1月23日に安倍総理に提出された、天皇陛下の退位を巡る政府の有識者会議の論点整理。民進党の野田幹事長が「一つの方向に傾斜している」と疑問を呈すなど、まさに賛否両論渦巻く展開となっていますが、新聞各紙はこの論点整理の内容についてどう報じたのでしょうか。メルマガ『uttiiの電子版ウォッチ』の著者でジャーナリストの内田誠さんが詳しく分析、解説しています。
「一代限り」の特例法の流れ変わらず。「退位」問題を巡る有識者会議の論点整理提出を、各紙はどう報じたか
【ラインナップ】
◆1面トップの見出しから……。
《朝日》…「退位「一代限り」推奨」
《読売》…「退位「一代限り」の方向」
《毎日》…「退位「一代限り」促す」
《東京》…「「一代限り」色濃く」
◆解説面の見出しから……。
《朝日》…「典範改正の課題列挙」
《読売》…「論点整理 国会に配慮」
《毎日》…「退位論議 結論ありき」
《東京》…「国会に議論ゆだねる」
ハドル
天皇の退位を巡る有識者会議の論点整理提出で、各紙の1面トップと解説面が揃いました。《朝日》は定番解説面の代わりにトランプ氏関係の解説を載せているのですが、次の面に匹敵する規模のものを持ってきています。というわけで…。今日のテーマは「一代限り」の特例法の流れ変わらず。「退位」問題を巡る有識者会議の論点整理提出を、各紙はどう報じたか、です。
基本的な報道内容
天皇の退位を巡る政府の有識者会議は、これまでの議論を中間的にまとめた論点整理を安倍総理に提出。一代限りの退位容認が望ましいとする考えが強く出た内容で、政府は近く国会に提示。与野党の意見を踏まえた上で、4月以降に関連法案を国会に提出し、成立を図りたい考え。
特例法ありき
【朝日】は1面トップと3面の解説記事。7面には論点整理の全文を掲載。見出しを並べる。
- 退位「一代限り」推奨
- 有識者会議 法整備 明示せず
- 特例法ありき 本質論低調(視点)
- 典範改正の課題列挙
- 恒久制度か 反論盛る
- 「見せ方」に腐心
uttiiの眼
今回の論点整理が、事実上、政府が推進しようとしている特例法を後押しする内容となったとして、《朝日》は1面記事に付けた記者による「視点」で、この論点整理は特例法ありきのものであり、「日本国憲法における天皇の役割」というような、もともと有識者会議が専門家のヒアリングを行うに当たって論点の冒頭に掲げていた本質的な論点について、議論が深まらなかったと、批判している。
その結果として、天皇陛下の「お気持ち」が問いかけていた、「象徴天皇制はどうあるべきか」については、議論を深めていく課題があったのに疎かにされ、「事実上、先送りされた」としている。
「視点」は最後に、「3月末にもまとめる最終提言では意見の羅列にとどめず、皇室制度の専門家を含まない有識者会議メンバーだからこそできる、『国民目線』に立った説得力のある論理を示してほしい」と、かなり大上段に要求。有識者会議の大義名分に沿った批判を展開している。課せられた崇高な使命を果たせということだろう。
「結論ありき」という言葉をキチンと使っていること、今回の中間報告を「意見の羅列」と一刀両断にしていること、以上2つの点で、主張が明確になっている。「退位の恒久的な制度化」を望む声も大きいなか、結局は「政権の施策に対するお墨付き効果」だけに終わらせるのであれば、何のために時間と金と労力を費やしたのかと批判されても仕方がないだろう。
3面の解説は、論点整理がこうした内容になった経緯を分析していて興味深い。政府が推進する特例法案と野党の多くが必要だとする皇室典範改正との間で一種の妥協が成立するのでないかとみられていたが、有識者会議の6人は座長代理の御厨氏をはじめ、「特例法」を支持する人たちばかり。特例法案を容認する内容になるとの方向性が見えてきた頃から、民進党や議長などから、不信感や不快感が表明されてきた。そうした立法府側の反発を受けて、報告書の体裁が「総花的」になったとの理解が示されている。さて、国会ではどんな議論になることか。
特例法の方向性をにじませた…?
