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トランプ大統領、米国で人気の高いNFLを敵に回して崖っぷちか

アメリカの4大スポーツのひとつである、アメリカンフットボール。毎年初秋に開幕するNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)は、米国の国民的行事とも言われるほどの人気を博していることはご存知の通りです。そんなNFLに対するトランプ大統領の「暴言」が全米で今大きな話題となっていますが、私たち日本人からすると今ひとつピンと来ないのが本音ではないでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では著者で在米作家の冷泉彰彦さんが、米国にとって政局に影響しかねないこの大問題について、わかりやすく解説しています。

NFLファミリーを敵に回したトランプ

NFLナショナル・フットボール・リーグ)は、毎年初秋に開幕し2月のスーパーボウルを目指す国民的行事と言っていいでしょう。激しいスポーツであるために、野球とは違って試合数は少なく、各チームは公式戦を16試合戦った結果でプレーオフ進出が決まります。また全国のチーム数は32であり、大ざっぱに言えば1チームに関しては1週間に1試合という日程です。

プレーオフ戦は全部で11試合あり、シードによって2試合から3試合を連勝しないとスーパーボウルにはたどり着けない仕組みです。ですから、非常に簡単に言えば1試合1試合が大変な重みを持つわけで、試合数の少ない分だけ、ファンの各試合にかける関心は高いわけです。

例外はありますが、各球団は豪華な巨大スタジアムを擁しており収容人員は5万とか8万人、中には10万と言うものもあります。それでも、需要と供給の関係で入場券は非常に高騰しており、最低でも100ドル、ちょっといい席になると1000ドルを超えるということになります。

そうなると、フットボールというのは富裕層だけのものになるのかというと、そうではなく、色々な工夫がされています。例えば、入場券が買えない人が、スタジアムのパーキングで、ラジオで試合の様子を聞きながらバーベキューをするという文化がありますし、何と言っても試合のTV中継は高視聴率を稼ぐわけです。

また、経営も非常に近代的で、ドラフト制度は前年の成績の下位から順に指名する厳格なものですし、年俸総額の格差を是正するサラリー・キャップ制度との相乗効果で、「戦力の均衡」が追求されています。現時点では、スーパーボウルについて「連覇はあっても3連覇はない」ということを、コミッショナー以下の連盟が「誇りにしている」というのがNFLカルチャーと言えます。

今でも9連覇が伝説になっている某国の某球技などとは全く違う哲学で運営されているわけですが、その経営の近代性の究極は「レベニュー・シェアリング」でしょう。チケット収入、TV放映権料、グッズ販売、スポンサーからの収入のほとんどを連盟がプールして各チームに均等配分をするシステムであり、これによってマーケットの小さい球団も経営を安定させることができるわけです。

そうしたシステムによって、NFLというのは、異なった球団が闘う場であると同時に、リーグ全体が一つのファミリーとしての結束力を持っているわけです。

そのNFLの歴史は意外と新しく、第1回のスーパーボウルは1967年で、今年のペイトリオッツが勝ったヒューストンでの試合はまだ「第51回」です。ですから、このNFLが発展したのは、70年代から90年代にかけてであり、時代を受ける格好で、政治的にも多様性の尊重などを盛り込みながら、「精密に中道ポジション」つまり、リーグとしては無色透明を目指して来ています。そうした中で、人種間の融和と団結というのもNFLファミリーの結束力の一つの側面でもあります。

今回、トランプ大統領がやっているのは、とにかく、このNFLファミリーのほぼ全体を敵に回す行為と言えます。直接的には、試合前の国歌演奏で人種差別への抗議、特に白人警官による黒人男性の一方的な射殺行為への抗議として、「国歌が流れると膝をつく」という行動に対する非難です。

この秋のNFLのシーズン開幕に当たって、考えてみれば色々な兆候がありました。特に9月15日頃には、巨大スポーツ局のESPNのキャスターが「トランプは白人至上主義者」と言った件で激しく抗議、ESPN全社とそのNFL中継番組に関して激しい言葉で中傷したという事件がありました。

そんな中で、22日(金)には、アラバマ州へ行ってファンを集めた集会を開催、そこで「暴言モード」の歯止めが効かなくなって「国歌演奏中に抗議するやつはオーナーがクビにしろ」と叫んだばかりか、自分がやっていた往年のTV番組を思い出したのか「お前はクビだ」という決め台詞まで絶叫してしまったのでした。

