MAG2 NEWS MENU

中国は尖閣を狙わない。安倍官邸が捏造した「島嶼防衛論」の大嘘

緊張が高まる東アジア情勢を後ろ盾に、もはや必要不可欠のように語られる「島嶼防衛論」。官邸筋の「尖閣を足がかりに離島を奪いに来るという中国から国土と国民を守る」という大義名分は正論のようにも思えますが、そもそも中国は日本に侵攻する意図はあるのでしょうか。ジャーナリストの高野孟さんがメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で、自身が行った講演録を紹介する形で徹底検証しています。

誇大妄想の産物としての陸自「島嶼防衛論」──海峡封鎖で中国艦隊を封じ込め?

最近、那覇・宮古・石垣・与那国で行った講演のうち、陸上自衛隊の「島嶼防衛論」に関する部分を増補・拡張して紹介する。

1つ嘘をつくと、それを取り繕おうとしてもっと大きな嘘をつくことになり、話があらぬ方向に転がって行ってしまうというのはよくあることで、例えば最近では安倍晋三首相の「獣医学部新設は今治市に限定する必要は全くない。速やかに全国展開をめざしたい」という6月24日の発言がその典型。お友だちの加計学園経営者から言われるままに獣医学部新設を認可させるべく官邸を通じて文科省に圧力をかけ、まさかお友だちに便宜を図るためとは言えないから、「国家戦略特区」という大袈裟な装置を持ち出して獣医師会という既得権益集団による岩盤規制に自らがドリルと化して穴を空けるという構図を描き出した。

ところが、今ではよく知られているように、実はこれは、岩盤規制でも何でもなかった。獣医師は総数が足りないことが問題なのではなく、防疫など公衆衛生に関わる国及び地方の公務員獣医師が待遇が悪く仕事もきついために敬遠されがちで、多くは簡単に儲かる都会でのペット病院開業に走るという就業先の偏在」が主な問題で、これは獣医学部を新設して獣医師の数を増やすことによっては何も解決しない。だから獣医師会は新設に反対したのだが、安倍首相はそれを岩盤と錯覚してしまった。

それで、加計を特別扱いしたのはおかしいということで非難が集中すると、「いや、加計のためだけにやったのではない」と弁解し、それに説得力を与えようとして「速やかに全国展開をめざす」ことになって、ますます問題の本質からかけ離れてしまう。獣医師会が「驚愕の発言」と声明したのは当然である。

最初は「北朝鮮の難民」という話だった!

陸上自衛隊の「島嶼防衛論」も、これと似ていて、最初の嘘が次の強弁を呼び、それを繕うために別の屁理屈を編み出して、段々収拾がつかなくなって大仰な話に発展してしまった。

 

中国軍が尖閣を手始めに離島を奪いに来るということで、すでに与那国島に沿岸監視隊基地を設けたのを手始めに、今後石垣島、宮古島、奄美大島に地対空・地対艦の攻撃ミサイルを備えた基地を展開することが計画されている。

小西誠が『オキナワ島嶼戦争』(社会批評社、16年12月刊)で指摘するように、これは結局のところ、中国との通常兵器による全面戦争を想定した米国の「エアシーバトル」戦略に従って、日本自衛隊も共同作戦の一端を担って、奄美・琉球諸島のラインで中国の艦船・航空機を阻止して東シナ海の中に封じ込めることを狙った配置である。

ところがこの「島嶼防衛論」は、最初は「北朝鮮が国家崩壊し、北朝鮮の難民が一部は武装して大挙来襲して離島を占拠する」という話から始まった。それがいつの間にかこんな日中戦争シナリオにまで膨張してしまったのである。

北朝鮮が初めて地下核実験を行ったことを発表したのは2006年10月。米国はただちに、北に対する先制攻撃シナリオを含めた軍事的対応策の検討に入り、日本との間でも12月から朝鮮半島有事の日本への波及を想定した共同作戦づくりが始まった。07年1月4、5日付の朝日新聞は、その中で日本政府が想定しているのは「北の難民10~15万人」が押し寄せることだと伝え、それを受けて時の麻生太郎外相は1月7日の会見で「北朝鮮崩壊で10~15万人の難民が日本に上陸し、しかも武装難民の可能性が極めて高い」と発言した。

