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中高齢旅行客に人気!ムーミン谷を走る「いすみ鉄道」

いすみ鉄道は漁港で知られる房総半島南部・外房側の大原(千葉県いすみ市)から、内陸の上総中野駅(夷隅郡大多喜町)を結ぶ路線総延長26.8㎞、全14駅を約50分間で走る非電化単線の典型的なローカル線です。全国のローカル線と同様に万年赤字に苦しんでいますが、地域ぐるみの支援体制と、2009年に公募就任した社長が次々打ち出す斬新な企画などで人気急上昇中。今回、「未知草ニハチローのまちづくりのココロ訪問記」では、そんな最近とても評判が高いいすみ鉄道を体験してきました。

里山風景を走り抜けるムーミン列車

車内は平日でも旅行者の熱気がむんむん

大原駅に着いたのは2月中旬の平日昼前。雨降りで寒く観光には不向きな日和ですが、JR大原駅に隣接したいすみ鉄道のホームで出発を待つ、菜の花カラーのディーゼルカーに乗り込んでびっくり。ローカル線が最も空く時間帯なのに乗車率は80%超。中高年旅行者が主体の車内には、華やかな熱気さえこもっていました。

いすみ鉄道は2009年から、沿線の里山風景を昭和40年代に大人気だったアニメ「ムーミン」の世界になぞらえ、沿線名物の菜の花畑をイメージした黄色い車体に、ムーミンのキャラを描いた車輌を走らせています。ムーミンをリアルタイムで知る中高年世代にとっては、いすみ鉄道に乗ることは当時を思い出すワクワク体験なのです。

ワンマン列車運転士の仕事は切符回収や案内アナウンスなども

大原駅を発車して少しすると減速し、マイクをつかんだ運転士が「スナフキンやムーミンが釣りをする池が、右側車窓に見えます」とアナウンス。車窓を覗くと沼地には確かにスナフキンたちが! デジカメやスマホを構えた乗客たちはドアや窓の前に一斉に移動します。

ムーミンの立体キャラたちはこのように沿線各所に出没し、ムーミン谷気分を盛り上げてくれます。それらは「手づくり感満載」の仕上がりですが、決してチープには見えません。ぬくもりを感じさせて、むしろ好ましいとさえ感じます。これらを作ったのはいすみ鉄道を愛し、存続を願う地域の人たちです。

地域活性化の核としてのいすみ鉄道

平均1時間1本運行のいすみ鉄道・小湊鉄道の線路は、時に地域の人々の通路に(上総中野駅)

慢性赤字に悩むローカル線はたくさん廃止されてきましたし、今も廃止寸前とされる路線が多くあります。例に違わずいすみ鉄道も何度も廃止が検討されてきました。最近では1988年に、いすみ鉄道の前身である旧国鉄木原線が、国鉄民営化に伴い廃止されることになりましたが、千葉県、いすみ市、大多喜町、小湊鉄道が共同出資する第三セクター「いすみ鉄道株式会社」が引き継ぎ、廃止を逃れました。

里山風景が連続するいすみ鉄道沿線はどこも絵になる

その後も赤字は続き、2007年10月には「今後2年間で収支改善が見込めなければ廃止」との決定がされました。このときは増便や新駅・城見ヶ丘の設置などで乗客増を図り、駅名の命名権を売却するなどの営業努力を行いました。さらに鉄道運営の発想を根本的に切り替えるため、2009年に行ったのが、外部からの社長公募でした。新社長に就任したのは、外国航空会社勤務の経歴をもつ鉄道マニアの鳥塚亮氏。子どもの頃からいすみ鉄道(旧木原線)が好きだったという鳥塚社長は、いすみ鉄道の運営方針や存続に向けた考え方を根底から変えました。

ディーゼルカーの車両基地はまったり雰囲気(大多喜駅)

単に赤字だから廃止というなら、ローカル線に生き残る道はほとんどありません。経営にあたり、もちろん赤字解消には最大の努力は傾けます。しかし同時にいすみ鉄道を地域活性化の核と位置付け、地域全体の協力でいすみ鉄道を活性化することが地域の知名度を全国区的に高め、物販も含めた観光収入などにつながるような仕組づくりに着手したのです。

ムーミングッズがいっぱいのショップ(風そよぐ谷の国吉駅)

その結果リピーターやファンが増えれば、ここにいつか住んでみたいという移住・定住希望者も増えるかもしれません。それは地域最大の課題である人口減少化や過疎化への対策にもなるという複合的で明快な考え方です。

鳥塚社長のこうした方針は沿線の行政だけでなく、地域の人々の大きな賛同を得ることになりました。

その後のいすみ鉄道が打ち出した活性化事業は多彩です。具体的には運転士公募、ムーミン国内版権所有企業とのタイアップやグッズ開発、ムーミン列車の運行、ファンクラブ発足、枕木オーナー制度(5000円を支払って申し込むと、名前やコメントを枕木に書ける)や、車両オーナー制度(年会費5万円で車内にネームプレートが貼りだされる)など。