しかも、子どもにはとても聞かせられない「SOB」なる侮蔑語まで突っ込むという「炎上への燃料大量投下」になっていたのです。しかも、衝動的にやったのではないということを見せつけるように、アラバマ演説とほぼ同じ内容のツイートまでやっています。

トランプの暴言は徹底していて、「ファンは観戦をボイコットせよ」とか、抗議行動に対して「ブーイングした人間は正しい」、あるいは「これでNFL中継の視聴率が下がればいい気味だ」というビジネス面での挑発までやっています。

そんな中、24日の日曜日は昼から夜までに多くの試合が行われたのですが、その中で多くのチームが団結して抗議行動を行いました。ここ数年続けられている英国での公式戦(メジャーの公式戦を東京ドームでやるような引っ越し興行)でも、ジャガーズとレイブンズの両チームの多くの選手が膝をついて抗議をしています。

ナッシュビルでシーホークスを迎えたタイタンズの試合では、両チームが国歌演奏の際にロッカールームに留まって抗議をしましたし、現在の全国区人気をチームであるニューイングランド・ペイトリオッツでも、ホームゲームで多くの選手が膝をついています

ちなみに、一部のチームでは黒人選手を中心に抗議の主体になる選手は「国歌の際に膝をつく」一方で、「膝をついている選手に連帯して、彼らを擁護する」という意味合いでは、腕を組んでつながるという抗議も行われています。

大きな衝撃を与えたのは、現在では球界最高の選手という評価のあるペイトリオッツのQBトム・ブレイディが、この「腕組み」に加わっていたということです。ブレイディは比較的トランプとは良好な関係を保ってきたはずですが、ここへ来て「ファミリーの結束」を選んだということです。

この「腕組み」による「抗議への連帯」ということでは、主要チームのオーナーたちも加わっていましたから、大統領はここへ来て完全にNFLファミリーを敵に回したと言っていいでしょう。

そもそもトランプ氏という人は、アメリカン・フットボールのカルチャーをそんなに知らないようですから、どうせ保守主義とか愛国心で揺さぶれば何とかなると甘く見ていたのではと思います。これに加えて、スカルムッチ氏の辞任を受けて、暫定広報部長に就任していたホープ・ヒックスがここへ来て「正式な報道部長」になったことで、トランプ本人の暴走を止めるどころか、後押ししているという可能性も考えられます。

抗議の盛り上がった日曜から一夜明けた25日の月曜には、ホワイトハウスの定例記者会見が行われました。主役はスパイサー報道官の辞任を受けて、副報道官から正報道官に昇格したセラ・サンダースですが、当然のように「NFLによる抗議問題」に関する大統領の「お前はクビだ発言で大荒れとなりました。

サンダースは「国旗国歌は軍の象徴、従って国歌への侮辱とは生命を投げ打って奉仕する軍人への侮辱」という、まるで往年のアジアの独裁者とか、中南米の独裁国家のようなロジックを使って対抗していましたが、表情はひきつって大変な形相になっていました。

記者の中からは「この週末、ハリケーンで大変なプエルトリコへの配慮は全くのゼロで、NFLとのケンカのツイートばかりというのは不適切では?」とか「北朝鮮危機の一方で、お前はクビだとか、SOBだとか、一体何をやっているのか?」などと激しい追及が続く中で、サンダースは防戦一方でした。

この「NFL対トランプ」ですが、微妙な立ち位置にあるのがFOXブランドとして、米国TV界の大きな存在となっているニューズ・コーポレーションです。FOXのスポーツ部門というのは、プロスポーツ中継のビジネスの中で大きなシェアを占めており、NFLの中継権を多く抱えています

その一方で系列のFOXニュースは「トランプ応援団」と化しており、今回のケンカでも大統領の応援を行っているわけです。大統領のケンカ相手が、FOXのライバルのESPNであるうちは良かったのですが、ここへ来てNFLのファミリー全体とのケンカになってきている中では、一種の自己矛盾になっているわけです。

勿論、FOXニュースという媒体は、FSN(FOXスポーツ・ネットワーク)や、FSNが製作する「FOX本局のメジャーなスポーツ中継」に比べれば、全く小さなビジネスなので、「喰い合い」ということもないのかもしれませんが、話がどんどん「こじれて行くようだと大いに困る可能性もあるわけです。

いずれにしても、次の週末にはまた多くの試合が組まれている中で、この問題どちらも譲る気配はありません。大統領の言動が一線を越えているということもあり、政治的な影響もゼロではないと思われます。引き続き注目して参りたいと思います。

image by: Shutterstock

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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