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自動車業界に迫る変革が、2000年のコンピュータ業界に酷似してきた

かねてから日本の自動車メーカーの危機について指摘する、メルマガ『週刊 Life is beautiful』の著者でWindows95の設計にも携わった世界的プログラマー・中島聡さん。今回は、コンピュータ業界に大変革が訪れた2000年前後を振り返りつつ、今後10年で大きく変わる自動車の概念、さらにそれに応じて書き換えられる自動車業界の勢力図についても分析しています。

2018年の自動車業界と2000年のコンピュータ業界

90年代後半には、MicrosoftはWindowsとOfficeから莫大な利益を上げていましたが、そのビジネスモデルを根本からひっくり返すインターネットの登場で業界が大きく変わろうとしていることは、業界にいる私たちにとっては、とても明確でした。

その変化を最も良く表しているのがシリコンバレーのベンチャー企業、Netscapeでした。CEOのMarc Andreessen は、OSに依存せず、インストールが不要なWeb Application”というアーキテクチャをホワイトペーパーで提唱しました。このアーキテクチャは、私を含めた多くのエンジニアたちの心を魅了しましたが、同時に、これがMicrosoftのビジネスにとって、とんでもない脅威であることも明確でした。

MicrosoftはInternet Explorerを作り無料で提供することにより、全力でNetscapeを潰しにかかりました。Windows 95が出た当時は、ゼロに等しかったマーケットシェアを、(私がアーキテクトして開発に関わったIE3.0とIE4.0で70%を越えるにまで一気に引き上げることに成功しました。特にIE4.0とWindows98の統合は、(後に独禁法で訴えられることになりましたが)Netscapeに致命的なダメージを与えることになりました。

しかし、この成功も、旧来型のビジネスモデルの一時的な延命措置に過ぎませんでした。OSをコモディティ化する、ウェブ・アプリケーションへのシフトは誰にも止めることは出来なかったのです。

インターネットバブルのピークだった99年後半、それまでMicrosoftの成長を支えていた優秀なエンジニアが次々に抜けて、シリコンバレーのベンチャー企業に転職したり、自分でベンチャー企業を立ち上げたりし始めました。あまりにも大きくなり、既存のビジネスの温存ばかりを重視するMicrosoftが、起業家精神に溢れるエンジニアたちにとって魅力的な企業ではなくなってしまったからです。

社内では、Microsoftがシリコンバレーに対抗するには、GEのような持ち株会社に形を変え、既存のビジネスを維持することに専念する事業会社に加え、インターネットを活用した新しいビジネスを生み出す小さな会社をいくつか作り、そこを起業家精神に溢れたエンジニアたちの受け皿にすべきという意見が高まりました。しかし、CEOだったStave Ballmerの鶴の一声で、その案は潰されてしまいました。私がMicrosoftを去ることを決めたのは、その直後のことです。

結果として、その後急激に成長したインターネット及びモバイルビジネスの主役の座をFacebook、Google、Amazon、Apple、Netflixなどに譲ることとなってしまったのです。あの時に、Microsoftが持ち株会社に移行していれば、シリコンバレーのVCのような役割を果たして、数多くのインターネット・ベンチャー企業を排出していただろうと思います。

1999年末から2000年初めにSteve Ballmerが選択した保守的な企業戦略が、Microsoft を主役の座から引っ張り下ろし、インターネットとモバイルという二つの大きな変化が生み出した企業価値をライバルたちに渡すことになってしまったのです。典型的な「イノベーションのジレンマ」です。

2018年の自動車業界は、その頃のコンピュータ業界に色々な意味でとてもよく似ています。

既存の自動車ビジネスは、まだ莫大な利益を生み出してはいますが、EV化、自動運転、コネクティビティ、シェアリング・エコノミーなどの大きな変化が業界全体を襲いつつあります。

TeslaUberの2社は、それぞれ、EV化+自動運転+コネクティビティシェアリング・エコノミーの面で業界をリードしており、莫大な赤字を垂れ流しながらも、企業価値は既存の自動車メーカーと肩を並べるまでになっています。

トヨタ自動車がプリウスで実現したハイブリッド車は、通常のガソリン車と比べると地球に優しい自動車ですが、MicrosoftのInternet Explorerと同じく、ゼロ・エミッション車が普及するまでの、一時的な延命措置でしかありません。水素自動車は興味深いテクノロジーですが、インフラの充実までには時間がかかるため、今現在、急速に起こりつつEV化に対する答えではありません。

TeslaやUber が、Netscapeのように消えてしまうのか、AmazonやGoogleのような次世代を担う巨大な企業に成長するのかは分かりませんが、一つだけ明らかなのは、10年後20年後の自動車業界の勢力地図が、今とは大きく異なっているものだ、ということです。

ソフトウェアやコネクティビティはますます重要になり、自動車は持つものから必要に応じて借りるもの」に変わります。シェアリング・エコノミーは、自動車の稼働率を大幅に引き上げるし、駐車場を不要なものにします。主役を握るのは、「自動車を製造・販売する企業」ではなく、「移動手段や輸送手段をサービスとして提供する企業」に変わるのです。

既存の自動車メーカーは、これまでの「2年おきのモデルチェンジ」のような時代遅れの開発サイクルを続けていては、ソフトウェアのDNAを持つTeslaのような企業には対抗できません。自分たちは自動車の製造だけをし、顧客との接点はディーラーに任せるような体制では、刻々と変化する消費者のニーズに対応するサービスを提供することなど絶対に不可能なのです。

Elon MuskはTwitter経由でのユーザーからのフィードバックに耳を傾けており、新しい機能をリクエストされた数週間後にはそれをソフトウェア・アップデートを提供するなどの離れ業をやってのけますが、こんなことは、今のままの既存の自動車メーカーには、到底出来ることではありません。

このジレンマを乗り切るには、自動車メーカーは優秀で起業家精神に溢れるソフトウェア・エンジニアたちが働きたくなるような会社に変わらなければなりません。TeslaやUberのように顧客との直接的な接点を持たなければダメだし、ソフトウェアのアップデートも、そしてハードウェアのアップデートも、Teslaのようにもっと頻繁に、インクリメンタルにすべきなのです。

重要な顧客である、タクシー会社運送会社レンタカー会社との戦いを避けることが難しい事実も認識する必要があります。消費者に対して、移動手段や運搬手段をサービスとして提供する、ということは、彼らと対抗せざるを得ない、ということなのです。

そんな会社に生まれ変わるには、単にソフトウェアエンジニアを雇ってソフトウェアを書かせるだけでは不十分です。起業家精神に溢れるエンジニアたちを、新しいサービスビジネスの経営陣として向かい入れ、その事業の成功に直結したストックオプションなどの強いインセンティブを与え、彼らに新しいビジネスをゼロから立ち上げさせる必要があるのです。

下のグラフは、現時点での自動車メーカーの株価総額をドーナツグラフにしたものです。現時点では、ソフトウェアのことをちゃんと理解してビジネスをしているのはTeslaのみで、まだその比率は9%弱です。10年後には、このグラフは倍以上の大きさになり、その伸びは全てTeslaやUberのようなSoftware-drivenな企業が持っていくことになるのです。

自動車メーカーは、既存のビジネスをTeslaやUberによって破壊される前に、「TeslaやUberよりも一歩も二歩も先を行くビジネスを作り、自ら破壊する」ぐらいの気構えで戦わないと、携帯電話業界のMotorolaやNokiaのような存在になってしまうのです。

image by:Bandit Chanheng / Shutterstock.com

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マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。IT業界から日本の原発問題まで、感情論を排した冷静な筆致で綴られるメルマガは必読。

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