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東レ子会社の不正で明るみになった「トクサイ」という闇の商習慣

秋頃から始まった、日産や神戸製鋼など日本を代表する大手企業の「不正発覚」問題。そして先頃、これまた大手大手化学企業の「東レ」の子会社でも不正が発覚し、謝罪会見を開く事態となっています。メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で在米作家の冷泉さんは、今回の東レ偽装問題で何が暴露されたのかを詳細に解説。さらに、この問題で発覚した「トクサイ(特別採用)」の闇と同社の今後について持論を展開しています。

東レ偽装で明らかになった『トクサイ』の闇

10月末から暴露が始まった一連の「企業不祥事」についてですが、まず日産とSUBARUの無資格検査員」の問題があります。この問題については、法令逸脱行為については批判は免れないものの、検査そのものは時代遅れであり、一種の「非関税障壁として制度への見直しが必要と考えるべきと思います。また、輸出車には一切無関係の問題ですから、日本の製造業の国際的評価への影響もなかったと断言できます。

その一方で、神戸製鋼と三菱マテリアルに関しては、納入先に対して明らかに約束したスペックに満たない製品を、データを偽装して納めていたのですから、行為としては全く次元の違う悪質なものと考えられます。何よりも、11月初旬には世界中で、この問題は「批判」されると同時に、「神戸製鋼の提供した素材を使用した自分たちの製品は安全性に問題ないのか?」という不安が広がりました。

こうした素材の品質偽装については、明らかに日本の製造業に対する国際社会での評価を傷つけています

そこへ、今回は東レの問題が出てきました。正確に言うと、「東レハイブリッドコード」(THC)という子会社の問題です。THCは繊維製品の会社ですが、その中でもタイヤコード(タイヤの骨格に当たる繊維材を織り上げて接着剤に漬けたもの)、自動車エンジンのタイミングベルトやブレーキホースなどゴムや樹脂製のものを補強するための繊維材、カーペット用の撚糸(よりあげた糸)という分野に特化した企業です。

その中でも今回問題が出たのは主力製品であるタイヤコードに関してです。正確を期するために、2017年11月28日付でTHCが出しているプレスリリースをそのまま引用します。

1.(企業概要のため省略)

2.データ書き換えの内容

THC社が本社工場で生産する製品(各種コード類=補強材)において、お客様であるタイヤメーカー、自動車等部品メーカー、抄紙用フェルトメーカーなどに納入する際の品質検査において、お客様との取り決めである当該製品の品質データ数値を一部不正に書き換えていました。

・当該製品      タイヤコード、自動車用ホース・ベルト用コード、抄紙用コード
・書き換え件数    約4万件のデータを調査した結果、お客様と取り決めた規格から外れたデータの規格内への書き換えが149件。
・書き換え期間    2008年4月~2016年7月
・対象となるお客様数 13社

3.お客様への影響

(1)データの書き換えは有ってはならないことでありますが、規格外の測定結果を規格内に書き換えた当社製品の品質につきましては、何れも規格値からの乖離がごくわずかであり、規格内製品と実質的な差は無いと考えておりま
す。

(2)該当製品をお使いいただいているお客様については、現在順次ご報告しているところですが、これまでご報告したお客様からはいずれも、性能上及び製品安全上の問題があるとのご指摘はいただいておりません。

4.本件を受けての対応

THC社が不正に書き換えを行った製品について、お客様にて不具合が生じた場合には、誠意をもって真摯にかつ迅速に対応いたします。

書き換えを含む不正行為が再発しないように、2016年10月からTHC社の品質保証体制を改めています。なお、本件の関係者に対する処分については、経緯を含めた全容が明らかになり次第、決定いたします。

以上がその「プレスリリース」ですが、全体的に、なんとも言えない不快感懸念を感じました。

まず、THCは「お客様」への「お詫び」を何度も何度も口にしていますが、それは全て納入先のことです。ちなみに、東レの一子会社であるTHCのホームページだけでなく、巨大企業である親会社の東レのホームページでも「詳しくはここへ」というリンクを貼って、この「プレスリリース」に飛ばしているだけです。

私は別に「世間様」が全能の権力を持つことには賛成しませんが、少なくともタイヤの品質に関して懸念を与えたということについては、エンドユーザー全体にも及んでいるのですから、もっと違う言い方ができるのではないかと思います。とにかく、素材の問題で、エンドユーザー向けの責任はタイヤメーカーの問題であり自分たちは関係ないという意識、その上で東レ本体としては、100%子会社であるにも関わらず子会社だから関係ないという意識が透けて見えます。これは企業の社会的責任を示す態度として、不十分と思います。

