いじめや学級崩壊が大きな社会問題となっていますが、モンスターペアレンツといった「保護者の問題」も、近年急増・深刻化しているようです。今回のメルマガ『伝説の探偵』では著者で現役の探偵である阿部泰尚(あべ・ひろたか)さんが、実際に経験した「毒ペ」にまつわる事件を紹介しています。
事件発生
第一報は、小学5年生のクラスで、男子児童Aくんが同クラスのクラスメイトBくんをハサミで切りつけたというものであった。
しかし、その怪我の形状から「どうかな?」というのが初見だった。
その理由は、防御痕が無いことだ。
また、ハサミは内側に刃がついているから、切りつけるにはハサミを開いて切りつける必要がある。その場合、開いた刃を固定するために、もう一方の刃を持たなければならない。
すると、自分の手のひらを切る可能性が高くなる。
となると、攻撃者は自らが怪我をすることは通例本能的に避けるから、刃を閉じた状態で振り回すことになる。例えば、布を切るような刃が閉じた状態でも先が尖ったハサミであれば、先端が弧を描くように当たり、切れることがあろうが、通例では、突き刺さる方が現実的であろう。
冒頭の報告では、「切りつけた」とあるから弧を描くようにハサミが当たり切れたというのであれば、妥当性があると考えるが、現在の多くの小学校は、学用品を細かく取り決めており、例えば、キャラクターものはダメとか、シャープペンシルはダメで、HBか2Bあたりの鉛筆と消しゴムのみなど様々な指定がある中、ハサミの多くは先が尖っていない丸いもので、刃の部分も刃を合わせないと切れないような仕組みになっているものが多い。
つまり、私はハサミで切りつけるのは状況から困難と考えたわけだ。
続いて、怪我の形状は手の内側、中指・人差し指を横一線に数カ所切ったということであった。
怪我はこれのみで、服が切れたなどの状況はなかった。
通常切りつけたとなれば、腕の甲や手の甲などに切り傷を負う。堪らず、刃を掴み手を汚したという顛末だ。
これが防御痕が無いという不自然さであった。
この場合、ハサミを閉じた状態で被害側が掴み、加害側が思いっきりハサミを自分の方へ引いた格好が想像できる。
この状況であれば、刃では無い部分を強くつかむこととそれを引き出す摩擦で、最も力がかかっている親指以外の4本の指のいずれかを切ってしまうことがあろう。
ただ、いわゆる武器、特に刃物を使った怪我が起きたとなれば、きっと学校はひっくり返るくらい大事件となっているだろうと想像できた。
大事件になっていた平和な小学校
実際、この事件が起きた小学校は大変なことになっていた。
それはそうだ、多少の非行や問題行動はどの学校にもある。特に問題のなかった学年が、学校側の対応如何で学級崩壊へ向かうこともある。
すでに小1からクラス崩壊をしているところもあるが、多くは小学4年生あたりから異変が生じ始め、小5、小6で崩壊への道を進み出す。
この学年は比較的落ち着いていただけに、親を含め、教員も驚いたことであろう。
加害児童は登校を控え自宅にいる状態となった。
調査の結果
事件の詳細はその場にいた多くの児童が目撃していた。
そもそもこの児童AとBは、他の子と比べ比較的ヤンチャな部類に入る。
だが、それはそれで可愛いもので、世間的いう不良の類では無い。
まず、BがAにハサミを貸してくれというが、これをAが断っている。
そこから、2人は言い合いとなり、Aはハサミを取り出してBを威嚇した。
Bも負けてはなくAの取り出したハサミの刃の部分を掴んだのだ。
Aは「離せ」と言うが、Bは離さなかった。
その悶着の中で、Aはハサミを引き抜こうと自分の方へ引いたが、Bもそうはさせまいとそれとは逆に引っ張った。そこで、Aはハサミを少し開こうとしたりした。そこで、ハサミが閉じ、刃と刃にBの指の肉が挟まった。
血が滲み、握力が弱まったBと滑るようにハサミが抜けたAはその時何が起きたのか理解できていなかった。しかし、Bは激痛で体をよじり、Aはその場でどうすることもできず呆然と立ちすくんだのである。
つまり、これは多少ヤンチャな子ども同士がいざこざの中で起こした事故と言える。
ただ、威嚇のためハサミを使うと言うのはあまりに危険な傾向があろう。その点では、事件と扱う妥当性も残る。
