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【書評】ガンで入院した有名マンガ家は、病院で何を失ったのか

日本人の2人に1人が羅患すると言われている、がん。漫画家でエッセイストでもある東海林さだおさんも、肝細胞がんを患った一人です。今回の無料メルマガ『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』では編集長の柴田忠男さんが、そんな東海林さんが綴った初の入院記を紹介しています。

ガン入院オロオロ日記
東海林さだお・著 文藝春秋

東海林さだお『ガン入院オロオロ日記』を読んだ。「オール讀物」の連載をまとめたもので、最初の45ページが三部にわたる初体験入院日記で、大部分は対談や紀行エッセイなどである。タイトルに偽りありといわれても仕方がない。独特の畳み込むような文体は、読みやすくて楽しいからいいけど。

「人生は不本意だらけである。そして入院生活は究極の不本意である。毎日、毎日、不本意なことばかりやらされる。注射が不本意である。その不本意を何本も打たれる。(略)入院ということも本意ではない。そもそも、病気になるということも本意ではなかった」と書くが、いいネタが転がり込んだという感じではないか。

いままでも数日の入院が2回あったが、今回は堂々の40日である。そのすべてが初体験、すべて物珍しくあっという間に時間が過ぎたという。病名は肝細胞がん、年1回の人間ドックで発見された。開けてみないと分からないのが内臓の手術だが、とてもラッキーなことに、肝臓の1/10を切り取るだけで済んだ。

きっかり4時間後に目ざめてICU集中治療室に送られてから、著者は入院生活のすべてに鋭い観察眼を向ける。新鮮ないいネタがどんどん集まる。ICUにはエチケットというものは存在しない。人のプライドとか矜持とか自尊心とかいうものは意外に簡単にはずれるもんだ、ということがよーく分かったという。

入院は自分を他人に託す部分が大きい。託さないと成立しない生活である。大人を捨てて幼児に戻る。とたんにラクになる。幼児なんだから何をさらけ出してもいい。どんな恥をかいてもいいという心境になる。「よく考えてみると、まさに魔界なんですね、病院というところは」。そんな達観が生じる所らしい。

不本意の最大級がガラガラである。点滴の袋や酸素ボンベ、いろんな計器みたいのが載せてあって、台とかワゴンとかいう類いのアレ、朝から晩までコレと一緒に過ごす。病院の中では必ず患者がガラガラ引っぱって歩く。入院したことのない人には、これといつも一緒の患者の気持ちは分からないだろうという。

悔しい、癪に障る、ハラも立つ存在だが、アレが患者の命の実権を握っている。本人のデータもすべて知っている。特に問題なのはオシッコ袋で、いっぱい入ってるのは恥ずかしい。色が濃いと恥ずかしい。なぜ恥ずかしいのか自分でも分からない。とにかくガラガラ(イルリガートル台)が、入院生活で一番強い印象が残ったようだ。

入院患者は毎日毎日、日課がビッシリ。本を読むヒマもない。1か月余の入院生活だから、自然に古老意識のようなものが芽生える。少しずつ地位が上がっていくような気がする。そのうち原住民という意識に変化していく。外来の人への対抗意識が生まれる。文明人の服装や行動にいちいちいらだちを覚える。

患者だまりの休息コーナーの人たちは、もちろん全員パジャマ、ヨレヨレ、頭髪乱れっぱなし。挫折の人たちに欲も得も髪もプライドもない。「こういう異世界に1か月も住んでいると、かえって実界の仕組みや実相がよく見えてくる」。貴重な体験だ。わたしは遠慮するが。ショージ君、79歳、まだまだ頭脳が若い。

編集長 柴田忠男

image by: Shutterstock.com

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