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トランプのシリア爆撃、たった2枚の写真に騙された可能性

4月6日、シリアに59発もの巡航ミサイルによる空爆を実施したアメリカ。アサド政権の化学兵器使用に対する「人道的介入」として行われた攻撃ですが、メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』では、そもそもこの時期にアサド大統領が化学兵器を使うとは考えづらく、「反体制派の陰謀の可能性もあるのでは」と指摘した上で、アメリカという世界史上最強の軍事超大国を運営する「トランプ新体制の脆弱さ」について懸念を示しています。

衝動的なシリア空爆で墓穴を掘ったトランプ政権──反体制派の陰謀の可能性がまだ残っているのでは?

2度あることは3度あると言うが、「大量破壊兵器」というのは9・11以降の米国にとって過剰反応せざるを得ないトラウマ要因で、そのために国策を誤ったり、誤りそうになったりしてきたので、今回もまたその繰り返しである可能性が大きい。

「13年8月」の再現か?

最初はもちろん、イラク戦争そのもので、サダム・フセインが大量破壊兵器を隠し持っていてそれがテロリストの手に渡ろうとしているという亡命イラク人が売り込んできた虚言にCIAがコロリ欺されて、ブッシュ子政権がやらなくてもいい愚劣な戦争に突入し、世界中にテロが蔓延する時代を作り出してしまった。

次は2013年8月アサド政権が化学兵器を使用し、少なくとも426人の子どもを含む1,429人が殺害されたという、主としてシリア反体制派の告発を信じて、オバマ大統領が「アサド政権はレッドラインを超えた」と判断、ダマスカスへの空爆作戦発動を決断しかかったが、ロシアのプーチン大統領の介入もあって辛うじて思い留まった

当時、本誌No.695(13年9月2日号)は「シリア空爆は政治的に『最悪』、軍事的に『無謀』」と題して要旨次のように書いた。

そもそもの疑問は、8月21日に行われたという化学兵器攻撃のタイミングである。シリア政府は去る3月、北部の戦線で反政府軍が化学兵器を使ったとして、国連による調査を要請した。反政府側は「政府軍が使った」と主張する中、国連は7月に調査団派遣を決め、8月18日にアサド政権との合意に基づきシリアに入って現地調査に取りかかろうとしていた。

わざわざ国連調査団を招き入れて、その目の前で政権側が化学兵器を使って見せるなどという馬鹿なことをするのかどうか。極めて不自然で反体制側の挑発であったかもしれないという強い疑いが残る。

米政府は「我々はシリア政府の支配地域からダマスカス郊外へロケット弾が発射されたことを衛星探知で把握している」と強調したが、戦線の錯綜する内戦状態では宇宙からの映像だけでそう断定するのは危険である。

従って、フランスを除く主要国はいずれも懐疑的であり、到底、国際社会の一致した支持を背景に攻撃を実施するという形をとることが出来ない。

イラク戦争のときには、パウエル国務長官が国連で一世一代の虚偽演説を行って何とか国連決議に基づいているという体裁を作り、それでも大陸欧州はじめロシア、中国、インドなど主要国が反対もしくは不参加を決める中、「特殊な同盟関係」にあるイギリスを専ら頼りにして「有志連合」を作って戦争に踏み切った。今回は、そのイギリスも議会と世論の反対に遭って不参加を決め、それに代わって、化学兵器には歴史的に特別の思い入れがあるとされるフランスが馳せ参じたが、同国の世論も圧倒的に参戦反対であり、議会が賛成するかどうかも分からない。

そうすると、ブッシュの「単独行動主義」の傷跡を癒すために莫大なエネルギーを消費し、国際協調を旨として米国への信頼回復のための外交運営を図ってきたオバマが、自ら単独行動主義に走るというおかしなことになる。これでは、「今の政権はブッシュ政権の4期目だ」というオリバー・ストーン監督の辛辣なオバマ評を裏付ける結果ともなるだろう。

国連の形ばかりの決議もなく、米国自身が攻撃されている訳でもないから個別的にせよ集団的にせよ自衛権の発動を謳うことも出来ないこの軍事行動は、国際法的には単なる「侵略」となる。イラク戦争よりもっと悪い状態……。

化学兵器を使用したのがアサド政権側であるのか反体制派側であるのか(あるいは両方であるのか)事実が確定されておらず、反体制派の陰謀である可能性が残っていること、米国は衛星監視画像以外に有力な証拠を示せないこと、もし実行すれば自衛権の発動という以外に説明がつかず国際法的に違法であること──など、今回のケースと状況が酷似している。

こんなタイミングでなぜアサドが?

