弊社編集部はマディソンアベニューの40丁目という、マンハッタンのど真ん中に位置しています。 ロケーションだけは本当に、ニューヨークの真ん中の真ん中の真ん中です。 地理的にはあのタイムズスクエアよりも、あのグランドセントラル駅よりも、真ん中です。(実はタイムズスクエアってちょっとだけウエスト寄りで、グランドセントラル駅ってちょっとだけイースト寄りなんです)
タイムズスクエアとグランドセントラル駅のちょうど中間地点にあるほどのど真ん中にもかかわらず、ビルの1階ロビーにいるセキュリティーのコロンビア人のカルロは、いつもギターを弾きながら歌っています。 平日の日中に、です。 そのこと自体、この街では特に珍しいことではないので、テナントのニューヨーカーはみんないつも素通りしています。(日本だと物珍しがってくれて地方局とか取材してくれそうだけど)
とにかくいつも明るく、C-POP(コロンビアのポップソング?)をマンキンで歌っています。 日中、僕が外回りから帰ってくると「セニョール!フォー・ユー!フォー・ユー!」と両手で迎え入れてくれて、頼んでもないのに僕の為に一曲弾き語りをしてくれます。 もちろん歌詞はスパニッシュ。 ラブソングなのかバラードなのか内容はサッパリです。
でも曲調から想像すると絶対バラードなわけがないほどの明るく、陽気で、ポップなソング。特に真夏日なんて、外回りから帰ってきたら、真っ先にエアコンの効いている編集部に戻りたいわけです。(NYあるあるなのですが、暖かい国から来た人たちは、周囲がどうあれ絶対エアコンをつけてくれません。雇い先のNYのど真ん中のオフィスビルのロビーであれスイッチを入れない)汗ダラダラで、まったく内容のわからない歌を作り笑顔でとりあえず最後まで聴きます。やっと終わってくれたかと、拍手をしかけたところ、数秒の沈黙後、再びギターをかき鳴らします。2番始まっちゃったよ、と天を向く。
ある日、カルロに聞きました。「どうして、そんなに明るいの? 人生なにがそんなに楽しいんだよ?」
身長150センチ台の、抱えたギターとピッタリ同じ長さの上半身をしたエクアドル人は僕を見上げながら、キラキラした目で答えました。「人生のどこが楽しくないんだい!? 人生は素晴らしいじゃないか!」(頼んでいないのに、そこからまた歌い出す)
聞けば、彼は国の内戦から亡命してきたとのこと。両脇に二人の子供を抱えて、地雷を踏まないようにしてこの国に逃げてきたのだとか。そりゃあ、歌も歌いたくなるよ。(今度は3番まで聴こう)
彼とは10年来の知り合いですが、当初はまったく英語を話せませんでした。今でこそ普通に英語でコミュニケーションをしていますが、今でもそんなに流暢ではありません。スパニッシュなまりのカタコト英語です。でも、彼にとっては(そしてそれを聞く多くのニューヨーカーにとっても)どうでもいい。 大したコトじゃありません。 少なくとも自分と家族の命を地雷で奪われることはない。働けるのなら、地雷を踏まなくて済むのなら、言葉なんて大きな問題じゃない。
そして、この街はカルロみたいなバックボーンを持つ人間が数えきれないほどいます。移民のほとんどは程度の違いはあれ、こんな感じだと言ってもいいくらい。