共同記者会見も開かれないどころか会談中にシリア攻撃まで行われ、さらに習近平国家主席がその攻撃に理解を示すなど、中国サイドにとってなにひとつ成果がなかったようにも思われる米中首脳会談。しかし中国国内では今回の会談が「大成功」だったと盛んに喧伝されています。メルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』では、そうせざるを得ない習氏の苦しい事情を解説するとともに、米軍による北朝鮮への先制攻撃の可能性と「平和な時代の終焉」について記しています。
【中国】何が何でも米中首脳会談の「成果」をお手盛りする必要があった習近平
4月6日、7日に行われた米中首脳会談(台湾では「川習会」と呼んでいます。ちなみに台湾ではトランプは川普と書きます)は、結局、共同記者会見も行われず、中国にとって目に見える成果もありませんでした。
一方、アメリカ側は中国に対して巨額の貿易黒字を是正する100日プランを突きつけ、首脳会談中にシリア攻撃を決定し、北朝鮮問題を解決しようとしない中国を恫喝するかたちになりました。
習近平にとっては、対等な大国関係、つまりG2関係について、トランプ大統領が認めてくれるかどうかが最大の関心事でした。しかしトランプの答えは、シリアに対する武力行使と北朝鮮への圧力強化でした。習近平にとっては、一難去ってまた一難ということでしょう。
しかし、中国のメディアではこの首脳会談は成功だったと称賛しています。人民網などは、「中米の新たな青写真を描いた首脳会談」という題名で、米中の経済、貿易問題での協力関係が深まったと評価しています。
ただし、もともとこの米中首脳会談は、中国国内では成功を称賛しなければならない会談だったのです。夏に北戴河会議を控え、秋には共産党大会が開催されます。習近平の人事がこの北戴河会議で決まり、秋の共産党大会でそれが発表されるわけです。
それに向けて、習近平としては何としても米中首脳会談が「成功した」というイメージを国内に流布しなくてはなりません。そのため、アメリカと表立って衝突することは避ける必要があります。
今年3月、国連安保理のシリア化学兵器関連制裁決議案について、中国はロシアとともに拒否権を行使して廃案に追い込みました。
● ロ中が拒否権で廃案 安保理のシリア化学兵器関連制裁決議案
その中国が、今回のトランプ大統領のシリア攻撃を「理解を示した」というのですから、かなりの譲歩でしょう。それだけ、トランプ大統領と正面衝突したくなかったということです。
アメリカ側は、米軍の航行の自由作戦を強化する方針も習近平に伝えています。そして太平洋軍のハリス司令官は8日、原子力空母カールビンソンを中心とする第一空母打撃群を朝鮮半島に派遣しました。
2016年7月、アメリカの共和党は政策綱領に初めて、台湾に対する「6つの保証」が盛り込まれました。この「6つの保証」とは、
- 台湾への武器売却の期限を設けない
- 台湾への武器売却について中国大陸と事前に協議を行わない
- 台湾と大陸間の調停を行わない
- 台湾関係法の改正に同意しない
- 台湾の主権に関する立場を変えない
- 北京当局と協議するよう台湾に圧力を加えない
というものです。
今回のトランプ・習近平会談でも、台湾ではこれに抵触するような発言が中国側から出ないか注視していましたが、とりあえず、そのようなことはありませんでした。台湾政府の報道官も、「台米間には想定外のことはゼロ」としています。
● 台米間には「想定外ゼロ」=総統府 トランプ・習会談閉幕/台湾
となると、やはり中国には成果と呼べるものはなく、アメリカからさまざまな要求をつきつけられただけだということになります。
ここまでアメリカにやられっぱなしでも、習近平としては首脳会談は「成功」だと主張しなければならなかったわけです。もっとも、こうしたことは今回に限りません。
2015年8月、習近平は訪米してオバマ大統領との首脳会談が行われましたが、中国側が求めた習近平の議会演説をアメリカ側は拒否し、両者は目を合わせることもほとんどなく、習近平に対するアメリカ側の冷遇ぶりが目立っていました。