今回の場合も、アサド政権側には切羽詰まって化学兵器を使わなければならないような事情は全くないどころか、もし使えばたちまち不利な立場に陥ることは分かりきっていたはずなので、客観的に見て、アサド側がそのような挙に出る動機が見当たらない

ロシアとイランの軍事的支援を得たシリア政府軍のIS支配地域への進攻は効を奏して、昨年12月には反体制派の拠点となってきた北部の最大都市アレッポの奪回を果たし、それを背景にアサド政権側が優勢を保ったまま反体制派との停戦合意が成立、政府軍と反体制派が共にIS撲滅に立ち向かう態勢が整い始めていた。加えて、従来はアサド政権打倒を目標として反体制派を支援してきた米国が、トランプ政権になって方針を転換し、「アサド打倒は最優先課題ではない」という姿勢を公にしつつあって、アサドからすれば、内戦勃発以来の5年間余りで最善の内外環境が実現していた訳で、それをわざわざ自分でブチ壊すような真似をするだろうか。

逆に、反体制派側にしてみれば、米CIAやサウジアラビアはじめスンニ派富裕国からの支援が次第に先細って組織が衰弱する中、アサド政権軍との競り合いでも負けてアレッポも失い、これでトランプが「アサド打倒は最優先課題ではない」すなわち「反体制派を支援しない」路線に転換すれば、壊滅状態に追い込まれかねなかった。従って、彼らにはここで自作自演の大芝居を打ってでも流れを堰き止めたい理由が(状況証拠的には)十分にあり得た。

もちろん、アサド政権とロシアが主張しているように、アルカイーダ系ヌスラ戦線の化学兵器貯蔵庫をたまたま空爆してしまったという「偶発」説もありうる。いずれにせよこれは、国連など第3者機関による調査に委ねて事実を確定した上で、国際社会全体として対処すべき事柄であって、それ抜きにいきなり米国が勝手にミサイルを撃ち込むというのは拙速を通り越して衝動的で無謀である。

証拠もなく即座に判断できるのか?

3月30日には、ティラーソン米国務長官が訪問先のトルコで「アサドの長期的な地位はシリア国民が決めることだ」と発言し、同日、ヘイリー国連大使も「われわれの優先課題はもはや腰を据えてアサドを追放することではなくなった」と述べた。

続いて31日にはスパイサー米大統領報道官が会見でシリア政策について「ISの打倒が最優先であり、そのためトランプ政権としても現実的な対応を取る必要がある」と語ったことで、オバマ時代以来のアサド政権打倒優先の方針は正式に撤回・変更されたのだが、その3日後の米東部時間4月3日23時30分(シリア時間4日6時30分)頃にシリア北西部イドリブ県ハーン・シェイフンの町で空爆があり、神経ガスが使われた可能性が浮かび上がった。

それから11時間後の4日10時30分、大統領への毎朝定例の情勢報告で国家安全保障局(DIA)及び中央情報局(CIA)の担当者から化学兵器の使用状況について説明を受けたトランプは、米紙報道によれば、特に子どもが被害に遭った2枚の写真の「惨状に非常に心を乱された様子」(スパイサー報道官)で、その場で「攻撃がどのように行われ、誰が実行したのか、徹底的に調査するよう指示した」(9日付朝日)。

しかし、それから1時間足らずの正午頃、その「徹底的な調査の結果がまだ届いていなかったに違いない段階で、トランプは報道官を通じて「文明社会において看過できない、許されぬ行為だ」とアサド政権の「極悪な振る舞い」を非難する声明を発表した。

たぶんその時点までにトランプに届いていた証拠らしきものとしては、

  1. アサド政権が14年8月と15年3月にヘリコプターから塩素ガス入りの「樽爆弾」を投下したという国連と化学兵器禁止機関(OPCW)による昨年8月の報告書
  2. 過去に化学兵器攻撃に使われたとされる航空機と同じ機体が4日の空爆に参加していたことを示すペンタゴンの衛星監視写真

──くらいしかなかったと推測される。それで本当に「アサド政権の仕業」と即座に断定する声明を出せるのかどうか。2枚の写真に「非常に心を乱された」──つまり「乱心のなせる業だったのではあるまいか。

国務・国防両省は何をしていたのか?

戦争に直結するような大統領の決断が慎重に行われなければならないのは当然で、政治や外交にド素人の大統領が写真を見たくらいで「乱心」してしまいかねないのを、より広く深い見識と戦略的理性を以て正しい判断に導くのが国家安保会議NSCを仕切る安保担当補佐官や国防長官の役目だが、悪いことに、マクマスター補佐官もマティス国防長官も生粋の軍人出身で、想像するに、戦争手段に訴えることの是非を議論することは苦手であって、ひとたび戦争するとなった場合に、例えば

──のどれがいいかという議論は得意だろう。

そういう場合に、国務・国防両省の上級官僚が果たす役割は結構重要で、過去の様々な経緯とか歴史的な背景、その1つの政策選択がもたらす国際法上の問題点や国際関係全般への影響予測、またシリア問題そのものの解決策の選択肢等々、いろいろなことを目配りして、トップに対してプロフェッショナルなアドバイスをしなければならないだろう。

しかし、皆さんご存じですか? トランプ政権が発足して3カ月を経た現在、国防総省ではマティス長官以外の政治任用されるべき主要な幹部約50人のほとんどが空席のままであり、格下の職員が「代行」の肩書きで何とか切り盛りしている。国務省に至ってはもっと酷くて、同様に政治任用ポストの大半が埋まっていないだけでなく、トランプが省予算の3割カットを打ち出したので全体の士気低下が著しい(8日付日経、秋田浩之コメント)。