以後、これが「いま日本が直面する危機」といった調子で面白おかしく取り上げられ、それが何年間も続いた。その中で、最初は九州から中国地方の海岸まで」どこにでも押し寄せてくるぞという話から、次第にいや、危ないのは離島だ」というふうに絞られていく。

「文化戦略会議」という文化人の集まりがあって、そこで時折、会員同士のトークのサロンが開かれる。09年1月は森本敏さん(後に野田内閣の防衛相、現拓殖大学総長)の担当で、私が指名されて2人で対談した。私はこう言った。

「北朝鮮の難民が大挙して日本の離島に押し寄せ、一部に武装ゲリラが混じって……というあの話はいったい何ですか。仮に北が国家崩壊して大量の難民が出るとして、ほぼ全員が中国東北地方に逃げるに決まっている。鴨緑江も豆満江も少し上流に行けば歩いて渡れる。国境の向こうには中国籍の朝鮮族が180万人もいて、中には遠い親戚くらいいるかもしれない。間違っても『資本主義地獄』と教えられている日本には来ない。もし米朝が戦争になっていれば、韓国も日本も戦場化しているからなおさら危ない。それでも日本に行こうと思ったとしても、船がない。船があっても燃料がない」

「それに大体、武装難民と言うけれど、命からがら脱出して救助を求めてくるはずの難民が、どうして武装する必要があるのか。かえって救助されにくいでしょう。それとも、離島を奪って立て籠もるんですか。何日間、持続可能だというのか。あるテレビ討論番組でそういう風に言ったら、『いや、正確に言えば、難民に混じって軍の特殊部隊が日本に潜入してくることが危険なんだ』と答えた人がいた。しかし、その特殊部隊の任務は何なのか。破壊工作? どこの何を。しかも仮に任務を達成しても、それを報告すべき本国政府がすでに存在していないでしょうに、と」

すると森本さんは苦笑いして、「実は冷戦が終わって、ソ連軍が着上陸侵攻してくるというシナリオが消えてしまって、北海道の陸上自衛隊がやることがなくなっちゃったんだ」とズバリ事の本質を指摘した。

「そうでしょう」と私。「ソ連の脅威が消えたのなら、北海道の原野に戦車1,000両並べて迎え撃つはずだった陸自を大幅縮小すればいい。当時は、陸自を3分割して、コンパクトなハイテク国土防衛隊、災害緊急派遣部隊、国連軍・PKO専門部隊に再編しようという案もあった。それを今度は北朝鮮が怖いという話にすり替えて──これを私は「脅威の横滑り」と呼んでいるが──冷戦時代の編成をそのまま維持しようとするので話がおかしくなる。北の武装難民だなんて架空の話で国民を脅したり騙したりするのは止めた方がいいですよ」。

それが今度は「尖閣が危ない」という別の話に

そんなことで、北の難民が離島へというホラ話は次第に下火になったが、そこに今度は、10年9月7日に尖閣領海で違法操業してした中国漁船の船長が海上保安庁の船に突っ込んで逮捕されるという事件が降って湧いた。こんなものは黙って送還してしまえばいいものを、菅内閣の対応は下手くそで、時間がかかっている間に騒ぎが大きくなって、日中双方で愛国派が激高して互いに中国人学校や日本人学校に嫌がらせをするといった、醜いヘイト合戦に発展した。

その中で、「北の難民が一部武装して」という話は「中国漁民に偽装した武装民兵が尖閣を占拠」という話に移し替えられていく。そのうち今度は、その武装民兵は先触れに過ぎず、その先導によって中国正規軍の特殊部隊やがては着上陸侵攻部隊が尖閣を占領するかもしれないではないか──と話が勝手に膨らんでいく。以下、仮想対話。

Q:しかし、そもそも中国が尖閣の岩礁を盗ったとして、国際法を無視し全世界を敵に回すだけでなく、現実に米中全面戦争となるリスクまで冒して一体何の利益があるのか

A:いや、だからそれは手始めで、次に与那国島を狙うだろう。

Q:与那国島に中国が全国益を賭けるに値する何かがあるだろうか。

A:いやいや、そこを足がかりに、島伝いに沖縄本島やがて本土に迫ってくる。そうなったら一大事だ。

Q:あのですね、島伝いに本島へ、本土へというタイプの悠長な作戦は第2次世界大戦で終わりなんですね。あの当時でも、島々に守備隊を事前配置して「島嶼防衛」を図るという構想は、沖縄本島を含めすべて失敗で、住民を巻き込んで全滅するということを繰り返した。ましてやミサイル時代の今ではナンセンスでしかない。半端な守備隊や申し訳程度のミサイル攻撃部隊など置いている方がかえってターゲットになりやすい

