かねてから「政府が主導する、定額働かせ放題プラン「残業ゼロ法案」の危険性」の記事などで政府主導の「働き方改革」に関連した法案の危険性について訴えてきたメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』の著者で健康社会学者の河合薫さん。今回は、安倍総理の的外れな発言が議論を呼んだ「裁量労働制のデータ問題」について、「もっと論じるべきはほかのところにある」とした上で、懸念点を具体的にあげ、考察しています。
※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2018年2月21日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。
裁量労働制問題のホントの問題
裁量労働制をめぐる調査データ問題に関するゴタゴタが続いています。
簡単に振り返っておくと、問題となったのは1月29日の衆院予算委員会で、「裁量労働制の拡大は長時間労働を助長し、過労死を増やしかねない」と追及する野党議員に、「裁量労働制で働く方の労働時間は、平均的な方で比べれば一般労働者よりも短いというデータもある」と安倍首相が反論したことが発端でした。
その後、首相が答弁の根拠にしたデータは一般的な平均値ではなく実際の労働時間でもない。比較対象の一般労働者のデータにも様々な不備が見つかり、撤回し謝罪。
19日には厚労省が、「一般労働者と裁量制で働く人の労働時間を異なる条件で比較し不適切なデータを作成していた」と公表しました。
“異なる条件”と言えば聞こえはいいですが、
- 「1ヶ月で最も長く働いた日の残業時間」(一般労働者)
- 「1日の平均的な労働時間」(裁量制の労働者)
というぶっちゃけ全く違う質問のデータだったのです。
さらにデータ一には、1日の残業が「45時間」などと誤って記された例が少なくとも3件あった。
しかも、今回問題になった比較データは27年3月の民主党(当時)の厚生労働部門会議に初めて示され、その後も塩崎恭久前厚労相や今年1月の安倍首相の国会答弁で使われてきたとのこと。
要するに、
「どうする? なんかデータ出せってさ。なんかない?」
「オッ。これどうだ?」
「いいね!」
「でも、質問違うし……」
「モーマンタイ!だって、どっちもさ、働いてる時間を聞いているわけだし~~」
「そうだな!おお、これにしよう!だいたいさ、裁量労働制ってちゃんと“みなし残業代”込みで賃金払ってるし、だいたい裁量制なんだから労働時間とか関係ないだろ」
「だね。飲み放題で飲むのと、普通で飲むととどっちが飲むか?って聞いてるみたいなもんだしね」
「ん? なんだかよくわかんないけど、ま、いいよ。平均平均。平均出せばいんだよ!」
といった具合に、その場しのぎの“ノリ”で作られたデータが、ず~っと使われてきてしまったのです。(注:上記のやりとりは私の妄想です)
ったく…。どうなっているんでしょ。この国のお偉い方たちは。
そもそも「労働時間が伸びるのではないか?」という懸念事項に、「平均値」を使うこと自体、全く意味がありません。
例えば10人の一般労働者と10人の裁量労働制の人を比較する場合、
- ひとりでも超長時間労働者がいれば平均値は上がる
- ひとりでも超短時間労働者がいれば平均値は下がる
また、対象者をどういう職種の人にするか? 男か女か? 年代別にはどうか?
いつの労働時間か?(繁忙期か閑散期か)などによっても数値は変わるのです。
そういったことも加味した上で労働時間を比較したデータは、厚労省の手元にもある“はず”なのに、まったくもって意味がわかりません。
詳しくはYahoo!ニュースに、5日付で投稿した「“裁量なき裁量労働制”のホントの労働時間と“働かせ放題プラン”の真相」を読んでいただきたいのですが、要約すると以下のとおりです(今回拡大が検討されている企画業務型との比較)。
(データソース:2014年に厚労省と労働政策研究所が行なった「裁量労働制等の労働時間制度に関する調査」より)
1ヶ月の実労働時間が「200時間以上の割合」は、
・一般の労働者が32%に対し、
・企画業務型裁量制は46%と長い。
ひと月の収入が「500万円以上」は、
・一般労働者が47.3%に対し、
・企画業務型裁量制は56.5%と多い。
しかしながら、企画業務型裁量制の人のうち「300万未満」が14.3%もいるのです。
300万といえば平均年収以下です。
その年収の人たちも、今後拡大されれば裁量労働制に組み込まれる可能性が高い。
おまけに「みなし残業の算定」を半数近くが「不明」と回答し、4人に1人が「みなし時間の設定が不適切」としています。
それに「裁量制」というからには、働く人に「裁量権がきちんと与えられる」ことが基本ですが、「配属されたチームが裁量労働制だったから」という理由で適用され、裁量など与えられていないケースもある。
今回適用の拡大が提案されている「企画業務型裁量労働制」は、1998年に設けられた制度ですが、エンジニアなどの「専門業務型裁量労働制」に比べ、適用が厳格だったため導入している企業は、わずか0.9%(「専門業務型裁量労働制」2.1%)。
そこで「働かせ放題プランって?ーVol.059」で書いたとおり、対象を「事業の運営に関する事項の実施管理評価業務」と「法人提案型営業」という、前者は「管理職っぽい仕事」、後者は「オーダーメイドの商品などを企画する営業っぽい仕事」にまで広げちゃえってモノ。
企業側は「3%の賃上げ」と引き換えに、今回の法案を是が非でも通せって言ってることからも、目的が「コスト削減」であることは明白なのです。
念のため断っておきますが、私は「裁量制」には賛成です。
でも、今の法案ではダメ。
- インタバール規制(11時間)の徹底と厳罰化
- みなし時間の根拠を明確にする義務と罰則規定
- 実労働時間の把握の義務と罰則規定
この3つがない限り、働かせ放題プランとなるに決まってる。
「え?でも、そんなことしたらブラック企業呼ばわりされるから、そんなリスクおかしてまで悪用する企業はないのでは?」
こう考える人もいるかもしれません。
だったら、なおさら上記3条件を付与すべき。悪用するつもりがないなら、3条件が加わったところで困る事はないはずです。
いったい何のための裁量制拡大なのか?
現行の制度(フレックスタイム、テレワーク)で対応は不可能なのか?
働き方改革の一丁目一番地は「過労死・過労自殺」をなくすということではないのか?
不適切なデータを用いたことはそれ自体問題ではありますが、こういった本質的な議論をしてもらいたいです。
image by: Shutterstock
※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2018年2月21日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
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『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』(2018年2月21日号)より一部抜粋