MAG2 NEWS MENU

人工甘味料トレハロースで感染症が急増? 医学博士が真偽を解説

世の中に流通している食品の多くに使われている食品添加物「トレハロース」。植物由来で血糖値を緩やかに上昇させることで健康食品的にも捕らえられていたトレハロースが、近年「致死性の感染症を引き起こす要因である可能性」との研究結果が発表され、驚きの声が上がっています。「トレハロースは危険」というのは本当なのか?メルマガ『しんコロメールマガジン「しゃべるねこを飼う男」』の著者でNY在住の医学博士・しんコロさんが、研究の詳細を徹底解説します。

※本記事は有料メルマガ『しんコロメールマガジン「しゃべるねこを飼う男」』2018年1月23日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:しんコロ
ねこブロガー/ダンスインストラクター/起業家/医学博士。神奈川県生まれ。ニューヨーク在住。環境科学の修士号を取得後渡米、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)、ドイツキール大学での客員研究員を経て、免疫学の博士号(Ph.D.)をワシントン大学にて取得。現在、世界有数のがん研究所として知られるニューヨークのメモリアル・スローンケタリング・がんセンター勤務。研究者としての仕事の傍ら、ヒップホップダンスインストラクターを兼ね、レシピやエッセイなどの執筆なども行っている。著書に「しゃべるねこ、しおちゃんと僕」等がある。

ところでトレハロースって?

そもそもトレハロースとはどんな食品添加物なのでしょうか。トレハロースとは、動植物の細胞内にも存在する天然の糖質です。トレハロースは甘みをつけるというよりも、その優れた保水性を利用して、品質保持のための保存料として使用されることが多いです。例えば、お米やケーキなどを冷蔵すると硬くパサつきますが、トレハロースを添加するとしっとりとした状態が保たれます。タンパク質を多く含む食品にも添加すると劣化を防ぐことができます。野菜の水分を保持して加熱時の鮮度を保持します。さらに脂質の変質も抑え、過酸化物質の発生も抑制するなど、食品添加物として非常に利用価値が高いことが知られています。しかも、トレハロースは摂取した時に血糖値をゆっくりと上昇させることから「体に良い糖質とさえ思われていました

トレハロースの原料はトウモロコシやじゃがいものデンプンですが、原料が遺伝子組換え作物である可能性を除いては「天然である」ということと、トレハロースそのものの毒性が低いことから、比較的安全な食品添加物と認識され使用されてきた背景があります。和菓子、洋菓子、冷凍食品、麺類・ごはん類、パン、肉や魚の加工品、清涼飲料など、様々な食品に使用されています。コンビニに置いてあるような食品には必ず使われています。皆さんも、身の回りの食品に「トレハロース」の文字がないか見てみてください。

致死性の感染症の急増は人工甘味料トレハロースのせい?

日本の皆さんは、クロストリジウム・ディフィシルという細菌を聞いたことがありますか?2001~2006年にかけて、クロストリジウム・ディフィシル(以下「Cディフ」)という細菌による重篤な腸炎が、アメリカ、カナダ、ヨーロッパ諸国で突如とし
て増加しました。Cディフは本来腸内に存在する菌ですが、免疫機能が低下した人では腸炎を起こして場合によっては重篤になることが知られていました。しかし、2001年から始まったようなアウトブレイク(大流行)になることは過去にありませんでした。

Cディフにもいくつか種類がありますが、どういう訳かRT027株とRT078株の感染者が突如と増えて重篤な状態に至っているのがここ近年の謎でした。現在では年間に約3万人もの死者を出すCディフは、抗生物質が効かないスーパーバグ」かもしれないと考えられていました。実は僕のラボのお隣のラボでもCディフを研究しており、現在Cディフの研究は世界で非常に注目されています。そして今回のベイラー医科大学のグループによる研究によれば、Cディフはスーパーバグになった訳ではなく、人工甘味料のトレハロースが患者の増加に関連しているかもしれないという意外な結果が出たのです。

