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憲法9条は改正可能なのか? 安倍政権の描く「加憲」のシナリオ

5月3日の憲法記念日に「2020年までの憲法9条改憲」の意向を明らかにした安倍晋三首相。安倍首相は「あくまで自民党総裁としてのものである」としていますが、同じ自民党内や一般人からも「もっと長期的に、慎重に議論を重ねるべき」という声が少なくないようです。ジャーナリストの高野孟さんはメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で、この2020年の改憲は実現可能なのかという核心について、自身が先日行った講演要旨を紹介する形で詳しく解説しています。

新たな改憲ギャンブルに打って出た安倍政権

5月21日に千葉市内で、千葉県9条連(浅野健一代表)の年次総会と記念講演会が開かれ、私が安倍政権の新たな改憲策動について講演したので、その内容を要約して紹介する。

安倍晋三首相は去る5月3日の憲法記念日に、日本会議系の改憲派の集会にビデオ・メッセージを送ると共に、同日付の読売新聞で単独インタビューに応じ、それらを通じて「安倍流改憲策動第3弾」の展開に打って出た。

第1弾は、第2次安倍政権発足直後の13年に言い出した「第96条先行改正論」で、衆参両院による改憲発議を3分の2の賛成から2分の1にハードルを下げようとする案で、安倍首相はこれを「夏の参院選の争点だ」とまで訴えたが、さすがに自民党内からも「余りに姑息だ」といった批判が出て立ち消えとなった。

第2弾は、安保法制すなわち集団的自衛権解禁のための14年7月の閣議決定による「解釈改憲」で、それを押し通すために内閣法制局長官の首をすげ替えることまでした。そしてそれに基づいて15年9月、安保法制が強行採決された。

そして今回が第3弾で、今度は2020年までに9条そのものをいじってそれこそ「戦争ができる国」に脱皮するための「9条加憲論」である。

このように、改憲の内容に関して何ら一貫性がなく、それがダメならこれでどうだとカードを繰り出してくるというのが、安倍首相の改憲姿勢の最大の特徴で、それはつまり内容などどうでもよくて、ともかくも戦後一度も変えられたことのない憲法に自分が初めて手を着けたという実績を作りたいというだけなのだ。刀を振り回して、指先でも肩口でも膝でも、どこでもいいから切りつけて憲法に一太刀浴びせて、改憲の突破口を切り開くことが自分の使命だと思い込んでいるのだろう。しかしこれは彼自身にとっても危険なギャンブルである。

改憲策動第3弾の柱

読売インタビューを読むと、肝心なポイントは2つである。

第1は、新憲法施行のタイミングを「2020年と年限をハッキリ定めたことである。読売インタビューではこう語っている。

私はかねがね、半世紀ぶりに日本で五輪が開催される2020年を、未来を見据えながら日本が新しく生まれ変わる大きなきっかけにすべきだと申し上げてきた。かつて日本は1964年の東京五輪を目指して、新幹線、首都高速、ゴミのない美しい街並みなど、大きく生まれ変わった。……先進国へ急成長していく原動力となった。

2020年も、今、日本人にとって共通の目標の年だ。例えば、政府は20年に指導的役割の3割以上を女性にする、という野心的な目標も掲げている。20年を新しい憲法が施行される年にしたい。新しい日本を作っていくこの年に、新たな憲法の施行を目指すのがふさわしい。

五輪そのものは単なるお祭り騒ぎで「日本の生まれ変わり」とは何の関係もない。ましてや、女性管理職3割の目標と改憲も無関係である。20年の目標で最も重要なのは「基礎的財政収支プライナリー・バランス)」の黒字化の公約だが、アベノミクスの惨めな失敗の後では到底達成できず、その一事をとっても20年は「新しい日本」の出発の年とはなりえない。

第2は、第9条改定を正面のターゲットに据えたことである。

9条の改正にも正面から取り組んでもらいたい。平和安全法制をめぐる議論の中で、ある調査によれば、憲法学者のうち自衛隊を合憲としたのはわずか2割余りにとどまり、7割以上が違憲の疑いを持っていた。……また共産党は一貫して自衛隊は違憲との立場を取り続けている。

