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トランプのFBI長官解任騒動は、第2のウォーターゲート事件なのか

トランプ大統領による「FBI長官解任」をきっかけに、全米が大きく揺れはじめています。ロシアとの「不適切な関係」の解明にFBIが更なる力を注ごうというタイミングだっただけに様々な疑惑が取り沙汰され、「第2のウォーターゲート事件」とするメディアも出てきました。アメリカ在住の作家・冷泉彰彦さんは自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で、今回の疑惑とウォーターゲート事件とを比較するとともに、ペンス副大統領による「クーデター」の可能性についても言及しています。

追い詰められるトランプ、ウォーター・ゲート事件との比較

5月9日に発生した「FBIコミー長官解任事件」を契機として、トランプ政権の周辺には動揺が続いています。問題は3つあります。

  1. 今回の騒動で、トランプ陣営の「ロシアとの癒着疑惑」が深まった。
  2. コミー前長官に対する脅迫など、大統領の言動が更に粗雑化している。
  3. ホワイトハウス内部にも動揺が見られる。

一般的には1.が話題になっています。特に、今回の解任は、「上院情報委員会が解任されたマイケル・フリン前安全保障補佐官への文書提出召喚状を交付」という事件と重なっていますし、コミー氏が「ロシア問題に関する捜査の拡大を進めていた矢先という微妙なタイミングとなっています。

これでは、政権として、あるいは大統領として「やましいところがあると言っているようなものです。議会では民主党側のほぼ100%、共和党議員の多くも首をかしげているという状況です。また、この問題に関する「特別検察官の設置」についてNBCとWSJが行った連合世論調査によれば(15日朝のNBCニュースによる)78%が賛成という数字が出ています。

ですが、先週からの動きを見ていると2.と3.の問題も大変に気になります。例えば、コミー長官に対するツイートとして

James Comey better hope that there are no ‘tapes’ of our conversations before he starts leaking to the press!
(筆者意訳:ジェイムズ・コミーはどうせ会食時の内容をメディアに喋るだろうが、あるコトないコト言う前に、せいぜい録音されていないことを祈ったらどうなんだ)

などと「脅迫とも取れる発言をしています。また側近たちに対しては、

As a very active President with lots of things happening, it is not possible for my surrogates to stand at podium with perfect accuracy!….

などという放言もしています。上記と同様に意訳してみますと「俺様は独断専行だし、事態は急展開するし、側近連中にしたら演壇に立たされても100%正確なことを喋るのは無理ってもんだ」というような暴言をツイートしています。

この良くわからない「俺様は独断専行」というツイートですが、12日に放映されたFOXニュースでのインタビューでは、「ホワイトハウスの定例記者会見を止める」とか「その代わりに2週間に1回自分が会見する」などという変則的なことを言っているわけで、その両者を合わせると報道官など側近との間でも人間関係がギクシャクしてきている証拠と見ることができます。

こうなると、大統領としての資質能力に関して改めて疑問が湧いてくるわけですし、世論の約8割が特別検察官の設置を望んでいるというのは、ある意味では大変に深刻な状況です。

ここへ来て、トランプ大統領の置かれた状況について「ウォーターゲート事件との類似を指摘する声が出てきています。1972年から74年にかけて起きたこの事件では、確かに特別検察官が設置されて弾劾裁判が始まり、その結果が出る前に大統領は辞任したわけです。

例えば、5月9日のコミーFBI長官解任について、1973年10月20日に発生した「土曜の晩の虐殺劇つまりコックス特別検察官解任事件のようなものだという形容も多く見られますが、どうなのでしょうか?

