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米中首脳会談で露呈。トランプにも権力闘争にも敗れた習近平

中国で今年秋に開催予定の「共産党第十九回全国代表大会」。この場で決定する最高指導部のメンバー如何で、今後の習近平国家主席の影響力が大きく変わってくるとされています。一体どのような人選がなされるのでしょうか。4月13日に創刊された有料メルマガ『石平の中国深層ニュース』の著者で中国出身の評論家・石平(せきへい)さんは、先日の米中首脳会談の参加者にそのヒントがあるとし、前国家主席の胡錦涛氏が打った「布石」について詳述しています。

米中首脳会談から見た共産党権力闘争の行方

前回「屈辱の容認。なぜ中国は北朝鮮をあっさり捨てたのか?」では、4月6日、7日に行われた米中首脳会談で、中国の習近平国家主席がトランプ大統領にたいして「画期的」ともいうべき大きな譲歩を余儀なくされたことを記述した。実は同じ米中首脳会談において、中国共産党政権の内部における権力闘争の行く末を占うための重要なヒントも隠されていた。

現在、共産党内の権力闘争の焦点となっているのは、今年秋開催予定の共産党第十九回全国代表大会(十九回大党大会)における最高指導部人事の入れ替わりである。

2012年11月開催の共産党第十八回全国代表大会(十八回党大会)では習近平氏が共産党総書記に選ばれ、習近平政権が誕生したことは周知のとおりである。実はこの大会で誕生した政治局常務委員会、すなわち最高指導部の人事は、習氏にとっては甚だ不本意なものであった。政治局常務委員の7名のうち、いわば「習近平派」となっているのは彼自身と盟友の王岐山氏の2人、後述の共青団派からは李克強氏が1人、他の4名は全員江沢民派のメンバーか江沢民氏の息がかかっている人たちである。

それ以来の4年あまり、習氏はまずは江沢民派を目の敵にして叩き潰そうとした。彼は盟友の王岐山氏を腐敗摘発の専門機関である党規律検査委員会の主任に据え、腐敗摘発を政治闘争の武器にしてすでに引退した江沢民派の幹部たちを片っ端から摘発して潰す一方、これを以て、政治局常務委員となっている江沢民派の幹部たちを恫喝した。

これで最高指導部において江沢民派幹部はいっせいに黙ってしまい、習氏に正面から反抗する者はいなくなった。結果的には、習氏への権力集中が急速に進んでいた

そして今年秋に開かれる予定の共産党十九回大会では、政治局常務委員である江沢民派の4人の幹部は全員高齢となって引退する運びとなっており、政治局常務委員会人事の大幅な入れ替わりが予定されている。もちろん習近平にとって、それこそ自分の子分たちを最高指導部に引き上げて本格的な習近平政権を築き上げる絶好のチャンスであろう。

しかし今、習近平氏の邪魔となっているのは別の派閥である。首相の李克強氏が所属する共青団派である。

共青団派というのは、習氏の前任の共産党総書記・国家主席だった胡錦涛氏が作り上げた派閥である。共産党指導者となる前、胡氏が長期間にわたって中国共産党の外郭団体で「党の予備軍」と呼ばれる共産主義青年団(共青団)のトップを務めていたが、2002年に胡錦涛氏は共産党の最高指導者になってから、共青団派から自分の子分たちを大量に抜擢してきて、党と国家の要職に据えた。そして2012年11月に胡氏は「二期十年」の任期満了で党総書記のポストを習近平に明け渡す時、それとの引き換えに、共青団派の50代の若手幹部を共産党政治局に送り込むことに成功した。

そうすると、今年秋の十九回党大会において、政治局常務委員会人事の大幅な入れ替わりが行われる時、今はその一段下の政治局に入っている共青団派、すなわち胡錦涛派の50代、あるいは60代になったばかりの若手幹部たちはいっせいに、政治局常務委員に昇進してくる流れとなっている。しかしそれでは、この党大会で誕生してくるのは、本格的な習近平政権というよりも、実質上の胡錦涛政権」となってしまうのである。

もちろん、現役の党総書記・国家主席の習近平氏にとって、それは何とか阻止すべき由々しい事態であるに違いない。実際、習近平氏はこの数年、腐敗摘発で江沢民派を叩き潰す一方、共青団派に対する圧迫も牽制も忘れていない。本来、首相である李克強氏の管轄する領域である経済運営にも足を踏み入れ、李氏から経済運営の決定権を奪ったことはその現れの一つである。

しかし今になってみると、どうやら習氏の努力は無駄に終わってしまい、次の党大会における共青団派勢力の上昇はもはや止められない勢いとなっている様相である。それが、今月6日、7日の米中首脳会談における中国側の参加者の顔ぶれを見れば一目瞭然なのである。

