ビートたけし、タモリなど、トイレ掃除を習慣にしている有名人が多いのは有名な話ですが、居酒屋で人気のビアテイスト飲料「ホッピー」の製造販売元であるホッピービバレッジ株式会社が、素手でトイレ掃除をする社員の写真をウェブサイトに掲載し、「飲料を扱うのに不潔」などと大炎上したことは記憶に新しいところです。この一件を受け、米国在住の作家・ジャーナリストの冷泉彰彦さんは、自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』の中で、同社の石渡美奈社長の「トイレ掃除が問題から逃げない強い心育てる」という考え方を「全くの勘違い」と真っ向から否定しています。
ホッピーのトイレ掃除研修、何が問題なのか?
それにしても「まだこんなことをやっているのか!」という思いです。清涼飲料水「ホッピー」の販売元であるホッピービバレッジという会社では、「素手でトイレの掃除をしている」ような社員の画像がウェブサイトに載っており、その話題がネットで拡散したわけですが、例えば津田大介氏が、
ホッピーは味も好きでホッピーがあるところでは基本ホッピーしか飲んでな
かったけど、ドン引きしたのでもう今後飲むのやめようと思う。
とツイートするなど、まさに「ドン引き」という反応が多いようです。「飲料メーカー」という企業イメージと、「素手でトイレ掃除」という行動を重ねる中で出てくる「不潔だ」という印象がまずあり、更に「嫌がる行動を強いる」体質への落胆も多く見られるように思います。
この問題ですが、事実のようで、同社の石渡美奈社長は、2007年のブログでの記述に見られるように、「トイレ掃除が問題から逃げない強い心育てる」として、このトイレ掃除を軸とした社員研修をかなり意識的にやってきたのは本当のようです。
ですが、私がショックを受けたのは、「不潔感」とか「嫌がる行動を強いる」ということではありません。この「トイレ掃除が問題から逃げない強い心育てる」という考え方が「全くの勘違い」だからです。
現在の日本企業は、人口減による市場縮小、リスクの取れるマネーの枯渇からくる資金不足という問題を抱える中で、リストラに次ぐリストラを重ねてきています。そんな中で、現場の人々は「できる工夫は何でもしている」し自分の責任範囲では一生懸命頑張っていると思います。
その一方で、日本の社会では「金を出す方が偉い」という消費者は王様といった考え方が、常識を逸脱するぐらいに拡大しています。ですから、現場の営業部隊などは、そうしたカルチャーの中で、取引先のクレームに対して「握りつぶす」とか「忘れてしまう」などという自由はありません。それは、この会社も同じだと思います。
そんな中で、この会社を含めた多くの日本の現場で「逃げたくなるような問題」がどこにあるのかというと、それは顧客などの外部対応ではなく、内部、具体的には自分の上司との対応になるのだと思います。
例えば、「市場でよくない動きが出ているのだが、上司の耳に入れると気分を害したり、自分の責任にされる」ので、もっと露骨な動きになるまで黙っておこうとか、売っている製品にスペック不足があるようで、一部の顧客には気づかれているが、「今の社長は技術出身なので営業の自分が品質について悪く言っても聞いてもらえそうもない」ので、他の営業マンが報告するまで様子を見ようというような状況です。
本当は、そんなことではいけないのです。本当に会社の将来を大事にするのであれば、あるいは本当に自分の営業テリトリーで立派な業績を数年後まで維持したいのであれば、「問題から逃げず」に「強い心」を持って上司に、あるいは経営陣に訴えなくてはなりません。
では、この「トイレ掃除研修」は、そのような「上司に耳の痛い意見を言えるような強い心、逃げない心」を鍛える、ホンモノの人材育成になるのかというと、違うと思います。そうではなくて、逆なのです。
常識的な感覚として「トイレ掃除」を強制するような経営陣は「部下から見て、ネガティブ情報を上げやすい」というイメージになるのかというと、正反対だからです。
この石渡氏の名誉のために言えば、この経営者は「自分はやらないくせに」部下には「汚い作業を強制」するようなタイプではないようです。ですから、道徳的に非道だという非難は当たらないかもしれません。ですが、自分から率先垂範しているということは、その分だけ部下に対する強制力は増えている、そうした反省が必要と思います。
その強制力を持ったカルチャーというのは、「ネガティブ情報を上げやすい」つまり「情報流通の風通しの良い」カルチャーにはなりません。むしろ反対のムードを蔓延させるのだと思います。これは、万が一の場合には経営の命取りになります。
会社というのは、まず経営者と従業員の利害は対立するものです。ですから、経営者は常に従業員の立場から、自分の言動を厳しく反省することが求められます。また、社会常識から考えて無理なことを従業員に強いてはなりません。そうした原理原則に忠実な会社が最終的には生き残るのです。