つまり、国務・国防総省は機能せず、国防長官と安保担当補佐官は軍人上がり、大統領は写真ごときで「乱心」するド素人という、信じられないようなお粗末な態勢で、「世界最大」というだけでなく「世界史上最強とまで言われる軍事超大国が運営されているのである。トランプ政権は、車に例えれば、バンパーは外れ、ライトは消え、ブレーキ・パッドは摩耗し、タイヤの1本か2本はパンクしているような状態で走り出したのだが、これでまともに走れる訳がない。実を言うと、世界と日本にとって最大の安全保障上の危険はここに存するのであるけれども、安倍政権はそのように認識せず、慌てて「支持」や「理解」を示している。

それにしてもトランプはどうして?

これも余り知られていないことかも知れないが、トランプは13年8月にオバマがダマスカス空爆に踏み切るかどうかの上述2番目の危機の際には、一貫して空爆に反対していた。タイム誌が蒐集したその前後のトランプのツイッターは、13年6月16日から14年9月20日までの間に18通に及ぶ。内容は実に一貫していて……

シリアに関わるべきではない。「反体制派」は現「アサド」政権と同じくらい悪い。我々の命と何十億ドルを費やして何が得られるんだ?ゼロだ」(13/6/16)

覚えておけ、こういうシリアの「反体制派の」「自由の戦士たち」は我々のビルに飛行機を突っ込ませようとしている」(13/8/29)

シリアを爆撃して得られるものと言えば、もっと多くの負債と長期にわたる紛争だ。オバマは[爆撃に踏み切るのなら]議会の同意が必要だ(13/8/29)

という調子で延々と続く。そもそもなぜトランプがシリアに関してこういう思考を持ったのかは謎で、アサド政権維持を主張しているロシアの考えに影響されたとか、シリアが大量難民の供給源となっている現実に対する損得勘定的な判断が働いたとか、いろいろ言われるが、分からない。

従ってまた、その一貫していたように見えたシリアに関する思考が、ここで余りに簡単にコロリとひっくり返った理由もよくは分からない

ガバード上院議員との関係は?

これに関連して興味深いのは、トゥルシー・ガバード上院議員写真とトランプとの関わりである。

ガバードは、女性兵士としてイラク戦争に2度従軍し、その後ハワイ州から出馬して当選、軍事委員会・外交委員会で活躍する民主党の花形で、30歳代前半で同党の全国委員会副委員長にまで祭りあげられた。しかし、昨年の大統領選ではその職を辞して、サンダース陣営にはせ参じスポークスパーソン役を演じた骨太のリベラル派である。

彼女はシリアに関しては、米国が反体制派を支援してアサド政権打倒を目指していることに一貫して反対し、そのようなCIAの工作を禁止する法案も提出した。トランプはそのような彼女の活動を評価していて、昨年11月には国連大使候補の1人として面談、その際にシリア情勢についても突っ込んで意見を交わしたと見られている。その際、なぜ民主党議員がトランプと会うのかを問われた彼女は、「ネオコンが我が国を戦争に引き摺り込む前に、彼と面会する機会を持つのは大事なことだ」と答えている。

これは実は重要発言で、彼女はネオコン的勢力がシリアで米国を戦争に引き摺り込む危険を察知していたのだと考えられる。

その後、今年1月にガバード議員は個人的にシリアを訪問してアサド大統領と面談した。そこから先は霧に包まれている部分も多いのだが、アサドの立場に近いとされるレバノンの新聞『アル・アクバル』の編集局長イブラヒム・アル・アミンが3月30日付の一面トップ記事で書いたところによると

ガバードはトランプからの伝言として

  1. トランプはアサドの排除よりISの駆逐を最優先しており、この件でアサド政権と協力して対処したい
  2. イランがテロ組織と真剣に戦っていることを評価する
  3. シリアに対する制裁解除は時間を要する

──などの見解を伝えた。

また、彼女がトランプと電話会談するつもりがあるかを尋ねると、アサドはすぐにOKし、直通の電話番号を伝えた。

アサドは、前オバマ大統領の命令によってアメリカの秘密工作員がシリア内のテロ組織支援にかかわった証拠を持っている、と彼女に告げ、彼女は滞在日程を延ばしてアサドと再会談してその資料を受け取った。

この報道についてハフィントン・ポストから問われたガバードは、アサドに会った際にトランプからのメッセージを伝えたというのは事実無根だと全面否定した(4月3日付同紙)。

真偽のほどは不明だが、もしレバノン紙が書いているようにアサドが彼女に米CIAなどの反体制派支援の実態についての資料を手渡したのであれば、なおさら彼女はこのやりとりを全面否定せざるを得ないだろう。逆に反体制派やCIAおよびネオコン系の陰謀集団、その周辺にうごめく戦争ビジネス企業などにしてみれば、トランプがそのアサド文書を武器に彼らの所業を暴露し潰しに掛かってくる危険が切迫していたことになる。

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早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

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