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突然の「エルサレム首都」発言でトランプは誰を試したかったのか

トランプ大統領は12月6日、ホワイトハウスで行った会見で「エルサレムをイスラエルの首都と公式に認定する時期が来た」と表明しました。現在テルアビブにある米国大使館を、聖地エルサレムに移転するとも公言し、この「エルサレム首都認定」発言は世界中で大きな波紋を呼んでいます。このトランプ発言の真意は何か、なぜトランプ氏はあからさまなイスラエル支持を続けるのか、パレスチナ問題を20年近くに渡って取材し続けてきたジャーナリスト・藤原亮司さんが発言の裏側を読み解きます。

トランプ大統領の「エルサレム首都発言」が世界中で波紋を呼んだ理由

今こそエルサレムをイスラエルの首都として正式に認めるときだと決断した。

12月6日、記者会見でトランプ米大統領はそう述べた。それに伴い、テルアビブにある米国大使館をエルサレムに移転させるべく指示を出した、という。自らが選挙活動の際に口にした「公約」を、いま実現させようとしているとアピールしてみせた。

イスラエルの中心都市、エルサレムは、城壁に囲まれた旧市街の中に、ユダヤ教キリスト教イスラム教の聖地を持つ。第一次世界大戦以降、イギリスの委任統治下にあったパレスチナは、イスラエル建国に伴う国連パレスチナ分割決議(1947年)により、国連管理下に置かれるとされた。しかし、1948年5月のイスラエル建国とともに起きた第一次中東戦争でイスラエルが西エルサレムを占領。さらに1967年の第三次中東戦争では、ヨルダンの管轄下にあり、旧市街の聖地がある東エルサレムを占領。イスラエルは建国以来主張し続けてきた「首都・エルサレムを事実上手に入れた

しかし、国際社会はイスラエルの主張を認めず、ほとんどの国は最大の商業都市であるテルアビブに大使館を置いてきた。

今年5月のユダヤ教聖地「嘆きの壁」訪問、10月のユネスコ脱退にも見られたように、トランプ氏のイスラエルあるいはユダヤ系アメリカ人への支持は手厚い。イスラエルによるパレスチナ自治区への入植についても、強い懸念を表していたオバマ前大統領とは異なる。実際、イスラエルはトランプ氏の大統領就任後には入植地建設を加速させる動きを見せているが、それについても容認するかのような発言さえ行っている

これら一連の手厚さを考えると、いま自らの汚職疑惑で揺れるイスラエルのネタニヤフ首相を救済するために、この時期にイスラエル最大の悲願である「首都認定」「大使館移転」をぶち上げたのではないか、と勘ぐってしまいたくなる。

ではなぜトランプ氏は、あからさまにイスラエル支持を続けるのか。

トランプ政権内で重要な役割を担うと言われる、ユダヤ教徒で娘のイヴァンカ氏の夫クシュナー大統領上級顧問が、ティラーソン国務長官ら中東情勢悪化を懸念する立場の意見を押し切り、今回の「首都認定」を推進したとも言われるが、その真相は分からない。ネタニヤフ首相とも近く、トランプ政権による中東和平実現を目指すクシュナー氏が、わざわざ中東に波紋を広げるような決定に果たして賛成したのか疑問も残る。

それよりも、歴代大統領中最悪の支持率となったトランプ氏が、彼自身の「手法」として、ユダヤ教徒やキリスト教福音派など親イスラエル派の支持を得るための国内向けパフォーマンスに出た、と考えるほうがこれまでの行動から見ても腑に落ちる。

トランプ氏は、「首都認定」というブラフをぶち上げはしたが、大使館移転については、ティラーソン国務長官は決定を先送りする旨の発言をしている。

ブラフをかましてあとは知らぬ顔、というのは彼の常套手段でもある。彼は、実際に何らかの行動が伴うわけではない「首都認定」発言だけなら、その衝撃は自らの手腕で吸収できると考えたのかもしれない。しかし、だとしたら彼のその目論見はあまりにも甘い判断であったと言わざるをえない。

一方、トランプ氏の「勝算」はイスラム諸国の反応に見て取れる。今回の発言に対し、サウジアラビアやヨルダンなど中東各国のほか、トルコ、イラン、インドネシアなども非難や懸念を示した。しかし、イスラエルとの国交断絶の可能性を示唆し、強い口調でこの決定を非難したのはトルコのエルドアン大統領だけだった。ひと昔前なら考えられないほど、イスラム諸国はトランプ氏の決定に対して、あるいはパレスチナに対して冷淡とも言える反応しかしていない。

