができるため、職場のコミュニケーションが円滑になり、仕事の効率化と良好な人間関係の構築に役立つと企業側も考えるようになり、多くの企業で取り入れられています。

このように、ソーシャルメディア上の潜在的な顧客の需要を的確に拾い上げて様々なマーケティング活動に取り入れてきました。このような活動から、顧客との間に絆をつくることができ企業ブランドと商品ブランドを確立することに成功してきたのです。

ネスレ日本は卓越したマーケティング戦略を展開することで総合食品飲料企業の先端を走っています。「マーケティングの会社にふさわしい企業といえそうです。

 

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著者/佐藤昌司
東京MXテレビ『バラいろダンディ』に出演、東洋経済オンライン『マクドナルドができていない「基本中の基本」』を寄稿、テレビ東京『たけしのニッポンのミカタ!スペシャル「並ぶ場所にはワケがある!行列からニッポンが見えるSP」』を監修した、店舗経営コンサルタント・佐藤昌司が発行するメルマガです。店舗経営や商売、ビジネスなどに役立つ情報を配信しています。
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