がん診療について、これまでは「がん手術後の抗がん剤治療は苦しい」「診断のためのがん組織採取は辛い」ということは周知の事実でしたが、最新のがん治療は少しづつ患者の負担を軽くする方向に変わってきています。今回のメルマガ『ドクター徳田安春の最新健康医学』では、がん診断や治療法の最前線について、現役医師の徳田先生が詳しく解説しています。
がん診療の進歩:リキッドバイオプシーとは
これまでのがん診療では、がんが疑われる組織を生検して、顕微鏡でがんかどうかの診断が行われていました。ヘマトキシリン・エオジン染色で組織を染めて、通常の光学顕微鏡で覗いて診断するのです。約100年間も続いている伝統的な病理診断です。がん研究が進むにつれて、細胞ががん化するのは遺伝子の異常が原因となっていることがわかってきました。ある一つの細胞ががん細胞になるのに、遺伝子異常が数十から数百蓄積することによっておこるのです。遺伝子異常は放射線、発がん物質、フリーラジカル、などによっておこります。
どのような遺伝子異常が起こっているのかは顕微鏡では区別できません。しかしながら、遺伝子変異を詳しく調べることはとても大切なことであることがあきらかになってきています。そして、最近の遺伝子診断技術の発達により、がん細胞の遺伝子を調べて診断や治療法の選択に生かす方法が開発されてきたのです。
NTRKという遺伝子の異常を持つがんがあります。そのがんはある特定の臓器のがんに限らず、さまざまな種類のがん患者に極少数のみ認めます。がん患者の1パーセント未満です。しかしながら、この遺伝子変異を持つ患者では、ラロトレクチニブという薬剤を使うと臨床効果を認めました。これはまだ初期段階の臨床研究であり、極まれな遺伝子変異を調べるものですので、全てのがん患者にただちに行われるべきものではありません。臨床現場での実用化には今後の研究結果を待ちましょう。
遺伝子変異をみて治療法を選択する
ある臓器のがんについて特別な遺伝子変異を調べることによって治療法の選択の参考にする方法も開発されつつあります。例えば早期の乳がんで特別な遺伝子の活動性があることがわかれば、手術後に抗がん剤による化学療法を受けなくてもよいかもしれないという研究が出ています。同様な研究は前立腺がんでもおこなわれています。
代表的ながん抑制遺伝子であるP53の変異を持つ人ではがんに罹るリスクが一般の人と比べて高くなります。そのような遺伝子変異を持つ人は、一般の人に対するがん検診を行うだけではがんの早期診断はなし得ない可能性があります。
これはまだ研究段階ではありますが、P53の変異を持つ人で全身のMRIを定期的に撮るという研究の試みも検討されています。このような試みには過剰診断のリスクもありますので、実臨床で行うかどうかは、臨床研究の結果をきちんと評価してからとすべきでしょう。
新しいバイオプシーでがんをみつける
がん細胞の遺伝子を調べる際の問題点はがん組織を生検する必要があることです。通常、組織の生検は針を刺したり、メスで切り取ったりなどの侵襲的な処置を受けることを意味します。そんななかで登場したのがリキッドバイオプシー(liquid biopsy)です。がん細胞はその核内にある遺伝子DNAの断片を持続的に血液中に放出しています。血液を採血して調べることでこれらの断片を分析する技術が開発されつつあります。血液や体液を使う病理検査なのでリキッドバイオプシーとよばれています。
リキッドバイオプシーを応用した研究が試みられています。その中には、ある薬剤ががんに効くかどうかの研究も含まれています。例として、PARP(パープ)阻害薬があります。PARP阻害薬とは、がん細胞内でPARP(損傷したDNAを修復する酵素の一つ)が機能することを妨げる薬剤のこと。がん細胞の消滅を促す薬です。
リキッドバイオプシーは根治療法を受けた患者のモニタリングにも応用される可能性もあります。今はCTなどの画像検査で再発がおきていないかどうかをみるのが主流ですが、画像検査より感度か高い検査となると予想されているリキッドバイオプシーが使われるようになるかもしれません。
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