(自衛隊は)自然災害では、二次災害の危険も顧みず真っ先に現場に飛び込む。安全保障環境が厳しさを増す中、24時間365日体制で領土、領海、領空、日本人の命を守り抜いてきている。

自衛隊が全力で任務を果たす姿に対し、国民の信頼は今や9割を超える。一方、多くの憲法学者は違憲だと言っている。教科書には……違憲との指摘も必ずといっていいほど書かれている。

北朝鮮を巡る情勢が緊迫し、安全保障環境が一層厳しくなっている中、「違憲かもしれないけど、何かあれば命を張ってくれ」というのはあまりに無責任だ。

9条については、平和主義の理念はこれからも堅持していく。そこで例えば、1項、2項をそのまま残し、その上で第3項に自衛隊の記述を書き加える。……私たちの世代が何をなし得るのかと考えれば、自衛隊を合憲化することが使命ではないかと思う。

「正面から」と言う割にはフォークボールのような曲球で、1項はともかく、自民党が忌み嫌ってきた2項の戦力不保持交戦権放棄もそのまま残した上で、3項を「加憲」するというのである。

なかなか手の込んだ理屈で、加憲路線の公明党を味方として確保しつつ、民進党の中の改憲派を誘い出して野党を分断し、国民に対しては1項、2項がそのままなら問題ないんじゃないかと思わせて改憲への抵抗感を和らげるという仕掛けである。

脚本を書いたのは日本会議の伊藤哲夫氏

実はこの安倍首相の新路線にはアンチョコがあって、それは日本会議の中心的な組織者の1人でシンクタンク「日本政策研究センター」の代表でもある伊藤哲夫氏の論文「『三分の二』獲得後の改憲戦略」である。同センターの機関誌『明日への選択』16年9月号に載ったその論文は、先の参院選で与党に維新を加えた改憲勢力が衆参両院で3分の2を超えるに至ったことを喜びつつも、「これで一気に改憲発議、というほど改憲への状況は甘くない」と楽観を戒め、「改憲をさらに具体化していくための思考の転換」を提起していた。安倍首相はまさにそれに応えたのである。要点は以下の様である。

一言でいえば、「改憲はまず加憲から」という考え方にほかならないが、ただこれは「3分の2」の重要な一角たる公明党の主張に単に適合させる、といった方向性だけに留まらない。むしろ護憲派にこちら側から揺さぶりをかけ、彼らに昨年の「安保法制反対デモの」ような大々的な「統一戦線」を容易には形成させないための積極戦略でもある。

護憲派が改憲に反対する理由として掲げるのは、平和、人権、民主主義という普遍的価値を否定するもので、それは戦後日本の歩みそのものを否定するものだという主張である。これには様々な点で異論がありわれわれとしては引き下がれないが、ここで言いたいのは、むしろ今はこの反論にエネルギーを費やすことをやめ、まずはこうした議論を無意味なものにさせるところから始める、という提案である。

そのような憲法の規定には一切触れず、ただ憲法に不足しているところを補うだけの「加憲」なら、反対する理由はないではないか、と逆に問いかけるのだ。

残念ながら、今日の国民世論の現状は、「戦後レジームからの脱却」といった文脈での改憲を支持していない。にもかかわらず、ここであえて強引にこの路線を貫こうとすれば、改憲陣営の分裂を招き……一般国民を逆に護憲陣営に追いやることにもなりかねない。とすれば、ここは一歩退き、現行の憲法の規定は当面認めた上で、その補完に出るのが賢明なのではないか……。

安倍首相が最も信頼するブレーンである伊藤氏は、このように大迂回戦術を提起し、さらにその「加憲」の中身についてこう言う。

例えば

  1. 前文に「国家の存立を全力をもって確保し」といった言葉を補うこと
  2. 第9条に3項を加え「但し前項の規定は確立された国際法に基づく自衛のための実力の保持を否定するものではない」といった規定を入れること
  3. 更には独立章を新たに設け「緊急事態条項」を加えること
  4. そして第13条と24条を補完する「家族保護規定」を設けること