● Pathogens boosted by food additive

● Dietary trehalose enhances virulence of epidemic Clostridium difficile | Nature

● This food additive is hard to avoid and could make hospital superbugs more deadly – Home | Quirks & Quarks with Bob McDonald | CBC Radio

● Mysterious explosion of a deadly plague may come down to a sugar in ice cream | Ars Technica

研究グループは、RT027株とRT078株を詳細に調べました。すると、この二つの株は必要な栄養素として非常に低濃度のトレハロースを利用していることが分かりました。そこでこの2株のゲノム情報を解析してみると、低濃度のトレハロースを利用できるメカニズムがDNAレベルで明らかとなったのです。RT027株はトレハロースを代謝する回路のブレーキが効きにくい変異を起こしており、一方RT078株はトレハロースの代謝を促進する4つの遺伝子を獲得していたのでした。これらの変異により、通常のCディフは増殖しないような環境でも、この2株は低濃度のトレハロースを利用して増強され、高い病原性を示す可能性があるというメカニズムが分かったのです。

続いて、研究グループはマウスを用いて病原性を検証しました。RT027株の遺伝子を操作してトレハロースを代謝できないようにしました。すると、RT027株の病原性が低下して、感染したマウスの生存率も向上しました。一方で、マウスのエサにトレハロースを加えると、RT027株に感染した時に生存率が著しく低下したのでした。マウスの生存率が下がったのは、RT027株が増殖したというよりも、トレハロースを利用して毒性が高まったからであるということも示唆されました。RT078株に関しても、4つの遺伝子のうちPtsTという遺伝子がトレハロースの存在下でこの株の増殖を増強するということが分かりました。

さて、ここまででRT027株とRT078株がトレハロースを利用して病原性を高め感染したマウスの生存率を低下させるということが分かりました。しかし、人間の腸内でも同じ状況が起きるのでしょうか?もちろん人間を感染させる実験などできませんから、研究グループは、ヒトの小腸内からサンプルを採取して、トレハロースの濃度を測定してみました。すると、RT027株が活性化するだけのトレハロースが検出されたのでした。

つまり、人間の腸内でもマウスの感染と似た状態が起きうることが示唆されました。

しかし何故、今頃?

2001年から突如としてアウトブレイクとなったCディフですが、RT027株が一番最初に患者から発見・単離されたのは1985年のことです。しかし、1985年から16年間、RT027株が致死性の腸炎を起こしたり、大流行したりということはありませんでした。何故16年もの月日を経て突如としてアウトブレイクが起きたのかがこれまで謎でした。ここで、トレハロースの認可と食品添加物としての利用開始のタイミングが持ち上がります。

1995年までは、トレハロースは製造コストが非常に高い食品添加物でした。そのため、一部の化粧品や試薬にしか使われていませんでした。製造法の開発競争が続いていた中、1994年に岡山のデンプン糖化メーカーである「林原」が、安価に大量生産する方法の開発に成功し、生産コストがそれまでの100分の1にまで下がりました。それを受けてアメリカ食品医薬局(FDA)は2000年にヨーロッパでは2001年にトレハロースを安全な食品添加物として認可をしたのです。そしてこの直後に
界中でのCディフに感染した患者が急増しました。1985年にRT027株が最初に発見されてから2001年までの16年間には2件ほどしか流行の記録がありませんが、2001年から2012年の11年間にはざっと数えて世界中で30件もの流行が報告されています。このことから、研究グループはトレハロースが認可されて広く使用されるようになった背景がこれらのアウトブレイクに関与しているのではいかと示唆しています。