A:確かに守備隊方式は完全ではない。そこで水陸両用の米海兵隊タイプの着上陸侵攻部隊を創設して「奪回能力を身につけるのだ。

Q:「奪回」ということは、初戦でもう島は盗られてしまっているということだ。盗られないようにするのは無理だと最初から認めていることになる。何を言っているのか分からない。

A:実は、本当の目的は「島嶼防衛ではなくて中国攻撃」なのだ。米中が本格的な通常戦争に入った場合、自衛隊は中国側のいわゆる「第1防衛線」である九州西部・奄美・琉球諸島のラインで中国艦隊・航空部隊の太平洋進出を食い止めると共に、東シナ海を通る中国の海上輸送路を遮断する。そのため、地対空・地対艦攻撃ミサイルを配置して与那国水道、宮古海峡、大隅海峡を封鎖しなければならない。

Q:いやあ、北朝鮮の一部武装した難民が離島へというところから出発して、中国の一部武装した漁民が尖閣へ、そして尖閣だけでなく離島を守らなくては、いや守るのではなく実は攻撃するのだと。ずいぶん遠くまで来たような気がしますがねえ……。

中国の海軍近代化の目的は「防衛的」?

軍事というのは、常に「万が一」を考えなければならなくて、実はそこに大きな落し穴がある。Think Unthinkable ──考えられないことまで考えよというのが、戦略論の教科書の第1ページに掲げてある標語であって、確かに想像力を働かせて、ほとんどあり得ないと思えることでも簡単に投げ捨てずに一応は真面目に考えてみるという態度が必要である。しかしそれが想像力の域を超えて空想力となって飛んで行ってしまうと訳の分からないことになる。

想像力と空想力とをどこで隔てるのかは難しい。私は「想像力には足があるが、空想力には羽があっても足がない」というような言い方で学生に説明したことがあったが、想像力はどこまで膨らんでも現実に足が着いていなければならないが、空想力はそうではない。

万が一に備えるのが軍事だが、その万が一の中のどこか1カ所に着目してその部分を拡大し、そのまた万が一を覗き込むという風にすると、1万分の1×1万分の1=1億分の1で、それはもう空想力の世界を浮遊するのと同じだろう。

上の例で言えば、北朝鮮の難民が日本に向かうというのはほとんどあり得ないが、全くないとは言い切れない以上、まだ「万が一」の範疇だろう。しかしそれが「九州、中国地方」から「離島」に絞られ、それが今度は「尖閣」に変換されたあたりが「億が一」くらいだろうか。そこから再び増殖されて「与那国に守備隊」から「石垣・宮古に攻撃ミサイル基地」というように、空想から架空へと成長していくのはおぞましいことである。その裏側に決して語られない1つのストーリー「北海道の陸自の持って行き場を作れ!」が流れているのである。

「万が一」の落し穴は、相手の力を分析する場合にも気を付けなければいけない。私は、中国の海軍近代化の目的はさほど侵略的なものではなく、基本的には防衛的な性格のものだと判断している。「中国の海軍力増強が目覚ましい」→「今にも日本に攻めてくる」という幼稚な短絡的思考は排除しなければならない。

中国の海軍近代化のきっかけとなったのは、1996年3月の台湾海峡危機である。同月23日に予定された台湾総統選挙で、北京が「独立派」と見なして警戒する李登輝の当選が確実視されている中、中国軍が3月6日、演習と称して台湾南部の高雄市の眼と鼻の先の海上にミサイルを発射して牽制するという愚挙に出た。これに対して米クリントン政権の反応は素早く、ただちに西太平洋にあった第7艦隊の空母インディペンデンスを中心とする戦闘群を台湾海峡に向かわせると共に、ペルシャ湾にいた空母ミニッツとその戦闘群にも回航を命じた。

