表向きは華やかなアパレル業界ですが、その裏では大量の在庫を抱え、経営不振に喘ぐ企業も多いのが現実のようです。アパレル業界の知られざる裏側を紹介するメルマガ『j-fashion journal』では、著者でファッションビジネスコンサルタントの坂口昌章さんが、経営不振のアパレル企業が「在庫」を隠す巧妙な手口と、M&Aによる生き残り術について記しています。
アパレルM&Aの課題と対策
1.在庫評価の不思議
ファッション商品は、鮮度が命。仕入れた直後の新鮮な商品は売れやすいし、長期間店頭で売れ残った商品には魅力がない。トレンドは常に変化するし、長期間見ていれば、それだけで顧客は飽きてしまう。
ファッション商品の価値は、時間と共に劣化するもの。そこで、アパレル企業では、棚卸評価をする。たとえば、1000円の小売価格の商品を3000円で仕入れた場合、棚卸は3000円で計算する。しかし、売れ残った商品が半額でしか売れそうにない場合、3000円で仕入れた商品を2000円に評価しなおし、1000円は損金として計上する。販売価格5000円の商品を5掛けで卸せば、2500円となり、500円の粗利が出る。もし、3000円評価のままだと、これができない。
もちろん、販売する前に1000円の損を出すのだから、実際には何も変わらない。経理的に赤字を出したくない場合は、評価損を出すことができない。経理上、在庫は資産なので、評価損を計上しなければ、会社の利益には影響が出ないからだ。
健全なアパレル企業は、常に棚卸評価をして、早めに損金を計上している。しかし、売上不振の企業は、損金を計上することができず、いつまでも当初の原価で計上している。また、棚卸評価をしないアパレル企業も少なくない。
ということで、アパレル企業が抱えている在庫が、どの程度の資産価値があり、あるいは、全く資産価値がないかもしれない。場合によっては、倉庫代が掛かるだけの不良資産の可能性もある。
つまり、帳簿をいくら洗い出しても、本当のことはわからない。商品がわかる人間が、実際に在庫を見て、評価し直すしかないのだが、その時間もないのが現状である。
2.隠れ在庫の怪
もう一つ、帳簿には表れない在庫が隠れている場合がある。たとえば、決算前に在庫が多いと、経営不振であることがばれてしまう。その場合、どのようにごまかすのか。
最近のアパレル企業の多くは商社経由で商品調達を行っている。商社から商品を仕入れているわけだ。
困ったアパレルは商社に泣きつく。「一時的に在庫を預かってくれないだろうか」。
商社にとって、アパレル企業は得意先だ。倉庫代と金利と物流費さえ支払ってもらえば、損は発生しない。
ということで、商社に商品を販売したことにして、在庫を預かってもらう。実際、縫製不良や納期遅れで商品を返品することはあるので、怪しいことではない。
帳簿上もきれいに処理されている。アパレル企業は棚卸から在庫を消してしまう。しかし、実際にはアパレル所有の在庫が商社の倉庫に隠れているのである。
アパレル企業をM&Aする場合、会計士が帳簿を調査しても見つからない在庫が後から出てくるのはこういうケースだ。
3.在庫を海外で販売できないか?
さて、帳簿に載らない在庫があったり、隠れ在庫があると、企業資産を正確に把握することは難しい。実態を解明したいのは、税務署も同じだ。アパレル企業は、税務署にわからないように、在庫の操作を行っているのだから、一見して分からないのが当然なのだ。
しかし、不良在庫か優良在庫かという判断は、日本市場を基準に評価したものだ。日本市場では売れない商品も、海外市場では売れるかもしれない。
もし、M&Aを仕掛けるのが中国企業であれば、中国市場で在庫商品を販売することも可能だ。日本アパレル企業のブランドに魅力があれば、ゼロ評価だった在庫商品で利益を出せるかもしれない。
4.ゼロ評価の企業資産
更に、帳簿に計上されていない資産もある。それは、ブランドの歴史、ストーリー、ロゴ、シンボル、雑誌の掲載記事、デザイン、パターン、ショップデザイン等の資料である。
中国アパレルが日本アパレルをM&Aしたい理由の一つは、これらの資産なのだ。しかし、日本の経理処理では、これらの資産価値はゼロ評価である。全ては、経費で制作され、商品や副資材の在庫としては計上されるが、目に見えないブランド価値などは計上されていない。
おそらく、日本国内のM&Aであれば、通常の弁護士、会計士、コンサルタントによる評価で良いのだろう。しかし、その場合でも、本当の負債が分からないので、買収は難しいとされているのだ。
海外企業が買収する場合には、更に、在庫評価を行い、海外市場で販売できるものかを判断した上で、様々なブランド資産を資産に計上して考えるならば、悪い買物ではないはずだ。
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