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日本のマスコミが報じようともしない中国軍事パレード「3つの意味」

9月3日に北京で大規模な軍事パレードが行われましたが、日本のメディアが伝えたのは出席した各国要人や兵器、部隊の情報のみ。しかし、国際変動研究所理事長で軍事アナリストの小川和久さんはメルマガ『NEWSを疑え!』の中で、このパレードには重要な意味・意義があったと指摘、ポイントを3つに絞って詳細に解説しています。

中国軍事パレードは三戦の集大成

Q:中国が2015年9月3日「抗日戦争勝利70年」記念式典の軍事パレードを挙行しました。日本のメディアは、各国首脳が軒並み欠席で目立ったのはロシアのプーチン大統領と韓国の朴槿恵大統領くらい、国連の潘基文事務総長の出席に日本が抗議、村山富市元首相が体調を崩し北京で入院して欠席、などと報じました。しかし、軍事パレードそのものに関心を寄せるメディアは少なく、伝えたところも兵器や部隊の紹介ばかり。ようするにメディアは、この軍事パレードどんな意味があったのか、ほとんど伝えていません。小川さんの考えは?

小川:「9月3日の記念式典・軍事パレードの映像はYouTubeでいくつか見ることができます。お読みになる前にざっと眺めていただくと、話が早いかもしれません。朝日新聞は、取材の裏話を細かく書いていますが、軍事パレードの意味するところなど、ほとんど興味がないのでしょう」

● 中国抗日戦争勝利70周年軍事パレードその1 (習近平演説に続いて地上部隊が行進。約47分)
 

● 同その2 (10分以降で機械化部隊が登場し、その後に航空機。約45分)

中国抗日戦争勝利70周年軍事パレード (中国中央電視台CCTV、約15分)

観覧席、パレードのようにはいかず 中国戦勝式典を取材(2015年9月4日02時47分、朝日新聞サイト)

小川:「映像からは、何本ものクレーンカメラ、地上カメラ、ミサイルを積んだトラックなどの車載カメラ、遠く離れた場所から俯瞰するカメラ、巨大なモニタスクリーンなどが確認でき、たいへん大がかりな演出、撮影をしています。おそらく北京オリンピック開会式を担当したレベルの演出家を起用したのでしょう。兵器の識別記号もくっきり描いてあり、今回のため念入りに『化粧直し』をして登場させたわけです。それだけでも中国の力の入れ方がわかるでしょう」

天安門前の習近平(左の車)と撮影用足場(上記映像「その1」16分13秒目)

習近平の軍掌握を誇示

Q:今回の軍事パレードには、どんな意味や意義がありますか?

小川:「第1は、国の内外習近平体制揺るぎないことを示した点です。第2は、中国人民解放軍が『接近阻止・領域拒否』(Anti-Access/Area Denial=A2/AD)戦略を念頭に、着実軍事力整備を進めていることを示しました。第3は、30万人の兵力削減を謳い、中国平和主義アピールした点です」

「中国の軍事パレードは、こうした意味を含んでおり、当メルマガでお伝えしたロシアの5月の軍事パレードと比べても、きわめてメッセージ性が強いものです。第1~第3のポイントをまとめれば、9月の軍事パレードは、中国が進める三戦(世論戦・心理戦・法律戦)の集大成ともいえるでしょう」

第1の意味を、さらに詳しく考えていきましょう。習近平国家主席に就任したのは2013年3月14日で、各国の一院制国会にあたる全国人民代表大会(全人代)第1回会議で選出されました。同時に中国中央軍事委員会主席にも選出されています。実は習近平は、これ以前の2012年11月、中国共産党大会で党中央委員会総書記(党首にあたる)と党中央軍事委員会主席(人民解放軍の最高司令官)に選出されています。事実上、習近平が中国の最高指導者になったのは、このときです。すべてを共産党が『領導』する中国では、党のほうが国よりも上なのです」

「ところで、中国は現在こそ国家主席が党総書記と党軍事委主席を兼ねていますが、権力闘争熾烈だった昔は、そうなっていませんでした。役職と権力の所在が必ずしも一致せず、権力は属人的なものとされ、法治主義ではなく人治主義まかり通っていたのです。当時の典型的な人物が1978年に改革開放を唱えて市場主義を導入した鄧小平で、彼は国家主席にも党中央委員会総書記にも就任したことがありません。ただし、軍部の掌握こそが権力の源泉と考え、73~80年に中国人民解放軍総参謀長、81~89年に共産党中央軍事委員会主席と、鄧小平は軍トップの地位だけは手放しませんでした」