圧倒的な戦力を持つ米空母戦闘群2個がたちまち台湾海域に急派されたことに、中国の江沢民政権は呆然となった。それこそ万が一にも台湾が独立を宣言した場合は武力を以てでも阻止するというのは中国の建国以来の国是のようなもので、そのため毛沢東の人民戦争論に基づく人海戦術的な台湾侵攻シナリオを後生大事に抱えてきた。もちろん中国はそんなものを発動したくないし、台湾も敢えて独立の言葉を弄んで中国の武力介入を招くことは避けるので、実際には起こらないのだが、しかし中国にしてみれば、少なくとも建前として台湾侵攻シナリオは維持しておかなければならない。ところが、たちまち米空母群2個が立ち現れては制空権も制海権もあったものではなく、全く手も足も出ない状態となることを思い知った。

そこで、まさか米第7艦隊に勝てるとは言わないまでも、せめてその接近を拒否し、抵抗して到着を遅らせる程度の近代的な海軍力を持たなければ話にならないじゃないか、ということになった。それでまず、

1.ウクライナから旧ソ連製の中古空母を購入してこれを研究用・訓練用として運用しながら、自前の空母建造、やがて空母艦隊の創設に向かって走り始めた。それと同時に、

2.短・中距離ミサイル攻撃能力の増強にも励み、すでに日本・沖縄韓国、フィリピングアムまでの米軍基地を壊滅させるだけの力を備えたと言われる。米ランド研究所が15年に出した報告書(本誌No.815で既報)では、96年には台湾と韓国に届くDF-11、-15ミサイルを数十発保有するだけだった中国は、20年後の17年には、そのDF-11、-15は数千発、日本とフィリピンの全土に届くDF-21C、DH-10も数千発、グアムのアンダーセン米空軍基地に達するH-6などの中距離ミサイルは数百発を保有するに至っている。これによって、沖縄はじめ日本に米軍基地を前進配置しておくことはもはや意味がないどころか危険なだけだとする意見が、米軍事専門家の間でも上がりつつある。

米ランド研究所の2015年時点の中国のミサイル能力向上予測

ランド研究所のレポートでは、中国が108ないし274発の中距離ミサイルを嘉手納空軍基地に向かって発射し、2本の滑走路にそれぞれ2カ所、直径50メートルの穴を空けられた場合、戦闘機が飛べるようになるのに16~43日、空中給油機が飛べるまでに35~90日かかると計算していて、つまり短期決戦型の限定戦争であればもう終わっているということである。しかしそれよりも何よりも、108~274発も撃ち込まれて、計4発は滑走路だが、残りの104~270発がすべて基地内だけに落ちると決まっている訳ではなく、いったいどれほどの県民が死ぬことになるのかは、同研究所は計算していない。さらに、

3.潜水艦搭載の海中発射の長距離核ミサイルの能力も格段に進歩させて、すでに実戦配備を始めたと見られる。既存の地上配備の大陸間弾道弾(ICBM)に比べて遥かに秘匿性の高いこのミサイル原潜は、海南島を基地に南シナ海の深海部からフィリピン南のセレベス海、東太平洋を活動領域としつつあって、南シナ海における軍事建設とそれをめぐる米国とのつばぜりあいはこのことに関連している。

3.は米国との間の基本的な核抑止関係の質的な深化を、2.は中米戦争の場合に米軍の後方出撃基地をことごとく叩くことを、1.は米第7艦隊と正面対峙することを、それぞれ目的としていて、日本をどうこうしようというつもりなど毛頭ない。これは北朝鮮のミサイルの場合も同様だが、中国は戦争になった場合の在日米軍基地を攻撃・壊滅させる作戦プランは持っているが、それ以外に日本に対して軍事的関心を持っていない。逆に言えば、米軍基地がなければ日本は中国からも北朝鮮からも撃たれる可能性はない

しかし、安保法制が出来て米国の対中国戦争や対北朝鮮先制攻撃などに日本が集団的自衛権を発動して参戦すれば自衛隊の基地もいざという場合の攻撃対象となる。奄美・琉球諸島のレーダー及び電波探知基地やこれから出来るはずの攻撃ミサイル基地は真っ先に壊滅させられるだろう。安倍首相は無茶なことをしたのである。

メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』より一部抜粋。続きはご登録の上お楽しみにください。初月無料です

詳しくはコチラ

 

高野孟この著者の記事一覧

早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料お試し登録はこちらから  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 高野孟のTHE JOURNAL 』

【著者】 高野孟 【月額】 初月無料!月額880円(税込) 【発行周期】 毎週月曜日

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け