そもそも安全性に関係がないという主張ですが、金属製品と違って、タイヤというのは基本的に消耗品です。ですから、エンドユーザーにしてみれば、初期性能は問題がなくても、品質が微妙に低い製品というのは耐久性能として微妙に問題があるのではないかと思います。つまり、早めに交換しなくてはならないのであれば、コスト増になるということです。

タイヤメーカーとしては、偽装したコードを使用した製品は「B級品」として安く売っているのではないわけですから「実害はない」のでしょうが、エンドユーザーに関してはどうなのか、懸念を感じます。いやいや、タイヤは外皮の合成ゴムが先に磨耗するから問題ないという反論も来そうですが、仮に骨格に当たるコードが微妙に弱ければ、表皮の劣化も早まるのではないかと思うのです。「そうではない」と胸を張るのであれば、データが開示されなくては納得はできません

更に言えば、神戸製鋼のデータ偽装品を使用した新幹線車両に関して、例えばJR東海が「安全に問題はない」とハッキリ言っているわけですが、新幹線運行について世界一のノウハウを持っているJR東海が断言した以上は、乗客である我々は、それを信じて乗ることはできるわけです。偽装した金属製品がまだ交換されていないようだから、乗るのに保険をかけようとか、切符を安くせよなどという主張や心配をする必要はありません。

ですが、タイヤを履いた自家用車に関しては、安全に留意して車両の点検を行いその車両を運転するのはエンドユーザーであるわけです。そのエンドユーザーに対して、タイヤメーカーは「安全だが曖昧さをなくしたい」と言っているわけですが、東レの側としてどう考えているのかが全く伝わって来ません。

もう一つ、大きな衝撃を受けたのは「トクサイ特別採用)」という問題です。製造の過程で出てくる不良品が、仮に納入先の安全基準内であった場合に、値引きをした上で納入先が「本来は不良品として受け取り拒否をするべきだが、特別に納入を認める」という「商慣習」があったというのです。

THCについては(神戸製鋼も、三菱マテリアルもそのようですが)、この「トクサイ」が納入先に認められることに「味を占めて」しまい、「なあんだ、本来の性能より多少劣化したものでも安全上は問題ないんだ」と勝手に判断し、不良品も「データを偽造してしまえ」という悪質な行為に手を染めて行ったということのようです。

この説明も呆れた話です。データを偽造したことの言い訳としては、ダメダメなレベルである一方で、本当に「トクサイ」という商慣習があったのなら、それも問題です。THCサイドだけでなく、納入先のタイヤメーカーの仕入れ担当」にも不正があったことになるからです。

仮にタイヤメーカー側として「不正ではない」つまり、本来の要求スペックが「セーフティ・マージン」を盛った過剰なものであり、そこから多少劣化した材料を「お得な値段」で「トクサイ」するのは、企業として何ら恥じる必要はない、そう考えている(現在特に申し開きをしていないのですから、そういうことでしょう)のであれば、やはりデータを示して一般ユーザー、つまり開かれた社会へ向けて説明すべきでしょう。

そのデータの説明もしないで、ブリジストンのように「曖昧さを続けるのは難しい。時間をかけて、一番いい解決法を探っていく」とか「厳しい契約社会に移行するきっかけになるのではないか」などと、一見するとカッコいい表現に聞こえるものの、実態はユーザー無視のそれこそ「曖昧な対応」をしているのも問題と思います。

ところで、東レグループの繊維製品は、タイヤコードだけでなく航空機ボディ用の炭素繊維など最先端の製品も含まれています。グローバルな競争に晒されている金属製品よりは、マージンが稼げる構造になっていると思ったのですが、こうした問題が出るということは極めて残念です。

そこには、日本語と日本の商慣習による管理コストが猛烈に重いという問題があると思います。そのシワ寄せが現場を圧迫している、そう考えるべきではないでしょうか。データ不正もブラック雇用もそれが問題の根底にあるのです。

つまり金属という厳しい競争に晒されている業種だけでなく、「日本株式会社のビジネスモデル全体が問われているわけで、この点を直視できないのであれば経済諸団体の存在意義はもう終わりだと思います。今回は経団連会長の出身企業から問題が出たわけですから、いい機会のはずです。

経団連は、各企業がデータ不正をしていないか徹底点検すると言っています。確かに現状では、それも必要でしょう。ですが、問題の根は現場だけではないのです。管理部門のコストが重い生産性が低いということも問題の根にあるのです。その管理部門や、管理部門出身の経営者が「現場のモラルが問題」とか「もっとコンプライアンス意識を」などと説教しているようでは、日本経済の将来はないと思います。

いずれにしても、今回の東レの問題で、日本の製造業の信頼は更に傷がついたのは間違いないと思います。契約を履行する、嘘をつかない、そんな当たり前のことができていないようでは、厳しいグローバルな競争に生き残っていくのは難しいでしょう。

image by: WikimediaCommons(Evelyn-rose)

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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