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中国の領海侵犯は本当か? 海保も認める「暗黙のルール」を徹底検証

これまでも「中国と『一触即発』のウソ。実は関係改善で、日中首脳会談の可能性も」、「『中国脅威論』はこうして作られた。新聞報道の巧妙な世論誘導」といった記事で、まことしやかに語られる「中国の脅威」について様々な証拠を元にその過ちを暴いてきたメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』。今回は、先日の世界友愛フォーラムでメルマガ著者の高野さんが行った講演の内容を紙面で紹介しながら、改めて「中国脅威論」の嘘を白日のもとに晒しています。

徹底検証!「中国脅威論」の嘘──世界友愛フォーラムでの講演録(上)

3月29日に都内で開かれた世界友愛フォーラムの例会で標題のような講演を行った。それぞれの内容・論点の多くは、本誌でこの1~2年間に述べてきたことではあるが、このようにまとめて通覧するとまたひと味違うと思うので、大筋を数回に分けて再録する。また使用したパワーポイントのごく一部も添付する。

講演録 中国脅威論の嘘

安倍「一強」政治が続いてきた大きな要因の1つは、マスコミを通じて「中国が怖いという恐怖心を煽り、国民を怯えさせるのに成功してきたことにある。

冷戦時代には「脅威」と言えば専ら旧ソ連で、レーガン政権はソ連を「悪魔の帝国」とまで呼んだ。日本でも、今でも覚えているが、『週刊現代』が「ある日突然、札幌のあなたの庭先にソ連の戦車が!?」といった特集をバンバン打っていた。当時、青森の女性が稚内の青年に嫁ぐことになっていたが、親が「稚内はソ連に近いから危ない」と反対して破談になったという笑えない話さえあった。

脅威の横滑り

冷戦が終わってソ連の脅威はなくなったのに、今度は「北朝鮮が危ない」「中国も怖いぞ」という話になってきて、私はそれを「脅威の横滑り」と呼んできた。北朝鮮や中国も脅威でないとは言わないが、旧ソ連の脅威とは量・質ともに違うし、起こりうる危機の様態も当然異なるはずなのに、そういう真面目な検討を抜きに安易に北や中国に脅威の対象を移し替えていくという心理操作」が罷り通ってきた。

旧ソ連の場合は、極東に強力な機甲化師団が2つあってそれが大挙して北海道に渡洋上陸作戦を敢行してくる可能性があり、その場合に陸上自衛隊は1,000両の戦車を並べて北海道の原野で戦車戦を展開して取り敢えずは持ち堪え、その間に、航空自衛隊のみならず三沢の米空軍が出動して戦術核兵器の使用可能性を含めて対地爆撃で支援し、さらに数日中には沖縄から米海兵隊が駆けつけて反撃を開始する……というのが日本有事の中心シナリオだった。

とはいえ、そんなことが本当に差し迫っていたのかと言えば、そうではなくて、私が当時、陸自北部方面隊の幹部に「週刊誌はあんなことを書き立てているが、どうなんですか」と尋ねると、「あのですね、いまソ連の極東の港に輸送船がいないんです。戦車は空を飛びませんから、いかに強力な機甲化師団が存在していようと、それは『潜在的脅威に留まっているということです。輸送船が欧州方面から回送されるなどして集結が始まったとなれば、それは『現実的脅威に転化したと判断して、我々は戦闘準備に入ります」と。なるほど軍人さんは冷静なのだ。「だったら、週刊誌があんな風に無責任に煽るのを放置しておくのですか」と訊くと、「あれはあれで、どんどんやって頂いた方が我々も予算が取りやすくなるんで……」というまことに率直なお話だった。

そういう旧ソ連を相手にした危機シナリオと、北朝鮮や中国は違っていて、まず少なくとも、この両国から師団単位の大規模上陸侵攻を受ける可能性は、誰が考えてもゼロである。そうすると、冷戦が終わって我が国は一体どういう危機に直面しうるのかという、軍人さんの用語では「脅威の見積もり」をやり直して、そのそれぞれに関して、何が潜在的脅威で、それがどうなったら現実的脅威と判断するのか、きちんと戦略的な判断基準を立てなければならない。ところが日本はそれを怠って、単に「北が危ない」「中国も怖い」という感情論を煽って冷戦時代のままの自衛隊の装備・配置や米軍基地のあり方を維持しようとする知的な怠惰に陥ってきた。