 とくに運転士公募は子どもの頃から電車の運転士に憧れてきた社会人を対象にしたもので、約1年半の運転士養成期間中に必要な費用700万円を応募者本人が負担するシステムが話題を呼びました。この事業は2010年から6回実施され、女性も含めて10名以上の運転士がデビュー、そのつど大きな話題を呼んでいます(※2016年の第7期生募集で一旦終了予定)。

いすみ鉄道のこうした活発で積極的な企業努力を支えるのは、地域やファンとの強い絆に基づく数々の連携事業です。

いすみ鉄道を核に、地域ぐるみで育んだ強い絆

い鉄(いすみ鉄道)オリジナルの商品は多彩(大原駅)

千葉県は首都圏に属しますが、とくに鉄道網やバス路線の少ない外房側の東南部は家族の人数分だけ車があるような車社会です。いすみ鉄道沿線のいすみ市や大多喜町も典型で、朝夕の通学客や高齢者を除けば、鉄道の日常的ヘビーユーザーはあまりいません。

でも地域の人々の多くが、いすみ鉄道が地域になくてはならない存在と考え、支持しています。例えば「いすみ鉄道応援団」という市民グループは、2009年にいすみ鉄道がムーミン列車の運行を決めたのを契機に誕生した、いすみ鉄道の利用促進と地域活性化をボランティアで図る任意団体です。いすみ市民を中心に、県外のいすみ鉄道ファンなど100名以上の会員が在籍。

地域の人たちによる手づくりのムーミン谷

地元の人々が手作りした、駅舎や沿線を飾るムーミン・ファミリーやムーミン谷関連の人形・彫刻などの維持・保全、駅舎の清掃や花壇づくり、駅弁販売、イルミネーション事業、各種イベント参加を通じたPR活動、ムーミンショップのある《風そよぐ谷の国吉駅》での餅つき大会開催など、いすみ鉄道の盛り上げを核に、過疎化が進む地域の活性化を目指しています。

いすみ鉄道を不可欠な地域の足とする沿線の中高生たちによる活動は、いすみ鉄道応援団の誕生以前から盛んでした。

デンタルサポート大多喜駅を利用する大多喜高校に生徒会活動としての「いすみ鉄道対策委員会」があるように、沿線4中学・2高校は長年、旧国鉄木原線時代も含めたいすみ鉄道の存続に向けた各種の活性化活動を行ってきました。それは駅の清掃活動、ホームの花壇づくり、車内の窓ふき、沿線の菜の花の種まきなど、地道だけどとても根気のいる活動ばかりです。

中でも大多喜高校生徒たちのいすみ鉄道支援活動の輪は、いすみ鉄道対策委員会の活動にとどまりません。観光企画列車「マンドリン・ギター列車」運行時にはマンドリン・ギター部員が演奏するなど、部や生徒会単位で随時活動し、その模様は彼らが編集する活動情報紙「いすみ鉄道関連ニュース」で発信されています。

飲料自販機は菜の花カラーのムーミン列車仕様

さらに沿線の街を歩けば、ムーミン列車やキハ型の車両をかたどったカラーリングがされ、いすみ鉄道を応援する内容の各種標語が書かれた飲料自販機があちこちに配置されています。

街なかの文房具屋さんの看板娘・ミー

文房具屋のベランダからは「ミー」の人形が顔をのぞかせ手を振っています。喫茶店ではムーミン・ファミリーの手てづくりぬいぐるみが客を迎えてくれます。沿線の街々の「ムーミン谷」気分は、こうした地域の人々の自主参加による、地域ぐるみの取り組みによっても生み出されているのです。

またいすみ市では、ふるさと納税の寄付申し込みをした人への御礼の品にプレミアム感あふれる「いすみ鉄道特別乗車券(大原~国吉間)」を付けて、大好評を得ています。

いすみ鉄道が運転士公募の際に発行する「自社養成列車乗務員募集要項」の表紙には、必ず『いすみ鉄道で職業を通じて自己実現のチャンス!』というキャッチフレーズが書かれています。

実例を一つずつ挙げていけばキリがありません。地域の人々、企業、行政が垣根を越え、いすみ鉄道という地域資源の維持・発展への試みを核に、それぞれができることを、手を携えながら多角的に行っている活動は、まさに地域活性化を目標とする「地域(コミュニティ)による自己実現」のための運動といえるのではないでしょうか。

※参考資料――『ローカル線で地域を元気にする方法』(鳥塚亮・晶文社)、『いすみ鉄道公募社長』(鳥塚亮・講談社)、『いすみ鉄道関連ニュース』(千葉県立大多喜高校生徒会・いすみ鉄道対策委員会編)、『ローカル線  もうひとつの世界』
(森彰英・北辰堂出版)他

未知草ニハチロー(マタ旅散歩家)
日本各地をマタ(股)旅散歩しながら、雑誌などにまちづくりのリポートをしている。裸の大将・山下清のように足の裏がブ厚くなるほど、各地を歩きまわる(散歩する)ことが目標。「未知草ニハチローのまちづくりのココロ訪問記」は地域ごとに現在進行形で行われている、まちづくりのココロを訪ねる小さな旅のシリーズ。
 

※本記事はジモトのココロに掲載された記事です(2016年03月09日)

 

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