しかし、第一報は「切りつけた!」であった。これはあまりに正確性を欠くものである。なぜこういう第一報が出たのか私は興味を持った。
毒ぺの存在
私はモンスターペアレンツを含め、我が子以外に無関心で、ちょっとした問題が起きると大きく騒ぎ立てる親のことを、「毒親」、略して「毒ぺ」と呼んでいる。
このケースでも、被害者側の母親が隠れ「毒ぺ」であったのだ。
学校は早期に対応し、事の顛末を複数の児童から聞き取り、本人らからも事情を聞き取った。そして、双方反省していることから、これを事故として処理しようとしていた。
ところが、被害者側の保護者はそれでは収まりがつかない。 「ハサミで切りつけられたのだ」と一方的に主張を始めた。ハサミの取り合いをしていたことについてなどは、「うちの子はそんなことしない!」で一蹴した。
実は、こういう親は多いのだ。
例えば、PTAや校外委員など、今時の保護者は学校の何らかの役目を担うことが多い。今でこそ、選挙でも教育無償などと政治家さんは謳うが、教員の絶対数は減少傾向であり、教室で子供を見る目となる教員や大人は減っていると言える。だから、苦肉の策として学校は保護者にその不足分の役割を任せるようになってきている。
いわゆる持ち出しありの完全無償奉仕であることから、選択権は保護者にあって、保護者はある程度何をするか、どのクラスや学年をサポートするか選ぶことができるケースがよくあるが、毒ぺはほぼ間違いなく、自分の子がいるクラスや学年にしか興味を示さないし、強いて言えば、自分の子の教育のみを何よりも最優先する。
隣でクラスメイトが死にそうになっていようが、自分の子が元気ならばそれで良しという姿勢がありありと見えるのだ。
そして、我が子が何かトラブルを起こすと、本人が認めていようが、これを認容しない。
その根拠は、「うちの子がそんなことするはずない!」なのだ。
そのうち、子供の方が親の意見に同意せざるを得なくなっていく。当初は「僕も悪かったよ。」がいつの間にかに、権利強者の被害者へ生まれ変わっていくのだ。
毒ぺの主張
このケースでも、緊急保護者会で、被害児童側の親は、「では、切りつけたということでいいんですよね?」と校長に詰め寄った。校長は小声で否定するが、声の大きなこの毒ぺは容赦はない。
捲したてるように他の保護者に説明をしたのだ。
その内容は下記の通り。
- うちの子は一方的に切りつけられたのです。
- 怖くて夜泣きをするくらいです。
- ハサミに恐怖感を持っています。
- こんな犯罪行為をする子と一緒のクラスで学ぶなんて無理ですよね?
- 親も謝罪に来ません。常識を逸脱しています。
- 学校には厳正な処分を求めます。
しかし、事実と反する説明は学校にはできない。
結局、緊急保護者会は説明があまりないままに終わったのである。
そして、そこで、新たに分かったことがある。
それは、 この毒ぺは各家庭に直接電話をかけ、「とんでもない犯罪行為をする子を排除しましょう」と根回しをしていたのだ。
この構図はいじめによく似ている。
いじめは構造理解が進んでおり、多くは、「加害者」「被害者」「傍観者」の3者があり、この傍観者層の中に「囃し立て」「加害支持者」「被害者をフォローする者」「正義漢」があるとされている。構造にはそれぞれ考え方もあるだろうが・・・。
これを「攻撃者(加害者)」「攻撃対象者(被害者)」「傍観者層」と仮定した場合、毒ぺは「攻撃者」の位置となり、この件で加害行為をしてしまった児童は「攻撃対象者」となる。
根回しで電話を受けているのは、「傍観者層」の他の児童の保護者。
攻撃者はいかに自分の支持者を集め、事故処理とした学校側の判定を覆そうとするわけだ。この場合、学校は攻撃者から見て「類似攻撃対象者」という位置となるわけだ。
ただ、事実は事実、変更もしようもない。そういう部分は頭のどこかでこの毒ぺも気が付き始めていただろうが、正直なところ腹の虫が治らないというのが本音であろう。
一方、この毒ぺの行動を助長してしまっているのが、 実は傍観者層の「事なかれ主義」 なのだ。
おおよそ、こうした毒ぺパーソナルを持った人物は攻撃が激しく、パワーもあるから、根回しも強めなのだ。だから普通の平和を愛する親は、こうした人物に意見して揉めたくはないと考える。