にもかかわらず、中国メディアはこのときの米中首脳会談も「大成功」だと礼賛していました。ところが首脳会談からわずか1ヶ月後、アメリカは南シナ海で航行の自由作戦を発動して中国を牽制するようになったわけです。
今回、もしもアメリカに北朝鮮を攻撃されれば、中国の面目は丸つぶれとなります。習近平にとっては、それは最悪のシナリオです。
すでに中国は突発事態に備えて、中朝国境に15万の兵力を結集させているという話もあります。はたして中国はアメリカの北朝鮮攻撃を阻止するのか、あるいは自ら北朝鮮に乗り込んで金正恩政権を倒そうとしている可能性もあります。
かつて清朝は李氏朝鮮の興宣大院君が壬午軍乱というクーデターを起こした際、朝鮮に攻め入って、大院君を拉致して天津で幽閉したことがありました。同じようなことをやろうと考えている可能性もあります。
世界のメディアなどでは、金日成の生誕105周年である4月15日に北朝鮮が6度目の核実験をするのではないかと目されています。
そしてアメリカの空母カールビンソンはまさにこの4月15日ごろに朝鮮半島周辺に到着する見通しとなっています。
もしも北朝鮮が核実験やミサイル発射を強行した場合、中国はもはや北朝鮮を擁護することはできなくなるでしょう。張成沢の処刑以来、中国と北朝鮮とのパイプは極度に細っており、中国としても我慢の限界を超えることになるでしょう。
このメルマガでも以前に報じましたが、金正日以来、北朝鮮の核実験やミサイル発射は、中国を牽制する意味があり、北朝鮮では中国こそ最大の敵として見なしているのです。
アメリカの行動は習近平にとっては、まさしく「悪夢」になるでしょう。すべてが中国国内の権力闘争の行方にかかわります。せっかく「核心」と呼ばれるようになったにもかかわらず、習近平の権力完全掌握を阻止する動きが活発化する可能性が高くなるからです。習近平の命綱は、アメリカの北朝鮮への動向にかかっているといっても過言ではありません。
中国と朝鮮半島との関係は、少なくとも歴史的には統一新羅以来、ずっと宗属関係にありました。現在の中国では、朝鮮半島は一つの国であるよりも、多くの国々に別れていたほうが利用価値が高くなっています。
現在の中国にとって、番犬としての北朝鮮の利用価値がなくなったとき、厄介者になるのは必然です。朝鮮半島が多くの国に分裂していれば、一つの国を支援することで、他国を牽制することもできます。一時的に中国と韓国が蜜月関係になった時期がありますが、そうやって利用することができます。
これまで朝鮮半島は、近現代史のなかで、英・仏・米・日・清・露との間で、力関係を利用しながら、清の朝鮮省や露の沿海州への編入を避けてきましたが、「東洋の永久平和」という大義名分のもとで、列強は新興勢力の日本に「日韓合邦」を押し付けました。「ノー」と言えない日本は、いやいやながらもこの厄介者と関わるようになったのです。
現在は北と南に別れていますが、米露日中のどこが「火中の栗」を拾うことになるのか、非常に気になるところです。
韓国の大統領選は、はじめは最大野党「共に民主党」の文在寅が独走状態だったのですが、最新の世論調査では第二野党「国民の党」の公認候補・安哲秀が文を初めて支持率で追い抜きました。アメリカの対北朝鮮の実力行動によって、朝鮮半島はまた情勢が変わってくるでしょう。
● 安哲秀氏、支持率トップに 対北制裁継続主張、左派・文在寅氏を初めて追い抜く
北の金正恩体制は、アメリカに対する反撃能力はなくても、韓国や日本を襲撃する可能性が高まってきています。戦後日本は、冷戦があっても、目下のサイバーウォーがあっても、「無風状態」が続いてきました。しかし、世の中はそれほど甘くはありません。
日本にとっては、グローバリズムが消えつつある現在、その対応力が問われる新しい時代が到来しようとしています。国会での政争ごっこやマスメディアの政権批判は相変わらずですが、少なくとも憲法前文に謳われているような、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、安全と生存を保持する」ことが可能な時代ではありません。
日本人は、もはや予想外、想定外のことで「ショック」を受けることさえ、許されない時局を迎えつつあるのです。