まずこの「土曜の晩の虐殺」ですが、これは非常にドラマチックな展開だったわけです。ウォーター・ゲート事件というのは、要するに72年の大統領選で「勝てるか分からない」と疑心暗鬼にかられたニクソンが、スパイを民主党本部に送り込んで盗聴を行っていたこととそのもみ消しを図った容疑が中心でした。

その際に「ホワイトハウスの中での会話」が秘密裏に録音されていた、その録音テープを証拠として開示するかしないかが、特別検察官とニクソンの激しい攻防となっていました。あくまで開示せよというコックスに対してニクソンは解任という対応を行ったわけです。

この「虐殺」事件とFBIのコミー長官解任事件を比較すると、現在とウォーター・ゲートの違いがよく分かるのではないかと思います。

まず、コミー長官は大統領が簡単にクビに出来る地位なので、あっさりクビになりました。これに対して特別検察官は、大統領を捜査する特別職なので、大統領は解任する権限がありません。そこでニクソンは司法長官に命じたのですが、司法長官はこれを拒否した上で抗議の辞任、司法副長官も抗議の辞任、その次席がやっとコックスを解任という大騒ぎになっています。

結果的に一夜にして司法長官司法副長官特別検察官のクビが飛んだわけで、正に「虐殺」という比喩がされているのです。ですが、今回のコミー解任では、反対に司法長官や司法副長官は解任を提案」してきた側ということになっているのですから、少し違います。

またウォーター・ゲートの場合は、まず民主党本部に潜入したホワイトハウスのスパイは最初に逮捕されてしまっているわけです。つまり、具体的な犯罪の事実は事件の最初に出てしまっていて、以降はホワイトハウスの関与、そして大統領の関与を証明していくプロセスになって行きました。当初は、世論は気にも留めていなかったものが、メディアと司法当局の努力でジワジワと大統領が追い詰められていったのです。

一方で、今回の「ロシア疑惑」については、何が起きたのか良く分からないのです。民主党の側は、「トランプがロシアに頼んで」、「ヒラリー陣営の情報を不正入手していた」とか「ヒラリーのメールをハックしていた」というのですが、決定的な証拠があるわけではありません

ですから、現時点での「事件の深刻度、具体的な容疑」ということでは、ウォーター・ゲートとは比較にならない「あいまいなものだということは言えます。

もう一つ、ウォーター・ゲートとの違いは、当時の与党共和党は少数与党だったということです。ですから、下院で「過半数」の必要な弾劾提案決議が通りそうになった(決議の前に大統領は辞任)わけですが、2017年の現在は与党共和党が上下両院の過半数を抑えています。これは大きな違いです。

つまり共和党にはある種の自由度があるわけです。民主党主導での大統領弾劾が気に入らなければ、弾劾決議を葬り去ることもできるからです。つまり、大統領がスキャンダルから「逃げ切れる」という判断をして、共和党議会も「今後もトランプで行こう」となった場合は、弾劾は成立しません。

反対に事件の性格ということでは、また別の議論が可能です。ウォーター・ゲート事件というのは、とにかく5人の男が民主党本部のあった「ウォーター・ゲート・ビル」に忍び込んでスパイ行為を働いた、その理由は大統領が選挙で負けることを恐れたためという、ある意味ではセコい犯罪であったわけです。

また、72年の大統領選というのは「そんなにナーバスになるような戦いではなかった」のも事実です。何しろ、ニクソンは中ソを相手に複雑な外交を成功させて、ベトナム戦争の出口を模索しており、政権としては成果を挙げていた一方で、民主党のマクガバン候補というのは「ベトナム反戦派でかなり左派の候補」だったのですから、全国的に見れば「安全な戦い」だったのです。

事実、ウォーター・ゲートの暴露が始まっていたにも関わらず、72年11月の大統領選では「マサチューセッツとワシントンD.C.」以外は全部勝っており、選挙人では520対17、得票率では60.7%対37.5%と、ニクソンは圧勝だったのです。ですから、スパイ工作などをやる必要はまったくなかったのです。一言で言えば、ニクソンの「疑心暗鬼にかられる」という性格が災いしたとしか言いようがない不思議な事件でした。

勿論、そのことと国民にウソをついたということは、極めて重大な裏切りであり犯罪だということになります。大統領としての資質についても、これでは大きなバツがついたわけで、ですからニクソンは事実上クビになったわけです。

では、今回の「ロシア疑惑」についてはどうでしょう? これは仮に言われていることが全て事実だとしたらウォーター・ゲートの比ではない大変なことになります。つまり、選挙に勝ちたい一心で「潜在的な仮想敵」である外国に「自国の政治家のスパイ」をさせていた、その結果として「神聖であるべきアメリカ合衆国の大統領選挙」が外国勢力によって歪められたということになるからです。