だから、根回しの電話があっても、「それは大変ねぇ」と言って話を合わせてしまうのだ。
ただ、これは致し方のない対応なのだろう。私も面倒だなと思いつつ、そういう対応をするかもしれない。
ただ、これを受けると、この攻撃者は色々な人が支持してくれていると勘違いを起こしやすいのだ。人によっては真に受けて、攻撃者の話を信じ、一緒になって攻撃を始める者も出てくるであろう。
いわゆるヒステリックデマは、熱が高いほど、感染する者も出やすいのだ。
学校が事実を曲げないなら警察へ
この件では、被害者側が事実を押しのけて、切りつけられたのだという理由で警察に被害届を出した。毒ぺからすれば、学校で処分が望めないのならば、警察に処分してもらおうという腹だろう。
一方で、加害者側の親も一点では困った親なのだ。まず、加害側の親は形式的な謝罪はしても、それは咄嗟の謝罪であり、被害者側がしっかりと謝ったという認識がない状態なのだ。
こうした謝罪の後回しは、そのタイミングを逃したというのが多いが、日が経つほど謝罪の機会を失うことになる。
また、加害児童もハサミを持って威嚇をしたというのは、あまりに行き過ぎた行為であり、そこには犯罪予備群とも言える危険な心理状態にあることがわかる。
故に、通例ではカウンセリングを受けるなどして、そうしたことが2度と起きないように教育していくことが大事だとされているが、親父の激昂説教でも対応は可能だろう。ここでこその親力であろう。
毒ぺはどこにでもいる
毒ぺはどこにでもいるのだ。そして、分かりやすい毒ぺはモンペ(モンスターペアレンツ)となり、こういう存在は校内に1~2組くらいだろうが、実は隠れ毒ぺが一番多いのだ。
私が見た中で共通する特徴は・・・
- 自分の子のみ、依怙贔屓する。
- 学校ボランティアなどは我が子が関係するパートのみ担当する。
- アポなし訪問など自分の都合と気分で行動を起こす傾向がある。
- 教員の悪口などを平気で言う。
- 年下には横柄な態度に出やすい。
- 常に頭の中で、保護者間の優劣順位をつけている。
- 夫の年収や地位をやたらと気にする。
だいたいこの特徴に3つ以上当てはまると、隠れ毒ぺの可能性が高い。
こうした毒ぺ対応に教員がすり減る
多くの教員は、全てにきちんと対応しようとする傾向が強い。もちろん中にはどうしようもないのがいるが、それはどの社会でも同じだと言っていい。
いい加減な教師は、毒ぺにも適当に対応し、適当に怒られて、適当に対応をサボるわけだが、真面目で子どもたちには最適だと思われる教師は、毒ぺ対応に振り回される結果になる。
つまり、真面目で授業も面白く、子どもたちからも教え方がうまいと評価が高かったり、真摯に向き合う姿勢から信用されているような、本来学校にいてほしい教師ほど、こうした毒ぺが暴れ出すことで、対応に追われ時間を取られ、気持ちをすり潰されることになりやすいのだ。
この件で対応に最も追われたのはこの学校の校長であった。
彼は児童から慕われ、彼の講話は非行気味の少年少女らでも真面目に聞く。また、多くの保護者ともコミュニケーションを取り、「いい人」「あの校長なら任せられるね。」と評判も上々であった。
ただ、私が見る限り、彼にはあまり毒がないし、時に押し切るようなパワーはない。とにかく優しいのだ。これだと、一校を率いるトップとして、ガバナンスという面では弱さを感じる。
彼は保護者会でも言ってはいけないことが多い教員(管理者)という立場からとにかく歯切れが悪くなった。言いたいけど言えないことが多いのが権利を剥奪されまくった今の教師の姿とも言える。
毒ぺは、歯切れの悪い校長を見て、こう言ったそうだ。
「はっきりしろよ。クビにすんぞ」
私は児童たちに聞いて見た。
「もしも、校長先生がこの件でクビになっちゃったらどう思う?」
児童ら「ダメだよやめちゃ。」「学校くるのがつまんなくなる。」
学校無償化、それはいい。是非ともやってくれと思う。しかし、より良い教育環境を整えるには、教員の数だけではなく、こうした毒ぺにも対応できる仕組みを構築すべきなのだと思う。
教育投資はのちに3倍以上になって戻ってくるというのが常識なのだから。
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