そのような安易な脅威の横滑りで始まった「中国脅威論」を、「価値観外交」とか「自由の弧戦略」とか言って、日本の外交の基本戦略にまで祭り上げてしまったのが安倍政権である。

「中国包囲網」という時代錯誤

安倍首相の、ほとんど口癖になっている決まり文句は、こうである。

日本を取り巻く安全保障環境はますます厳しくなっている。中国の公船が尖閣の我が国領海を頻々と侵犯し、また南シナ海では不法な軍事建設を進めている。我が国は、自由、民主主義、基本的人権、法の支配などの価値観を共有する米国始め各国と協力して平和と安全を守っていく。

裏返せば、そのような価値観を(永遠に?)共有できない中国の台頭は食い止めなければならず、米国との同盟を中心に、その他の「民主主義国」をも結集して「中国包囲網を形成して封じ込めていくということである。

しかし、まず「日本を取り巻く安全保障環境はますます厳しくなっているというのは本当かどうか。「何を言ってるんだ。北朝鮮がミサイルをブッ放しているじゃないか。中国艦船が尖閣海域や南シナ海でウロウロしているじゃないか!」という感情論やアジテーションでは国家戦略は立ち上がらないので、どのように「ますます厳しく」なっているのかを1つ1つ落ち着いて検証していく必要がある。

それがなかなか難しいことで、例えばこれがいま売れている劇画『空母いぶき』(写真)。ある日突然、尖閣に遭難漁民を装ったと見られる中国の工作員3名が上陸して中国国旗を掲げる。それを合図に中国の海兵と空挺部隊が与那国島と多良間島を急襲してたちまち制圧、住民を人質にとって尖閣に対する中国の領有権主張を認めるように迫る。それに対して海上自衛隊の垂直離発着の戦闘機を搭載した空母が雄々しく立ち向かって行く……というお話で、『沈黙の艦隊』で知られる劇画家かわぐちかいじの最新作である。

制海権・制空権をめぐる両軍の駆け引きとか海空戦闘場面の描写にはそれなりのリアリティがあったりもするが、肝心の中国が本当に尖閣・与那国の電撃的占領という作戦に出て来るのかどうかについては、「自明の前提のように扱われて、何ら検討の対象とされないので、そこに関しては全くリアリティがない。そのため、「あ、中国って、こんな風にいきなり尖閣に攻めてくるんだ」と恐怖心を煽るのに大いに貢献し、安倍政権による中国が怖いキャンペーンに手を貸す結果となっている。

こうした日本における「中国脅威論」の隆盛に、中国の王毅外相は3月8日、全人代での記者会見で「日本には依然として(中国に対する平和と対抗の)2つの路線の間で揺れ動き、歴史を逆戻りさせようと企む者がいる。我々は日本と関係改善したいが、日本はまず自らの心の病を治し中国の発展を理性的に受け止めるべきだ」と述べた(写真)。

これが日本人が罹っている「心の病」だという指摘には、残念ながら頷かざるを得ない。

そこで、この心の病の治し方について、5つの章に分けて順を追ってお話しすることにしたい。

1.尖閣で中国公船が頻々と領海侵犯しているではないか?

海上保安庁のホームページを見ると、トップページの上の方に「尖閣諸島周辺海域における中国公船及び中国漁船の活動状況について」というメニュー表示があり、それをクリックするとこのようなグラフが出てくる。

◆海保HPのグラフの謎

赤い棒グラフは中国公船が尖閣の日本の領海に侵入した月別の隻数、青い折れ線グラフはその外側の接続水域に入った隻数を示す。煩雑なので赤い棒グラフだけを取り上げるが、見るように、野田政権が尖閣の一部国有化という愚挙に出る以前は、ほとんどない。12年9月から跳ね上がるように始まって、13年8月に28隻というピークを迎える。しかし、丸1年が過ぎた13年10月からはかなり鎮まって、大体月に10隻前後で今日至るまでほぼ横ばいが続いている(例外は16年8月でこれについては後述)。

