14日に7,000億円を超える特別損失を発表した東芝。さらに、予定していた決算発表を1カ月後の3月に延期すると発表したことで、最悪のケースとして上場廃止や経営破綻の声まで囁かれています。メルマガ『週刊 Life is beautiful』の著者で世界的プログラマーの中島聡さんは、このままいけば「東証二部への格下げは免れない」とした上で、「企業間の契約に慣れてない日本が、米国企業に最初から不利な契約を結ばされた」との見方を示しています。
東芝と不平等条約
14日に予定していた決算発表を延期した東芝ですが、予想通り、稼ぎ頭の半導体部門を売却せずには企業の存続が危ぶまれるところまで追い詰められてしまいました。東証二部への格下げが予測されているようですが、本来ならば上場廃止にすべきでしょう。
東芝が抱える原子力事業の問題点に関しては、福島第一の事故以来、ブログやこのメルマガでも何度か触れて来ましたが、今回は「日本の会社は米国の会社と同じ土壌で戦えるのか?」という視点から総括してみたいと思います。
東芝の迷走を総括すれば、
2006年:スリーマイル島での事故以来、ビジネスが低迷していたウェスティングハウス(WH社)をShaw Groupと共に54億ドル(約6370億円)で買収し、原子力発電装置の世界三大メーカーに仲間入り
2011年:福島第一での事故で、復活するはずだった原子力産業がさらなる低迷サイクルに突入
2011年:Shaw Group がプットオプションを行使し、HW 社の残りの20%を1250億円で東芝に売却
2013年:C&BI 社が Shaw Group と S&W 社を買収
2015年:経営陣による粉飾決済が判明(主にパソコン事業)。しかし原発事業の「のれん代償却」は見送り
2015年:原発工事を手がける S&W 社を(WH社経由で)270億円で CB&I社より買収
2016年:SCANA(サウスカロライナの電力会社)が WH 社に対して「固定価格オプション」の行使(参照)
2016年:医療機器子会社(東芝メディカル)を6655億円でキャノンに売却(破綻防止のため)
2017年:半導体子会社の一部売却計画を発表(破綻防止のため)
2017年:7000億円強の「のれん代償却」を発表
となります。
大きな分岐点は2006年のWH社の買収です。今になって見ると、高値掴みだったし、「原発ババ抜き」のババを引かされたとも言えますが、その時点では、決して悪い戦略ではなかったと思います。
当時、日本の原子力中心のエネルギー政策に疑問を持つ人は少なかったし、米国も「原発ルネッサンス」という言葉と共に、スリーマイル島での事故のトラウマから立ち直り、新たな原発を作る準備を進めていました。
当時は、自民党だけでなく、2009年に政権を奪った民主党ですら、原発を支持しており、エネルギー政策の上でも、地球温暖化対策の上でも、原発は疑いもなく「国策」でした。
1988年に改定された日米原子力協定により、「準核保有国」の地位を手に入れた日本にとって、日立、三菱に続いて東芝が原発に本腰を入れるというのは、とても理にかなった話でした。
しかし、実際の買収交渉になると、東芝は、致命的な失敗を二回しています。
一つ目の失敗は、WH社の買収の際に、Shaw Group に与えてしまったプットオプション(保有するWH社の株式を、決まった価格で東芝に売りつける権利)です。東芝としては、一社で WH社を買収するのはリスクが高すぎるという理由で、(原発工事を請け負う)Shaw Group に20%の株を買ってもらうことにしたのですが、百戦錬磨の Shaw Group は、「いざとなったら売りぬける」ことが出来るようにプットオプションを要求して来たのです。
本来ならば、最悪の場合を考慮してプットオプションなど与えるべきではありませんでしたが、「原発工事を請け負う Shaw Group が HW 社の株を売るはずがない」という日本人的な発想で、与えてしまったのです。
そこで起こったのが2011年の福島第一での事故です。「原発ルネッサンス」が夢に終わったことを察知した Shaw Group は、間髪を入れずにプットオプションを行使し、(原発事故の影響を考慮すれば二束三文にしかならない)WH 社の株を 1250 億円で東芝に売り抜けたのです。
二つ目の失敗は、S&W 社の買収の際の交渉です。買収の前から、工事の遅れによる賠償金を HW社と S&W社のどちらが支払うかでもめていたにも関わらず、買収後の賠償金の支払いの責任を明確にせずに買収してしまったのは、とんでもない失敗です。
東芝の発表によれば、この買収のトランザクションには不正が行われた可能性がある(拡大解釈すれば、売り手の CB&I 社が、WH社の経営陣に賄賂を渡して強引に買収を成立させた可能性がある)とのことですが、これほどまでにリスクの大きい買収に、(親会社である)東芝が関わっていなかったのは大きな問題です。
いずれにせよ、最初の失敗による損失が1000億円強、二番目の失敗による損失が数千億円なので、とんでもない話です。
それに加え、(厳しくなった規制基準のために)遅れに遅れている工事に危機感を感じた顧客であるSCANAが2016年に行使した「固定価格オプション」がさらなる危険をはらんでいます。これは、「想定以上に建設コストが膨らんだ場合には、その分は HW社 が全て負担する」ことを意味します。
それだけであれば、万が一の場合にはHW社を倒産させて逃げ切ることも可能ですが(その場合には、のれん代を全て損失として計上する必要があります)、親会社である東芝が、HW社の債務の保証人になっており、東芝には最大7934億円までの違約金の支払い義務があるため逃げることもままならないのです(参照)。つまり、今回計上したの7000億円強の損失に加え、最悪の場合(原発工事がさらに伸びてコストが膨らんだ場合や、工事そのものをキャンセルしなければならなかった場合)には、さらに7000億円強の違約金を支払わされる可能性すらある、という契約を結んでしまっているのです。
この件でも分かる通り、契約社会で鍛えられた米国企業にとっては、それに慣れていない日本企業との間で、自分だけが有利になる契約を結ぶことは、赤子の手を捻るように簡単なのことのように私には見えます。
今回の件では、「何としてでも原発事業を復活させたい」という東芝側の必死な思いが、「足元を見られて東芝ばかりが一方的にリスクを負う契約を結ぶ」結果になったのだと思います。
開国当時に日米間で交わされた「不平等条約」は、今は日米の企業間で行われているとも言えるのです。
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