等々だと言ってよい。

現行の憲法それ自体は否定せず、ただそれを補う、という形をとることにより、憲法の平和、人権、民主主義の基礎を一層確かなものにするという発想だ。

これはあくまで苦肉の提案でもある。国民世論はまだまだ憲法を正面から論じられる段階には至っていない。とすれば、今はこのレベルから固い壁をこじ開けていくのが唯一残された道だ。まずはかかる道で「普通の国家」になることをめざし、その上でいつの日か、真の「日本」にもなっていくということだ……。

これを読んで判ることは、安倍首相や日本会議が一昨年の安保法制反対の野党「統一戦線」による国会前をはじめ全国的な運動の広がりに、われわれが想像するよりも遥かに強い危機感を持ったということである。これで事が憲法そのものとなれば、さらに強烈な反対運動が盛り上がるのは必然で、それを何としても避けるために徹底的な迂回作戦を採ろうとしているのである。そうでなければ、かつて「みっともない憲法ですよ」と言い捨てた安倍首相がこの忠告に従うはずがない。

この切り崩しに民進党は耐えられるのか

公明党は元々「加憲」路線だから、この理屈にはなかなか抵抗しがたいだろう。同党の北側一雄=副代表は9条改正についてこう語っている(週刊「エコノミスト」16年8月30日号)。

9条1項、2項の改正には反対だ。自衛隊の存在を憲法に明記すべきかどうかは将来的に議論してもいいと考えている。……現状では自衛隊を憲法違反だと考える国民は一部で、すぐに9条改正を議論する必要があるとは思わない。

(安保法制では自民党の解釈改憲に加担したのでは?)全く逆だ。9条の政府解釈の根幹を維持しながら、厳しさを増す安全保障環境に対処する法制を作ったものだ。公明党がいなかったら違った法律になっていたかもしれない。

(自民党とは憲法へのスタンスが根本から異なる?)自民党といっても一枚岩ではなく、憲法に対する考え方は幅広い。どうであれ、私たちの役割は大きいと思っている。おそらく、私たちがダメと言っている限り、何も進まないだろう……。

さて今回のような球の投げ方で攻められた場合、本当に歯止め役が務まるのかどうか

微妙なのは民進党も同じで、例えば前原誠司=元代表は最近のインタビューでこう述べている(「週刊東洋経済」17年5月13日号)。

私は改憲ではなく「加憲」を主張してきた。9条第3項、あるいは10条といった形で、自衛隊の存在を明記してはどうかと考えている……。

これでは安倍首相と同じにならないかと本人に糾すと、「まず現行の9条1項、2項をしっかりと守ることが大事であって、その上で自衛隊の位置づけは議論していけばいいのではないか。今その問題が焦眉の課題でもない」とのことであったが、今ひとつ釈然としない。

枝野幸男=民進党憲法調査会長は最近の新聞のインタビューで、「枝野氏は13年に、現行の9条を残し、必要最低限の自衛権行使を認める条項を加える私案を発表した。首相の案と似ている?」と問われて、こう答えている(5月17日付毎日)。

それはまやかしだ。制定以来、蓄積されてきた9条の解釈を今後も維持するかどうかがポイントになる。単純に自衛隊の存在を書いた条項を追加するだけでは、1項、2項との整合性だけでなく、新たな条項をどう解釈するかという問題が生じる。安倍内閣は、安保関連法案で従来の解釈をいとも簡単に変えた。専守防衛で海外での武力行使はしないことを基本線にした私の案とは違う……。