「そんな中国では、軍のトップであると見せつけることが、特別な意味を持ちます。習近平が国家主席に就任した直後は、権力基盤がまだ盤石ではないとされ、対日強硬路線や党幹部の汚職摘発などは権力固めの一環だ、という見方がありました。その段階はとっくに終わっていて、習近平の権力基盤は揺るぎないのだ、と示すには、軍事パレードは絶好の機会だったのです」

「ですから今回その機会をとらえて、国内的には、権力闘争を仕掛けようとしてもムダだ、国民が不平不満を述べ立てようが体制は揺るがないことを示し、同時に国際社会に対しても、中国指導部に権力闘争による混乱などない、中国は安定している、と示したわけです」

「特筆すべきは、ふだんパレードに出たりしない将軍や提督をかり出したことです。陸・海・空軍、第2砲兵(戦略ミサイル部隊)、武装警察の中将5人を、5台が横一線に並んだオープンカーに立たせました。50代をすぎた将軍・提督たちの多くは、身体がなまったり、あちこち痛いところがあったりするのですが、それをかり出して訓練し、もっとも見栄えのよい5人を選んだのです」

「部隊の先頭車両に乗った指揮官を、部隊ごとに大写しにしたことにも、意味があります。2人並んだ右側が本来の軍の指揮官、左側が同じ階級の政治委員です。右の号令で2人が同時に敬礼をしていましたが、部隊に必ず政治委員が配属されている姿を見せることは、中国共産党流の『シビリアン・コントロール』が貫徹されていることを、これまた国内外に示した訳です」

DF-21D対艦弾道ミサイル部隊の指揮官と政治委員(上記映像「その2」23分18秒目)

対米軍事力の進捗を強調

Q:続いて、第2の意味を解説してください。

小川:「中国人民解放軍の『接近阻止・領域拒否』(Anti-Access/Area Denial=A2/AD)戦略は、2009年にアメリカ国防総省が議会に提出した中国の軍事力に関する年次報告書で提唱した概念です。アメリカ議会が2011年に発表した年次報告書では『領域支配軍事戦略』(Area Control Military Strategy)という言葉が出てきますが、同じ意味です」

「A2/ADは、中国は(1)第一列島線(九州─沖縄─台湾─フィリピン─ボルネオ島に至るライン)より内側の近海では、米空母・原潜など大陸に接近することを阻止し、制海権を握るために必要な軍事力を整備し、対応する作戦も立案する。(2)第二列島線(伊豆諸島─小笠原諸島─グアム─パラオ─パプアニューギニアに至るライン)より内側の領域(遠海)では、米軍自由行動することを拒否するのに必要な軍事力を整備し、対応する作戦も立てる──という中国軍の考え方や戦略のことです」

「今回の軍事パレードで40種・500両以上の車両や兵器と20種類・200機以上の航空機が登場したなかに、DF-21Dという対艦弾道ミサイルがありました。これは射程1,500キロで『空母キラー』と呼ばれています。同じ21シリーズのA~Cと異なり、Dだけがマッハ12で落下しながら移動目標を追尾でき、A2に使うことを想定して、米空母機動部隊が大陸に近づけばお見舞いするぞ、と誇示しています(接近阻止)」

「中国は同時にDF-21Dの数も誇示しています。米空母はイージス艦9~12隻という、米国でも最も濃密なミサイル防衛システムで守られていますが、撃ち込まれた多数の対艦ミサイルのほとんどを撃墜できても、撃ち漏らした1発で空母はお終いだ、と脅しているわけです。DF-15、DF-16は福建省などに1,500~1,600発ほどあって、台湾と日本の南西諸島を射程に入れています。これもA2用です」

DF-21D対艦弾道ミサイル(同23分30秒目)

DF-26は射程4,000キロで、これはADに使い、グアムの米軍基地まで届くからアメリカの自由にはさせないぞ、というわけです(領域拒否)。そのほか、DF-5Bが射程1万2,000~5,000キロでメガトン級のアメリカ東海岸に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)で、射程7,200~1万2,000キロのDF-31も米本土を狙うことができます」