次期首相最有力候補に浮上した汪洋氏の来歴

今回の首脳会談は、習近平主席とトランプ大統領の初会談であると同時に、習近平政権と誕生したばかりのトランプ政権との初会合でもあるから、その参加メンバーの顔ぶれも注目すべきポイントの一つである。

アメリカ側の参加者には国務長官のティラーソンなどの主要閣僚のほか、晩餐会には大統領がもっとも信頼する娘のイバンカさん夫妻も同席している。

一方、中国側の参加者は習主席本人以外には以下の顔ぶれである。

である。その中では、王滬寧氏江沢民政権・胡錦涛政権の両政権にわたってずっと中央政策研究室の主任を務めており、いわば共産党政権の最高ブレーンの役割である。彼はブレーンとして歴代指導者に仕えていて派閥色がほとんどないから、今の習近平政権になってから重用されている。今年秋の党大会では、王滬寧氏の政治局常務委員昇進はほぼ確実視されている。

党中央弁公室主任の栗戦書氏となると、それは誰でも知っているような習近平主席の側近の中の側近であり、習氏の女房役・右腕としての存在である。したがって次の党大会で、彼もほぼ間違いなく、政治局常務委員に昇進して最高指導部の一員となろう。

そして、この2名と並んで、副首相の汪洋氏は米中首脳会談に参加して、正式会談の時には習主席の隣に座っていたが、実はこの彼こそは、首相の李克強に次ぐ共青団派の主要幹部の1人である。

汪洋氏の経歴を見ると、彼は1981年に安徽省宿県の共青団副書記に就任して以来、安徽省の共青団宣伝部長、安徽省共青団副書記へと昇進を続けたという、まさにバリバリの共青団派の出身幹部である。2007年には、直轄市の重慶市共産党書記の在任中に、当時の党総書記・国家主席の胡錦涛氏に抜擢されて政治局委員に昇進した。それ以来、彼は共青団派においては胡錦涛・李克強に注ぐ序列第3位の主要幹部となった。

2012年秋の第十八回党大会では、広東省の共産党書記であった彼が胡錦涛氏の強い推薦を受け、政治局常務委員に昇進する見通しとなったが、結局江沢民派勢力に阻まれて叶わなかった。翌年の2013年、汪洋氏は中央に抜擢され、政治局常務委員の張高麗氏らと並んで、国務院副総理になった。

習近平氏よりは2歳上ではあるが、今年62歳になった汪洋氏は定年にはまだ早く、今の政治局委員の中でも若手」の部類に入っている人物だ。従って今年秋の党大会において彼がどういう待遇を受けるのか、念願の政治局常務委員昇進が叶うかどうかは以前から、中国政界の注目すべきポイントの一つである。今回は、汪洋氏が政治局常務委員入りが確実視されている前述の王滬寧氏や栗戦書氏と並んで、米中首脳会談の中国側の主要メンバーとなっていることからすれば、どうやら今度こそ、彼は一段と昇進して最高指導部入りを果たすことになるのではないかと考えられる。

問題は、政治局常務委員に昇進した場合、今は副総理である彼の職務はどうなるのかであるが、一つの可能性としては、来年3月開かれる全国人民代表大会において、同じ共青団派の李克強氏の跡を継いで国務院総理首相に収まることである。その際、今の首相の李克強氏は政治局常務委員のまま、もう一つの主要ポストである全国人民大会常務委員会主任(日本で言えば国会議長)に就任することとなろう。

今の全国人民代表大会常務委員会主任の張徳江氏はすでに71歳の高齢で、しかも消えていく運命の江沢民派幹部だから、今年秋の党大会では確実に引退に追い込まれて、来年の全人体では当然、全人代常務委員会主任のポストを手放すこととなる。そうなると、彼が張氏の後を継ぐこととなるが、その際、今の首相である李克強氏は首相職を副首相の誰かに譲り、名目上は首相よりも地位が高い全人代常務委員主任に収まるのはもっとも自然的な流れである。

その際、副首相の誰かが李首相の後を次いで次期首相となるのだが、実は今の筆頭副首相の張高麗も江沢民派であってしかも高齢であるから、今年の党大会と来年の全人大においては確実に消える。そうすると、次の首相のなり手としては、すでに政治局委員となっている汪洋がもっとも有力であろう。

こうした流れの中で、今月の米中首脳会談に当たって、汪洋氏は副首相として習主席と共に会談に臨み、しかも首脳会談の前、彼はアメリカの財務長官・商務長官との個別会談を次から次へとこなしているから、汪洋氏はすでに、今後の中国政府の対米経済交渉の最高責任者となっている感がある。

この流れから見れば、今年秋の党大会では汪洋氏はまず政治局常務委員に昇進して、そして来年春の全国人民代表大会においては李首相の後を継いで次期首相となる可能性は大。つまり来年以降も、中央政府に当たる国務院は依然として、胡錦涛氏の率いる共青団派の牙城であり続けるのである。