さらに、このグラフの下に表があって、それぞれの月の何日に何隻来たかのデータがある。それを見ると、何やら一定のリズムがあって、月に標準で3回、たまに2回の時もあるが4回という時はない。1回当たりの隻数は標準で3隻、たまに2隻や4隻のこともある。今年に入ってからもそのペースは変わらず、1月は3回で4+3+3=12隻、2月は2回で3+4=7隻、3月は3回で3+3+4=10隻で、この3年半の間ずっとこのペースである。

たまに新聞でも、産経と読売がほとんだが、小さなベタ記事で「中国公船、また尖閣領海に」というのが出る。それを見ると「また中国は尖閣でウロウロしているなという印象だけが残るが、毎回記事になる訳でもない。毎回きちんと出るなら、逆に注意深い読者は月に3回ペースであることに気づくはずだが、そうもなっていない。

不思議に思って海保に訊いても、「それだけ頻繁ということです」としか言わない。それで知り合いの中国人ジャーナリストに中国側から事情を探って貰うとビックリ仰天の事実が分かってきた。

◆月3回計10程度の意味

中国の海警局には、北海と東海と南海の3分局があり、尖閣は東海分局の担当。その下に上海、浙江、福建の3総隊があってそのそれぞれが月に1回出て行くことになっているから月3回」となる。1回当たりは3隻が標準ユニットで、たまに都合で2隻になったり4隻になったりもする。目的は、中国が尖閣の領有権を主張していることを継続的にデモンストレーションすることなので、これで十分だ。余計なトラブルにならないよう、1回につき日本の主張する領海内に入るのは1時間半と決めていて、しかも15年冬以降は事前に日本の海保に明日行きますからと事前通告するようにしている。それで海保も「いつ来るか」と待ち構えていなくてもいいので、だいぶ楽になったと思いますよ……。

──それは、中国側が一方的にルール化しているのか?
「その通りで、海保も暗黙の内にそれを受け入れている」

 

──それって「馴れ合い」というか、事実上の「棚上げ」ということではないか。
「中国側はそう捉えている」

つまり、「月3回」というのが「頻々」に当たるかどうかは双方の見方は異なるかもしれないが、少なくとも一触即発、いつ戦闘が起きるか分からないというような緊迫状態からは程遠く、むしろ逆に、尖閣はかつてないほど落ち着いた状態にあることが分かる。

2.昨年8月には中国漁船数百隻が殺到したではないか?

昨年8月に尖閣周辺に約230隻の中国漁船と共に海警船が押し寄せ、日本の報道では「中国が新たな強権的行動」とか、「漁船が公船を伴い大挙来襲」とか、侵略が始まったかのような大騒ぎとなった。産経は狂ったように「海上民兵が尖閣上陸か?」などと、劇画さながらに煽り立てた。

◆中国側の言い分もチェック

こういう時には、「心の病」に陥っている日本のメディアの言うことを鵜呑みにしていては病が伝染してしまうので、必ず、先方はどう言っているかをチェックする必要がある。まず中国大使館のホームページで公式見解を確かめると、「釣魚島は古来、中国領」という立場を繰り返しながらも、

中国側は2014年11月の中日4項目原則の精神で、不測の事態が生じ緊張が発生するのを回避するため、海警、魚政(日本の水産庁の漁業監視船に相当)など公船を関係海域に派遣し、適切な管理を行った。

日本側もその精神で冷静さと理性を保つよう希望する。

と言っている。「中日4項目原則の精神」とは何か。調べると、14年11月の安倍・習首脳会談の際に合意されたもので、その第3項にこうある。

双方は、尖閣諸島等東シナ海において近年緊張状態が生じていることについて異なる見解を有していると認識し、対話と協議を通じて、情勢の悪化を防ぐと共に、危機管理のメカニズムを構築し、不測の事態の発生を回避することで意見の一致を見た。

外交文書というのは判じ物のようではあるが、要するに、領有権問題をはじめとして意見の違いがあることはさておいて(つまり事実上棚上げして)、とにかく不測の事態を回避することでは一致して努力しようということである。