【読売】は1面トップに続いて、2面3面の解説記事「スキャナー」、社説、12面に論点整理の全文、13面専門家らのコメントを収載する「論点スペシャル」。見出しを抜き出す。
- 退位「一代限り」の方向
- 有識者会議 論点整理を公表
- 退位の是非 両論併記
- 「国民は共感」「皇位不安定化」
- 論点整理 国会に配慮
- 「一代限り」結論付けはせず
- 「儀式」「退位後の活動」課題
- 国民の総意を得るたたき台に(社説)
uttiiの眼
見出しは「一代限り」の「方向」、リードには「一代限りの退位」が望ましいとする「方向性をにじませた」と、いずれも微妙な表現。皇室典範改正ではなく、有識者会議は「一代限りの退位」を特例法で認める方向を推しているとの認識に変わりはないのだが、飽くまで「明確な結論付けは避けた」というのが基本的な評価。だが、これは正確な認識と言えるのだろうか。
有識者会議が早くから「特例法による一代限りの退位」という方向性を出そうとしたことに対して、与野党ともに国会側が反発し、困った官邸が方針転換を図った結果、「論点整理の中身を急速にトーンダウン」させることになった経緯については、《朝日》同様に指摘している。しかし有識者会議の役割は、「特例法」による問題解決という方式を、国会議員だけでなく、世論にも納得させることだったはずで、その意味では、仕掛け自体がややお粗末だったと言えるのかもしれない。
24日、総理が衆参の議長副議長に対して今回の論点整理を示し、国会での議論が始まる。安倍総理が「決して政争の具にしてはならない」と強調したにもかかわらず、「野党第一党の民進党は、皇室典範改正による制度化を求める姿勢を崩していない」と、まるで異論が邪魔者であるかのように書く《読売》の身の置き所は、一体どこにあるのだろうか。
保守派への配慮
【毎日】は1面トップに2面と3面の解説記事「クローズアップ」、11面に識者の見解を載せる「論点」、12面と13面に論点整理の全文、社会面にも関連記事。見出しを拾う。
- 退位「一代限り」促す
- 有識者会議 論点整理公表
- 恒久制度 否定意見多く
- 各党、集約を加速
- 来月中旬めどに
- 退位議論 結論ありき
- 「重荷」急いだ政府
- 関連法案へ課題山積
uttiiの眼
《読売》と違い、《毎日》はこの論点整理が「一代限りの特別立法を促す意見の比重が高く、政府の方針に沿う内容になった」とする。3面の解説記事「クローズアップ」は見出しに「結論ありき」と掲げ、「特別立法での退位実現に重点を置いているのは明らかだ」として、民進党皇位検討委員会の馬淵澄夫事務局長が「結論ありきで強引に進めた」と批判していることを紹介している。《毎日》自身が、この「結論ありき」に批判的であることも明らかだ。
ただ、特例法については、自民、公明の与党だけでなく、維新も一致していること、他方、民進や共産などとの合意点を探るため、典範の付則に特別立法の根拠規定を置く案を支持する声が、公明、維新両党内でも出ていることについても触れている。この点は、国会での議論を考えるとき、非常に重要な要素となるが、きょうの《朝日》、《読売》は強調していない。
有識者会議が「結論ありき」であった理由について、《毎日》はキチンと分かりやすく書き記している。以下、直接引用する。
世論は退位を支持しており、議論が長引けば政権に批判が向く懸念もある。そのうえ、首相を支持する保守派には退位反対論が根強い。制度化には時間が掛かるという理由に加えて支持層への配慮もあり、制度化に踏み込むことは最初から想定していなかった。
恒久化支持する世論への配慮
【東京】は1面トップに加え、2面の解説記事「核心」、5面社説に7面詳報。見出しを抜き出す。
- 「一代限り」色濃く
- 天皇退位 有識者会議が論点整理
- 「恒久化」の課題列挙
- 特別法の流れ変わらず
- 退位「一代限り」色濃く
- 国会に議論ゆだねる
- 有識者意見は両論併記
- 国民的議論に深めよ(社説)
uttiiの眼
「結論ありき」という表現を使わなかった《東京》だが、1面記事に付けられた関口克己記者による「解説」では、「特別法という流れは既定路線」と断じている。退位の恒久化は、一定の要件化が難しい上、議論が女性・女系天皇を含む大きな見直しにつながりかねないため、政府は最初から慎重だったのだという。
しかし、国会審議を待たずに「特別法での対応」を打ち出してしまった有識者会議に対する与野党からの反発を受け、明確な方向性を打ち出すことを控えたとの理解は、他紙と同様のもの。さらに、「核心」では、国会への配慮に加えて、恒久制度化を支持する世論への配慮という点も数え上げている。
今回の論点整理に「明確な方向性」がなくとも、比重は明らかに「一代限りの退位を認める特別法」に傾いているので、これを元に政府が法案を準備する上で支障がなければ、有識者会議としては責めをはたしたということになるのだろう。国会での議論を通じて、野党は、恒久制度化に向かう「芽」を残すことができるのだろうか。
あとがき
以上、いかがでしたでしょうか。国会が開かれているのに、天皇の退位を巡る法案はまだ形を与えられていません。「共謀罪」に関わる法案も、まだです。なんだか妙な国会になっています。
image by: 首相官邸