軍における胡錦涛派の代理人である房峰輝氏の場合

汪洋氏は国務院を代表して米中首脳会談に出席していたが、中国軍を代表して首脳会談に出席した唯一の軍人は、前述の中央軍事委員会連合参謀部参謀長の房峰輝氏である。

実は汪洋氏とは同様、この房峰輝氏もまた、前国家主席の胡錦涛氏の息がかかっている軍人で、いわば軍における胡錦涛派の代表格なのである。

房峰輝氏はもともと広州軍区の参謀長であった。2005年に当時の胡錦涛軍事委員会主席が初めて多くの軍人たちの軍階級昇進を実行したとき、房氏は少将から中将への昇進を果たした。その後、房氏は胡錦涛主席に近い軍人の1人として出世を重ね、2007年には重要な北京軍区の司令官に任命された。2009年、中国が建国50周年を記念して天安門広場で盛大な閲兵式を執り行うとき、「閲兵指揮官」として胡錦涛主席の側に立ったのは房峰輝であった。それ以来、彼は数少ない「胡錦涛の軍人」として認知されるようになった。

そして2012年年10月、胡錦涛主席は、軍の作戦を担当する重要ポストの解放軍総参謀長に房峰輝を任命した。11月には胡氏はさらに、軍人の范長龍と許其亮の両名を党の中央軍事委員会副主席に任命した。

胡氏が行ったこの軍人事は実に異例であった。彼はその時、2012年11月中に開催予定の党大会において引退する予定だった。本来なら、軍事委員会の新しい副主席や総参謀長任命の人事は、党大会後に誕生する新しい総書記・軍事委員会主席(すなわち習近平氏)の手で行われるべきであるが、胡氏はこの普通のことをやろうとしなかった

自分の引退が決まる党大会開催の直に、彼は大急ぎで次期中央軍事委員会のメンバーを決めただけでなく、軍の心臓部門となる総参謀部を自分の腹心で固めた

胡錦涛氏がこの異例な軍人事を断行した理由は、誰の目から見ても明らかだ。次にやってくる習近平政権においても、軍における自分自身の影響力を温存しておくためである。

特に軍の要となる総参謀長のポストに側近の房峰輝氏を据えたことはまさにそのための措置であり、房峰輝氏はいわば、軍における胡錦涛氏と胡錦涛派の代理人なのである。

胡錦涛派はすなわち共青団派であるから、房峰輝氏は事実上、軍における共青団派の代理人であり、軍における共青団勢力の代表格である。その一方、胡錦涛氏は汪洋氏を副首相の要職に据えて、次期首相人事の布石を打ったことは前述のとおりであるが、こうして見ると、胡錦涛氏は引退する前に、実に用意周到に政府と軍人事の要所を押さえて、習近平政権下における共青団派の勢力温存と勢力拡大の布石をきちんと打っておいた

そして今、今回の米中首脳会談において、汪洋氏と房峰輝氏という2人の共青団派主要メンバーがいっせいに登場して習近平主席の左右を固めた光景から見れば、胡氏の打った布石が権力闘争の中でその大いなる力を発揮し始めた。このままでは、次の党大会において汪洋氏が政治局常務委員に昇進し、来年春には首相にも昇進して政府を押さえることとなる。そして房峰輝氏は引き続き軍部の要として軍の中から共青団派を支えることとなろう。

党大会以後の政権は「習近平・共青団派連合政権」

そうすると、次の党大会以後においても、胡錦涛氏の共青団派は依然として大きな勢力を保って党と政府と軍の中の要職を占め、国家主席の習近平氏と権力を分かち合うこととなる見通しだ。

これでは、党大会の後に誕生する政権は結局習近平氏と共青団派との連合政権」となる。習近平氏が望んでいる自分自身への権力集中はそれ以上に進むのはもはや無理。

おそらく彼はすでに、このような権力構造の形成を受け入れることにした。だからこそ、自分の側近の栗戦書らと一緒に、汪洋氏と房峰輝氏の両名を、トランプ政権との初会合に連れていくこととなったのであろう。

そういう意味では、今回の米中首脳会談からは、中国共産党党内の権力闘争の今後の行方と、近い将来において形成すべき権力構造の形がはっきりと見えてきていると思う。

引退する前の胡錦涛氏が打った布石は今でも生きていて、将来においても生きていくのであろう。

実はこの胡錦涛氏は引退する前、習近平政権下での勢力温存の布石を打っただけでなく、ポスト習近平を見据えてのもう一つ重要な布石を打っておいた。これに関する分析は、いずれかこのメルマガで行う予定である。

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image by: thelefty / Shutterstock.com

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