「A2/ADを実現するためには、ミサイル以外の航空機も使います。軍事パレードで上空を飛んだH6爆撃機は、行動半径3,500キロで、空中発射型の巡航ミサイル(射程2000キロ以上)を搭載できます。もう1つ注目すべきは空母艦載機J-15で、ロシア製のスホイ33のパクリとされる戦闘機ですが、空母に着艦するときワイヤーに引っかけて停める着艦フックをわざわざ降ろした状態で飛びました。いずれも近海で運用すればA2に、爆撃機や空母をやや遠くまで進出させればADに使えます」

「就役している中国空母はソ連/ロシア海軍が途中で建造を放棄した『遼寧』1隻だけですが、上海の造船所では2~4隻の国産空母を建造中とされ、中国軍は陸上の飛行場に空母と同じジャンプ式の滑走路を造って発着艦訓練を繰り返しています。空母艦載機J-15の編隊飛行は、国産空母が就役すればただちに航空戦力を発揮できる準備が整っていることを示したという意味で、注目されるのです」

「こうした中国の軍事力誇示に対し、アメリカは『気にしていない』という受け止め方を見せました。アメリカは、当メルマガでも繰り返しお伝えしたネットワーク・セントリック・ウォーフェア(NCW)をはじめ、システム分野で、中国に依然として大きな差をつけていると考えているからです。中国の軍部も『米国とは20年の差がある』と現状を認めていますが、それでもA2/ADについて軍事力を着実に高めていることを内外に見せつける効果は小さくないでしょう」

平和主義をアピール

Q:では、第3の意味とは?

小川:「軍事力を誇示する一方で、習近平は中国人民解放軍(現兵力は約230万人)の30万人の兵力削減をぶち上げ、中国が平和的な発展を目指していることを国内外に印象づけようとしました」

「演説で習近平は、『抗日戦争の勝利で日本軍国主義の企てを徹底的に粉砕し、大国としての中国の地位を再び打ち立てた』と今日までの歴史を誇りつつ、『中国は永遠に覇権を唱えず、拡張を図らず、自らが経験した悲惨な経験をほかの民族に押しつけることはしない』と、覇権主義領土拡張の意図が一切ないこと、平和主義を貫くことを強調しました。そして、中国軍の兵力を30万人削減すると明言し、さらに国際社会は『国連憲章を核心とする国際秩序を守っていくべきだ』とも述べています」

「30万人は不要な部隊や後方部隊の削減が中心のようです。中国は、これまでも兵器の近代化、軍の組織改革、兵力削減を進めてきており、とくに目新しい話というわけではありません。しかし、わかりやすく具体的な『30万人削減』は、平和重視の姿勢を一言で強調するにはうまい言い方です。なにしろ、自衛隊全体(24万人)よりも大きい兵力を一気に減らすというのですから」

「といっても、専門家は額面どおりの軍縮とは受け止めません。いくら国際社会が『30万人も削減するのか』と驚き、好意的に見ても、専門的には同時に軍の近代化や効率化を進めており、軍事力が弱まったことには全然ならないと、かえって警戒しているほどです」

「ここまで見たように、メッセージ性の強い今回の軍事パレードは、世論戦(大衆や国際社会の世論を喚起し支持を築く)や心理戦(敵側の大衆や軍の士気を殺ぐ)の側面が強いといえます。法律戦とは関係が薄いでしょうが、この意味で、軍事パレードは中国三戦の集大成的な国家イベントだったともいえると思います」

「考えてみれば、軍事パレードに登場した兵器の解説など、兵器カタログを見れば誰でもできます。中国は、ミサイル1本1本に記号番号を大書し、形から見てこれかと調べる手間を省いてくれていますし、中国中央電視台がそれぞれどんな兵器かを解説しています。ですから、軍事パレードの全体を見て、その意味を伝えることこそメディアの役割なのですが、それをやろうとしないメディアの姿勢に、私は大きな疑問を感じています」(聞き手と構成・坂本 衛

image by: YouTube

 

『NEWSを疑え!』第429号より一部抜粋

著者/小川和久(軍事アナリスト)
地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流ビジネスマンとして世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せない。
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