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深夜に急転。安倍総理の裁量労働「撤回」を新聞各紙はどう伝えたか

今国会の目玉とされながらデータの誤りが次々と発覚するなど、与野党間で大揉めに揉めた「働き方改革関連法案」を巡る議論。安倍首相は2月28日深夜になり、一転、その内の裁量労働制の対象拡大部分について全面的に削除することを表明しました。この突然の転換について新聞各紙はどのように伝えたのでしょうか。ジャーナリストの内田誠さんが自身のメルマガ『uttiiの電子版ウォッチ DELUXE』で詳細に分析しています。

「裁量労働制の対象拡大」の一転削除を新聞各紙はどう伝えたか

ラインナップ

◆1面トップの見出しから……。

《朝日》…「裁量労働拡大を削除」
《読売》…「裁量労働 今国会は断念」
《毎日》…「裁量労働 今国会断念」
《東京》…「裁量制 今国会断念」

◆解説面の見出しから……。

《朝日》…「一転削除 政権打撃」
《読売》…「労働データ 政府防戦」
《毎日》…「首相『後退』余儀なく」
《東京》…「『戦力不保持』空文化の恐れ」

ハドル

「裁量制の対象拡大」の断念に関する分析記事を取り上げることにします。少なくともきょう、この問題以上のテーマはあり得ません。

基本的な報道内容

安倍首相は、今国会の最重要法案と位置付けてきた「働き方改革関連法案」から裁量労働制の対象拡大を全面削除するよう指示。不適切データ問題の収拾図り法案成立を目指すも、根幹部分の変更は政権への大打撃

法案はガラス細工

【朝日】は1面トップに2面の解説記事「時時刻刻」、4面と6面に関連記事、14面社説まで。見出しから。

1面

2面

4面

6面

14面

uttiiの眼

《朝日》の「時時刻刻」は例によって“時系列的な書き方で、28日深夜の首相官邸に二階幹事長と岸田政調会長、公明党の井上幹事長が招かれたところから始まる。その後に会見した首相は「厚生労働省において実態を把握したうえで、議論をし直す」と述べた。次々と調査の中から異常値が見つかる中で、「このデータで理解を得ることは無理だ」と首相が判断するに至ったと。

これで一件落着かというと、そうではない

裁量労働制の対象拡大を削除した法案は、規制優位の姿をしており、このことに自民党厚労族から反発が吹き出し、これから行われる党内議論は荒れるだろうという。反対に、野党は「高プロが残ったことにさらに反発し、一層の追及が行われるだろう。そして、厚労省は「28日朝から安倍首相に翻弄された」かたちで、首相が予算委で表明した「実態把握」の“実態”が何を指すか、野党の追及に返答ができなかった

そもそも「ガラス細工」と言われるこの法案は、連合の要求する残業時間に関する「規制」と、経団連が求める裁量労働制の対象拡大などの「規制緩和」を抱き合わせたもの。一部削除によって見かけ上のバランスさえ失うことになり、「労働側にも経営側にもそっぽを向かれるリスクを抱え込むことになった」とする。

思うに、「高プロ」は、原理的に労働時間による規制を外すという象徴的な意味合いの制度。労働基準法の基本概念に違背する異質な制度を、その対象を高収入の労働者に限るとはいえ、導入することで、やがては労働時間規制を全廃してしまおうという新自由主義的な思想が裏にある。それに対して裁量労働制の方は、「みなし労働時間」というクッションを置くことによって、労働基準法には恭順の意を表しつつ、実際上は労働時間規制を撤廃したのと同じ効果を生じさせようという制度。経済界が期待していたのは、むしろ裁量労働制の対象拡大の方だったというのは頷ける話だ。既に導入済みの「裁量労働制」だけでも、経営側が期待する「残業代ゼロ」効果は上がっていると見られるが、これが拡大されれば一層多くの企業が「残業代の節約」に走ることになるだろう。それが労働者に何をもたらすか…。過労死でNHK記者だった娘の佐戸未和さんを失った母恵美子さんは、裁量労働制の対象拡大について、こんなことを言っている。

「制度の拡大で長時間労働が野放しになり、ずさんな労務管理の言い訳になるだけだ」と。

柔軟路線にカジを切った?

【読売】は1面トップに関連記事は3面と4面。見出しから。

1面

3面

4面

uttiiの眼

《読売》は3面記事のリードで「厚生労働省のずさんな対応に目をつぶって『強行突破』を図れば、自民党総裁選や憲法改正に影響しかねないと判断した。目玉法案でのつまずきを最小限に留めたい考えだ」と書いている。《朝日》とは逆に、これで批判は収束し、安倍氏は再び力を得て総裁選で勝利し、改憲も年内発議にこぎ着けられるという明るい展望が開かれたかのような書きぶりだ。