◆日中漁業協定の暫定水域

その前提として知っておかなければならないのは、2000年の日中漁業協定で設定された「暫定措置水域」である。漁業権をめぐる争いは複雑怪奇で、ここでその経過を辿ることは止めるが、この時は、尖閣の北方のかなり広大な水域を、言わば双方の漁船が相互乗り入れできる領域として定め、そこではお互いに国当局の許可なしに入って操業することができ、また双方の当局は自国の漁船のみ取り締まって、相手国の漁船に対しては警告を発し、相手国当局に通報することはできるが直接取り締まることはできない──という決まりとなっている(写真)。

そこで、昨年8月に何が起きたのかと言うと、後に中国側が日本側に説明したところによると、8月1日を以て禁漁期が終わったので、翌2日に中国漁船が一斉に東海に出漁し、その一部が暫定措置水域を超えて尖閣領域に進入する可能性があったので海警船70隻が出動し、そのうち15隻が3日から9日にかけて尖閣海域に入って漁船を管理・指導した(つまり暫定措置水域へと押し戻した)。大半の漁船に指導が行き渡ったので、10日に海警船は現場から引き揚げた。そのため、周辺に残っていた漁船が11日にギリシャ貨物船と衝突・難破した際には、中国公船はその近くに居らず、遭難した漁民は海保船によって救助された。中国政府はそのような経緯を説明した上、日本による救助活動に感謝の意を表明した……。

つまり、日中双方とも、日中漁業協定と「4項目原則の精神」のルールに従って自制的に行動して無駄なトラブルを回避していることが分かる。

◆中国当局も手を焼く漁民

中国は韓国との間でも黄海上の漁場について同様の取り決めをいろいろ結んでいるが、この韓中の紛争の方が余程激しい。16年11月30日に韓国の聯合ニュースが「黄海の違法中国漁船が前年比57%減」と報じたので、「少しは事態が改善したのか」と思って読んで見ると、とんでもない、中国漁船の振る舞いが余りにひどいので、業を煮やした韓国側が領海侵犯する中国漁船に対しM60機関銃などを撃って撃退し、今後は機関銃のみならず砲も発射するから覚悟しろと中国に通告した。

それでさすがに違法漁船が前年同月比で57%減ったのだが、減って何隻になったのかと言うと何と1,712隻である。機関銃や砲を撃ち込んでもそれをくぐって月に1,700隻も押し寄せてくるのだから、昨年8月の尖閣北方230隻くらいで驚いてはいけないのだ。

韓中間では双方に死者が出ることもしばしばで、12年12月に韓国の排他的経済水域内で違法操業していた中国漁船が韓国海警の規制に抵抗、警官を刺殺するという事件が起きた。その時に、中国の「人民日報」翼下の国際メディア「環球時報」は社説で、次のように本音を吐露した。

中国は世界最大の漁民グループを有し、海岸線も長く、人口も世界一である。しかし、中国近海の漁業資源は枯渇し、近年の操業エリアは公海へと拡大している。漁民は漁具を購入するための元手を回収しなければならない。

漁民に漁業規律を厳格に守らせることは中国近海といえども難しく、中国政府が宣伝教育により彼らに黄海上の中韓漁業協定を厳格に順守させることは容易なことではない。漁民はコストを回収し利益を上げるために様々なことを考えており、考慮の中には漁民自身による身の安全も含まれている。

中国人は一般的に韓国人よりも貧しく、中国人の教育レベルは韓国人ほど高くない。中国の漁民に外交官のような品の良さを求めることは現実的ではない……。

日本は、中国との間だけでなく台湾、韓国、ロシアとそれぞれに複雑怪奇としか言いようのない漁業権争いを抱えていて、これらを包括的に解決する日本海・東シナ海の漁業資源管理のための多国間秩序を形成するのが筋道だろう。台湾の馬英九=前総統は12年8月に「東シナ海平和イニシアティブ」を発表した(写真)。

  1. 対立行動をエスカレートさせないよう自制する。
  2. 争議を棚上げにし、対話を絶やさない。
  3. 国際法を遵守し、平和的手段で争議を処理する。
  4. コンセンサスを求め、「東シナ海行動基準」を定める。
  5. 東シナ海の資源を共同開発するためのメカニズムを構築する。

これをベースに議論を深めていくべきである。

(次号に続く)

 

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早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

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