シリア内戦やイエメン内戦をめぐる中東情勢のなか、イスラム諸国にとってパレスチナの問題はもはや、大きな関心を寄せる話ではないのだろう。それよりも、イランと対立するサウジアラビアにとっては、パレスチナへの共感よりも、同じくイランと対立するイスラエルが「敵の敵は味方」というに近い存在になりつつあるとも言える。

イスラエルのネタニヤフ首相はトランプ氏の発言に対し、「歴史的な日だと称賛した。一方、パレスチナ自治政府のアッバース大統領は「和平への努力を台無しにすると非難。しかし、この発言以前から、実際にはパレスチナの和平は前進でも停滞でもなく、後退し続けているのが現状だ。

現在、東エルサレムには約20万人、パレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区では約40万人のユダヤ人入植者が暮らし、占領の既成事実化が進められている。将来の独立国家樹立を目指すパレスチナの土地は、次々と建設される入植地によって今も減少を続ける。

自治区各地に存在する入植地は、それ自体がイスラエルの出城」の役割も持つ。点在する入植地の間に新たな入植地を作り、連結されて巨大化したその存在は、パレスチナ人のイスラエル領内への侵入を防ぐ分離壁とともに、その行動を極端に制限する巨大な盾となっている。

今回の発言を受け、イスラエルとの闘争を繰り返してきたパレスチナの組織「ハマス」指導者、イスマイル・ハニーヤ氏は、「インティファーダ(イスラエルに対する民衆蜂起)」を呼びかけた。シリアやイランからの支援も途絶えたハマスには、かつてのような自ら組織的な蜂起を指揮する影響力は大きくない。しかし、トランプ氏の発言は、押し殺していたパレスチナ人の感情を大きく逆なでした。第一次インティファーダ(1987年から1993年頃)が民衆の自発的な抵抗から始まったように、いま起きているデモや抗議活動がさらに拡大化する懸念もある。

イスラエルのユダヤ人もまた、この発言を歓迎しているとはいえない。私が電話やメールで話を聞いたイスラエル人たちの多くは、「トランプは余計なことを言った」という意味のことを語った。また、イスラエル軍戦車部隊の予備役大尉は、「トランプはおれたちに戦争をさせるつもりか」と憤った。

トランプ氏の発言がパレスチナ以外の中東地域において及ぼす影響は、今のところ見えない。しかし、この「首都認定発言が、過激な思想を持つイスラム教徒がパレスチナ問題と過激思想をリンクさせ、欧米などでテロを行う口実にする可能性も否めない。組織としての「イスラム国」は事実上壊滅したとはいえ、思想としてその存在までが消えたとはいえない。新たに現れる過激思想の肉付けとして、この発言が利用されることもありうる。

また、なによりもこの発言は、イスラエルによる占領下で様々な不自由を強いられながら生きるパレスチナの人々の尊厳をさらに貶める行為であることは間違いがない。

トランプ氏は「首都認定」と同じ記者会見の中で、「米国は双方が受け入れ可能な和平合意の仲介に全力を尽くす」と述べた。しかし、彼の考える和平とは、圧倒的な力による「受け入れがたい和平を一方的に弱者に押し付けるものにすぎない。この姿勢は、彼の外交政策を見ると一貫している。

CNNの報道によると、パレスチナではデモ隊と治安部隊の衝突で2人が死亡空爆でも2人が犠牲になった。実際に銃撃や空爆を行ったのはイスラエル治安部隊や軍であるにせよ、その生命が奪われた原因はトランプ氏の発言によるものだ。

他者を屈服させることで得られる和平があると信じているとしたら、知らずに新たな混乱の火種をまいていることになる。その火種がいかに危険であったかは、のちにトランプ氏が身を持って経験することになるかもしれない。

藤原亮司

藤原亮司(ふじわら・りょうじ)

ジャーナリスト/ジャパンプレス所属。1967年、大阪府生まれ。1998年からパレスチナ問題の取材を続けている。その他シリア内戦、コソボ、レバノン、アフガニスタン、イラク、ヨルダン、トルコ、ウクライナなどにおいて、紛争や難民問題を取材。国内では在日コリアン、東日本大震災や原発被害を取材している。著者に『ガザの空の下 それでも明日は来るし人は生きる』(dZERO刊)。

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