その上で、例えば選挙戦の頃から「中東はロシアに仕切らせる」とか「シリアはプーチンに任せる」というようなことを言い、親ロ派と思われる多くの人材を登用しているわけです。スタッフの一部には金銭の授受もあったとされています。こうなると、政権ぐるみの外敵誘致であり国家への反逆」と言われてもおかしくありません。

勿論、現時点ではそこまで深刻な「政権ぐるみの癒着」「政権ぐるみの外敵誘致、国家反逆」というところまでは行っていません。また、事件の解明がそこまで行くことは可能性としては少ないと思います。ですが、事件の性質としてウォーター・ゲートと比較すると「はるかに悪質」だということは言えます。ですから政界もメディアも大騒ぎになっているというのは、別に不自然なことではありません。

では、今後のシナリオとして考えられるのはどんなストーリーになるのでしょうか?

一つ頭に入れておかねばならないのは、2018年11月には中間選挙があるということです。仮に、問題がズルズルこのまま進行し、一方で景気が悪くなったりした場合には、トランプ不人気という中で、共和党は中間選挙で負けてしまう可能性があります。

そうなると、(可能性は実はそんなに高くないのですが)2019年の新しい議会で、大統領への弾劾が始まるということになります。その場合は、2020年の大統領選挙へ向けて、共和党は常に守勢に立たされるわけで、作戦的には非常に不利になります。

ではどうしたら良いのかというと、弾劾ではなく、「合衆国憲法修正25条4項」を使って、副大統領と過半数の閣僚が「大統領の職務遂行不能宣言」を行うという手段があります。副大統領によるクーデター条項というもので、まだ歴史上発動されたことのない条項なのですが、とにかく副大統領と閣僚の過半数が署名すれば「大統領を休職に追い込める」というものです。

その場合に、大統領サイドが「4日以内に異議」を申し立てると以降は議会の3分の2などが必要となるのですが、その場合も「共和党の副大統領による大統領の職務停止に民主党が同調する」となれば、ズバリ、今の副大統領であるマイク・ペンスは政治的な求心力を手にすることができます。

その場合ですが、本当に「クーデター」をやるのであれば、共和党としては2018年の中間選挙の前にやって「ペンス本格政権」として選挙に臨みたいはずです。では、仮にそうだとして、タイミングとして「いつ」が限界なのかというと、多分、年末年始あたりになると思います。

年明けからの「議員候補予備選」の時点から選挙戦を盛り上げて行くには、その時点で「大統領降ろしのドロドロ」などをやっていてはマイナスだからです。そう考えると、一部に言われている「トランプ政権は年内持たないのではないかという言い方には、実は根拠があるということが言えます。

それから一つ重要な問題なのですが、実は今、トランプの運命を握っているのはプーチン」でもあるわけです。例えばプーチンが「確かにトランプ政権の中枢が秘密裏にすり寄ってきた」というようなことを言えば、トランプ政権は吹っ飛ぶからです。

ですが、アメリカ人はそういう「情けない話」は大嫌いです。「プーチンに言われて初めてトランプをクビにできた」というのは、アメリカ的な価値観からすれば最悪だからです。また、この話を裏返すのであればトランプ政権そのものが、プーチンに脅迫されて「操作」されているという見方もできます。

そう考えると、共和党の主流派、そして恐らくはペンス副大統領というのは、今現在、相当に思い詰めているのではないか、という仮説を持って臨むことは必要なんだと思います。

ちなみに、今回の苦境もそうですが、「トランプ大統領がお騒がせ状態」になると、その時には決まって「クシュナー夫妻」つまり、娘のイヴァンカと婿のジャレッドは雲隠れ」しているという報道があります。

これについても、私の全くの憶測ですが、若い二人として「親父さんをかばう」のではなく、万が一の場合には「親父さんを名誉ある辞任に誘導」して、トランプという「家名とブランド価値を守るために様々な隠密行動をしているのかもしれません。

image by: Joseph Sohm / Shutterstock.com

冷泉彰彦この著者の記事一覧

東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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