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【書評】定年組に生きがいを。小説・老人を救う会費制ニセ会社

定年後、それまでの「会社ありきのライフスタイル」を奪われ、空白感や寂寥感を抱くというリタイヤ組のお話はよく耳にします。無料メルマガ『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』の編集長、柴田忠男さんが今回紹介してくださるのは、そんな男たちを主人公に据えた小説。「事実は小説より奇なり」などとも言われますが、こちらの小説は高齢化問題がクローズアップされる現代社会の大きなヒントとなってくれそうです。

極楽カンパニー
原宏一・著 集英社

原宏一『極楽カンパニー』を読んだ。主人公は定年退職して3年、これからはのんびりとハッピーリタイヤメントを謳歌するつもりですよ、と公言した手前本音はいえないが、毎日が退屈で空白で寂しくてたまらない

会社と一心同体で生きてきた、日本株式会社の申し子みたいな男である。まだ壮年というべき60代に、会社勤めという心地よいライフスタイルを奪われた男は、なすすべもなく図書館や書店に通う。いわば、「会社勤めの様式美」を失ってしまった寂寥感空白感でいっぱいである。

わたしは50歳で会社勤めをやめて遊民に堕ちた(or上がった)から、主人公の気持ちは分からないわけではないが、切実感はぜんぜんない。だから、ちっとも主人公らの言動に共感を覚えないのだが、お話は面白い

彼は図書館で同じ境遇の男と意気投合し、絵空事馬鹿正直度外視という三つの企業理念をもつ、フェイク会社「株式会社ごっこ」を設立し、潰れかかった喫茶店をベースに、この知的ゲームを開始した。会社勤めの様式美そのままに、彼が会社人間だった当時さながら、働き蜂の日々が続く。妻が海外旅行中の創業(?)である。

同好の士、つまりは社員を募集したら、わずか数日で100人以上が押し寄せる。この会社は給料が出ないどころか会費制だ。社員は年金や小遣いの持ち出しで働く。会社のない毎日がどんなに辛く侘しいものか、そんな自分に周囲の人間がいかに無理解か、といった心の葛藤を持つ男達が集まってくる。

応募者全員を社員にし、元喫茶店を手作りオフィスに変える。商談したり電話をかけたりする相手だってほしい。社員を二つにわけて片方を別会社の「株式会社得意先」にした。すべてを知り尽くした熱心な会社信奉者ばかりで、全員本物より本物らしくしようと夢中で働く。やがて支社も次々に設立される。

主人公の息子の恋人が有能なマーケッターで、このフェイク会社ムーブメントを画期的高齢者福祉事業だと見立てる。次世代への提言者になるという意義ある役割が、高齢者に与えられる。となれば高齢者にとって、これほどの生きがいはないし、メンタルケア、老いに直面した彼らの生きる励みにもなる。

フェイク会社はいわば高齢者に向けたアミューズメント産業娯楽ヒーリング空間でもある。じつのところ左前店主救済事業そのものじゃないか、と見抜いたのが息子で、フェイク会社のフランチャイズ事業を企画し……、というわけでフェイクが生臭い話になっていき、やがて……。団塊の世代が定年を迎えるころを想定した話かもしれないが、物語が生まれたのはそれよりずっと前。文庫版では大幅に加筆、再編集したとある。どう変わったか、確認はしていない。面白かったがピンとこない、団塊より少し上のわたしであった。

編集長 柴田忠男

image by: Shutterstock.com

 

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