ここに実は安倍=伊藤の新提案を捉えるポイントがあって、彼らが維持し守ると言い出した1項と2項は、すでに解釈改憲の閣議決定によって変容させられて集団的自衛権の部分解禁という形で専守防衛原則からはみ出した1項2項だということである。枝野氏が言うように、「蓄積されてきた9条の解釈を今後も維持する」ためには、14年7月1日の閣議決定を廃止し、従ってそれを根拠とした安保法制を廃止しなければならないわけで、それをしないで「1項、2項はそのままだからいいでしょう」と言われても、民進党は乗ることはできないはずである。つまり1項、2項の裏側に貼り付いた解釈改憲の閣議決定を引き剥がさない限りこの議論は始まらないということである。

さて、維新の会は、昨年3月に

  1. 道州制を含む統治機構改革
  2. 保育園・幼稚園から大学までの全教育の無償化
  3. 憲法裁判所に新設

──を柱とした改憲案を発表しており、そもそも9条改正を前面に出すこと自体に積極的ではない。同党の馬場伸幸幹事長は最近の雑誌でこう述べている(文藝春秋5月号)。

改憲イコール9条と思い込んでいる人が多い。私は一度憲法を改正できれば、今後は社会情勢や時代に合わせた改憲が何度もできるようになると考えているから、その入り口でわざわざ国民の多くが不安を感じるデリケートな話題に照準を当てる必要はないと思う。さらに、安全保障の面を考えれば、一昨年「安保関連法」が成立したから、今すぐ9条を変えないと日本を守れない、という状況ではない。

9条に自衛隊の位置づけを明記するような改正を否定する気はない。そこは今後じっくり時間をかけて議論していけばいいと思う……。

というわけなので、維新を強く引き込むためには9条だけでは足りないと見て、安倍首相は「教育の無償化のための26条の改正という維新の積極的な提案を歓迎する。……維新の提案を受けて多くの自民党員が刺激された」(読売インタビュー)などとお世辞まで添えて大学の無償化をメニューに付け加えた。民主党政権で実現した高校授業料の無償化に反対した自民党がなぜ大学授業料の無償化に賛成なのか分からないし、高校の無償化が改憲なしに1本の法律だけで実現したのに大学となるとなぜ改憲が必要になるのかも分からない。デタラメである。

「2020年」への道程は平坦ではない

それでも何でも、とにかく憲法に手をかけたいというのが安倍首相と日本会議の執念である。そのため安倍首相は読売インタビューなどを通じて、上から一方的に2020年という年限と9条及び26条という対象条項とを自民党に押しつけ、それに沿って年内に党としての案をまとめるよう指示した。これによって、両院の憲法審査会を通じて民進党はじめ野党との熟議を通じて国民世論の喚起を図っていくという丁寧な漸進路線を追求してきた保岡興治=党憲法改正推進本部長、中谷元=同本部長代行、船田元=衆議院憲法審査会筆頭幹事らいわゆる「憲法族」は脇に押しやられて、幹事長はじめ党3役が主導する案作りが進められることになる。

安倍首相側近からは、「超スピードで事を進め、年内に自民党案、自公維の合意に基づき18年春に改憲発議、それから60日以上・180日以内の夏前に解散・総選挙と同時に国民投票実施、勝利すれば9月の総裁選は安倍首相の無投票3選が確定する」という都合のいいシナリオが漏れてくるけれども、いくら何でもそれでは公明も維新も付いては行けない。順当なところ、「年内に自民党案、1年かけて出来るだけ民進党も引き込んだ憲法審査会での議論の積み重ねを経て、19年春に発議、7月参院選と同時に国民投票実施、20年に施行」という目算となっていくだろう。

しかしこうした設定は余りに強引で、安倍首相が党内敵なしの「一強」状態でますます傲慢になると同時に、森友学園・加計学園などのお友達優遇疑惑が晴れないどころか深まりつつあることへの焦りに駆り立てられているようにも見える。いくら改憲を加憲にグレードダウンしても、そのやり方が独断的では公明党はもちろん自民党内からさえも反発が出てきて、かえって来年の総裁3選への道は狭まっていきそうである。この日本会議の指示に従った踏み込みが「敗着だった」と後に振り返られることになるかもしれない。

 

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早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

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