十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人
「子どものときは非常に優れていたが、成長するにつれて伸び悩み、大人になったときには平凡だったことのたとえ」
今の日本の子育てではこのような例が多いようです。親たちの中には、とにかく子どもが小さいときから優秀であることを願っている人たちがたくさんいます。
そして、小さいときから立派にしつけようと、細かいことでガミガミ言い続けます。親に言われたことは何でもできて、片づけもできて、習い事もイヤと言わず、やるべき勉強もどんどんする…。そういう子にしたいのです。
あるいは、幼稚園受験、小学受験、中学受験と突き進み、とにかく早い段階で勝ち組路線に乗せようとします。子どもたちは、遊びも含めて自分がやりたいと思ったことは抑え、ひたすら親が喜ぶことをがんばり続けます。
こういったことの結果として、燃え尽き症候群になってしまったり、万事受け身な性格になってしまう子どもがたくさん出ます。そういう子は、大人になってからも自分でやりたいことを見つけてどんどんやっていくということができなくなります。
促成栽培よりも大器晩成、と思ってじっくり構えていれば焦らなくて済みます。小さいときは冴えなかったけど尻上がりに伸びていくという人たちはたくさんいます。
ちなみに、英語にもこれと似たことわざがあります。
・A man at five may be a fool at fifteen.
(5歳のとき大人のような子は15歳で馬鹿になる)
人の振り見て我が振り直せ
「人の行動を見て自分の行動を改めよう」
このことわざの「人」という部分を「わが子」にかえて読んでみると、「わが子の行動を見て自分の行動を改めよう」となります。
子どもというものは、親の言葉と行動を実によく見てまねしています。ですから、わが子の行動は親自身の日頃の行動そのものを映し出しているのです。
例えば、親が「片づけしないとおやつ抜きだよ」などの罰則型の言葉が多いと、子どもも兄弟や友達に「○○しないと遊んであげないよ」などと言うようになります。親がゴミをポイ捨てするような人だと子どももそうなります。
このように、わが子の行動でこれはまずいというものがあれば、まず親自身がそれを改める必要があります。
「親の言うことは聞かないけど、することはまねる」という言葉もあります。まさにその通りだと思います。