《読売》の記事は、この間の答弁撤回から裁量労働制関連部分の削除にいたる出来事を押さえた上で、リードの記述をやや敷衍(ふえん)してこのように書いている。

「強引に正面突破を図れば、与党内の離反を招き、確実視されてきた秋の自民党総裁選で首相の連続3選に向けた流れが変わる可能性もある。ここで政治的体力を失えば、首相が悲願としてきた憲法改正の実現も遠のきかねない」と。早い話、総裁選に負け憲法改正も頓挫する可能性が出てくるということ。「政治的体力」とはまた随分曖昧模糊とした言葉を登場させたものだが、こうしたことが続けば、やがて本当の「体力」にも心配が出てくると暗示したかったのかもしれない。

1点、興味深いのは、二階氏についての読売の見方。予算案通過をわざわざ1日遅らせたのは与野党幹事長・書記局長会談で二階氏が「野党の話を聞こう」と言いだしたからだが、その背景に、「働き方改革関連法案を推しきろうとする首相官邸への不満もあった」(二階氏周辺の発言)という。そこはつながっていたのか…。

「首相白旗」?

【毎日】は1面トップに3面の解説記事「クローズアップ」、5面の関連記事。見出しから。

1面

3面

5面

uttiiの眼

《毎日》も《読売》と同様、「総裁3選」に触れている。そして、強気から一転して大幅な譲歩を余儀なくされたのは、与党から強い懸念が伝えられたからだとしている。その中には、「ばらばらだった野党がひとかたまりになる口実を与えてしまった」という内容も含まれていたようだ。維新を除く野党6党が連日鳩首会談をしていることや、民進と希望が「働き方改革」についての対案を合同で出したことなどもイメージされ、首相の危機感につながっていったのかもしれない。

《毎日》は全体に、今回の「撤退」を主導したのは自民党厚生労働部会だったと言いたいようだ。その点、《朝日の認識とかなり違っている。確かに、裁量労働制の「切り離し」が厚生族の間で強まったことについては報道されていたし、その背景に、今回の問題が第一次安倍政権を瓦解に追い込んだ「年金記録問題」を彷彿とさせるという自民党議員らの認識も明らかになっていた。《朝日》と《毎日》、どちらの認識が、よりリアルなのだろうか。法案からの「削除」を行えば、厚労族たちは満足するのか、それとも一層の不満を募らせることになるのか。

《毎日》の記事に「首相白旗」という興味深い表現。野党の要求通り、裁量労働制の対象拡大の削除を、安倍氏自身の口から言わせたのだから、野党としては「大勝利」だろうし、首相は「白旗」を掲げて降参したと言いたいところだろう。だが、もちろん、それでは不正確だ。政権へのダメージがどこにどのような形で出てくるかは分からないものの、政府は一応、打開策としての「削除」を決めたわけで、勢いづいた野党が嵩に掛かって挑んだとしても、相変わらず圧倒的な議席を持つ与党がいつもの強気に戻るなら、それを押しとどめるのは簡単ではない。

法案の骨格部分を削除

【東京】は1面トップのみ。他紙の取り上げ方に倣い、予算案の衆院通過も“関連”とみれば、2面に記事がある。見出しから。

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uttiiの眼

《東京》は1面記事のリードで「看板政策に位置付ける法案の骨格部分削除は政権にとって打撃になった」と書いている。「裁量労働制の対象拡大」が「働き方改革関連法案」の骨格部分であるという認識は、これまで必ずしも表明されてはこなかったと思われるので、若干の違和感がある。実際、法案のなかで規制緩和に類する部分としては「高度プロフェッショナル制度」の方が目立っていて、裁量労働制についての議論はほとんど見られなかったが、規制緩和を求める経済界が注目していたのは、むしろ「裁量労働」の方だったと考えられ、その意味では「骨格部分という評価は当たっている。その「骨格部分」がなくなって“骨抜きになったにもかかわらず、法案が成立しやすいものになったとは言えないという点が、今後を見るときに重要な視点になっていくだろう。

《東京》は記事の最後に、記者による「解説」を用意していて、首相が今国会での成立を断念するに至ったのは、不適切なデータ問題への批判で追い込まれた結果としつつ、「裁量労働制の方が労働時間が短くなると印象付けるために、データを改ざんしたとの批判を免れない」としている。また、「労働規制の強化に、経営者の視点に立った規制緩和を抱き合わせる手法」や、「多岐にわたる制度変更を盛った8本の法案を一本に束ねて提出しようとする手法」が批判されている。

image by: 首相官邸

内田誠この著者の記事一覧

ニュースステーションを皮切りにテレビの世界に入って34年。サンデープロジェクト(テレビ朝日)で数々の取材とリポートに携わり、スーパーニュース・アンカー(関西テレビ)や吉田照美ソコダイジナトコ(文化放送)でコメンテーター、J-WAVEのジャム・ザ・ワールドではナビゲーターを務めた。ネット上のメディア、『デモクラTV』の創立メンバーで、自身が司会を務める「デモくらジオ」(金曜夜8時から10時。「ヴィンテージ・ジャズをアナログ・プレーヤーで聴きながら、リラックスして一週間を振り返る名物プログラム」)は番組開始以来、放送300回を超えた。

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【著者】 内田誠 【月額】 月額330円(税込) 【発行周期】 週1回程度

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