今後の課題

さて、この研究を僕がどう思うかですが、「こりゃ放っておけない」というのが第一印象です。研究の重要性は「放っておけるかどうか」が一つの大切な尺度です。社会では「研究の真偽」がすぐに問われるし、それは良く理解できるのですが、真偽というのは実験系に明らかな欠陥がある場合を除いて、論文の紙面上からは誰も判断できません。嘘をつこうと思って捏造・剽窃する科学者もいれば、正直に研究をしたが何かのアーティファクト(予測できないデータの歪み)で結果的に偽のデータになってしまうということもあります。しかし、その論文を読んだ人たちが「これは重大問題だ、放っておけない!」となると、沢山の科学者が追加試験や検証実験をするものです。そして、研究の真偽はそこで検証され、真であれば新たな疑問や問題が提起されて科学の知識が前進します。

この研究に対してNature誌でコラムを書いたオクラホマ大学のジミー・バラード博士もコメントしていましたが、この研究では未解決の問題がいくつかあります。その一つは、トレハロースの代謝によりRT027株でどのように毒素が生成されるのかの詳細です。また、その毒素が患者の病態や生存率にどれだけ影響をするのかも調べる必要があります。さらに、この研究では小腸からサンプル採取をしていましたが、他にも多くのバクテリアが存在し、トレハロースの代謝に影響を与えると予想される大腸内の環境も調べる必要があります。加えて、RT027株に感染している患者からのサンプルと腸内のトレハロース濃度、日常の食生活などのデータを集めて分析する必要もあります。このように次から次へと「やらねばならない」問題提起をしているという意味で、この研究は重要だと言えるでしょう。

最後に付け足しですが、ここまで読んで「トレハロースは悪だ製造法を開発した日本の会社は罪だと短絡的に思わないようにして下さい。トレハロースは食品添加物としてはリスクがありますが、医薬品、試薬、日用品など、食品添加物以外でも有用な側面があります。例えば、組織やタンパク質の保護作用を利用して臓器移植時の保護液等にも利用されることがありますし、クールビズや防臭効果をうたった繊維に利用されることもあります。製造業にとても有用な物質であったトレハロースですが、食品添加物としては予測だにしなかった感染症への影響が明るみに出てきました。日本では西洋諸国のようにCディフは流行していませんが、近年ではアジアでも報告されています。日本でのトレハロースの使用を今一度慎重に検討しなおす時がやってきそうです。

続きはご購読ください。初月無料です

image by: Shutterstock.com

※本記事は有料メルマガ『しんコロメールマガジン「しゃべるねこを飼う男」』2018年1月23日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

<こちらも必読! 月単位で購入できるバックナンバー>

※12月分すべて無料の定期購読手続きを完了後、各月バックナンバーをお求めください。

2017年12月分

しんコロメルマガ Vol.240 クリスマスに向けて、外国の運転事情、しおちゃんが運転したら(2017/12/05)

しんコロメルマガ Vol.241 超流行ってる腸内細菌、ダイエットに効果がある菌、アメリカと日本の動物保護(2017/12/12)

しんコロメルマガ Vol.242 子どもが大人になる時、ふるさと納税で動物保護、殺処分ゼロを達成(2017/12/19)

しんコロメルマガ Vol.243 クリスマス後、フロリダ・ディズニーワールドに行ってきた(2017/12/26)

※1ヶ月分864円(税込)で購入できます。

しんコロメールマガジン「しゃべるねこを飼う男」』(2018年1月23日号)より一部抜粋

しんコロこの著者の記事一覧

ねこブロガー/ダンスインストラクター/起業家/医学博士。免疫学の博士号(Ph.D.)をワシントン大学にて取得。言葉をしゃべる超有名ねこ「しおちゃん」の飼い主の『しんコロメールマガジン「しゃべるねこを飼う男」』ではブログには書かないしおちゃんのエピソードやペットの健康を守るための最新情報を配信。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料で読んでみる  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 しんコロメールマガジン「しゃべるねこを飼う男」 』

【著者】 しんコロ 【月額】 初月無料!月額880円(税込) 【発行周期】 毎週火曜日

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け