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米国が仮想敵ナンバーワンの中国を地経学的戦争で攻めきれぬ理由

先日掲載の「米中貿易戦争で世界のGDPは1.4%下がるが、日本はもっと下がる」の中で、「習近平氏が開いた終身国家主席への道が貿易戦争開始の一つの要因の可能性」という私見を記した、国際関係アナリストの北野幸伯さん。今回は自身の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』に読者から寄せられた質問に答える形で、アメリカにとって「終身国家主席問題」がどの程度重要なのかについて解説しています。

習「終身国家主席」と「米中貿易戦争」

読者のSさまから、質問が届いています。

北野様

 

Sと申します。毎回、興味深いテーマについて、超分かりやすい解説をありがとうございます。「米中貿易戦争、日本への影響は?」について、質問が2つあります。北野様のご見解をお聞かせいただければ幸甚です。

 

米中貿易戦争の一つの要因が、習近平の「終身国家主席」への道であるとの見立て、目からうろこでした。

 

トランプは貿易不均衡について、選挙期間中から言っていた(と思うのですが)ので、この貿易問題を終身国家主席問題へのカウンターとしてぶつけているとの認識が全くありませんでした。トランプは終身国家主席問題が無くても、いずれ貿易戦争を仕掛けていたと私は思います。

 

分からないのは、私の考えでは、本件がカウンターであっても、トランプにとっては貿易戦争が主で終身国家主席問題が従であり、単なる貿易戦争開戦の契機に終身国家主席問題を利用した、となりますが、北野様の見立ては、終身国家主席問題が主、貿易戦争が従と読めます。

 

ビジネスマンのトランプにとって終身国家主席問題がそんなに大ごとなのかな? と言うのが私の感想なのですが、トランプ(=米国?)にとって、終身国家主席問題が貿易戦争より大ごとだ、と考えられる部分を解説して頂きたいです。

お答えします。

「終身国家主席問題」は、アメリカにとってどの程度重要なのでしょうか?

少し、米中関係の歴史を振り返ってみましょう。米中関係は、1970年代~1991年末まで、基本的に「反ソビエト同盟」でした。ところが、二つの事件が起こり、米中関係は危機に突入します。二つの事件とは、

  1. 天安門事件(1989年)
  2. ソ連崩壊(1991年12月)

特にソ連崩壊は深刻でした。それまで、アメリカと中国には、ソ連という共通の敵がいた。ところがソ連が消え、「なんでアメリカは、中国みたいな一党独裁国家と仲よくしてるんだ??」と、疑問と反発が出てきた。

しかし、中国は、アメリカの反中ムードを転換させることに成功します。米中関係に新しい意義」を与えたのです。それは、「中国市場は、これから世界一儲かりますよ!」。そして、実際そのとおりでした。米中関係は90年代、「反ソ同盟」から「金儲け同盟」に転化しました。

しかし、たくさんの人が「中国は、人権がない共産党の一党独裁国家である!」と反発します。この反論に対し、「国際金融資本」を中心とする「金儲け同盟派」は、「イヤ、中国は、民主主義への移行期』にあるのです!」と解説してきた。「国民が豊かになれば、自然と民主主義の方にむかっていきますよ!」と。

そうやって、ソ連崩壊から26年の月日が流れた。中国は、GDPでも軍事費でも世界2位の超大国になった。しかし、まったく民主化する気配はない。それどころか、習近平は、「1期5年」「2期まで」という規制を撤廃した。「絶対独裁者の道」を全速力で走っている。

これは、どの程度「重大事件」なのでしょうか? 答えは、「各勢力によってそれぞれ」なのです。

たとえば、国防総省は、当たり前ですが、「中国は仮想敵ナンバーワンだ!」と考えています。彼らにとって、習近平が「終身国家主席」を目指していることは、明らかに「やばい兆候」といえるでしょう。逆に、財務省にとって中国は、「米国債のお得意」。それで、習近平が終身だろうがなかろうが、「関係ない」ということでしょう。国務省は、安保にも経済にも関わっている。それで、親中と反中の間を揺れています。

トランプさんは、どうなのでしょうか? Sさんが指摘されているように、ビジネスマンであるトランプさんは、「どこの国の大統領が、何年務めようが関係ない」ということでしょう。

しかし、中国は世界2位の大国です。その国のトップが、「死ぬまで国家主席します」という意向を示せば、当然「なんのために?」という疑問がでてくるでしょう。習は、「毛沢東愛」を隠すことなく、しかも「中国の夢を実現する!」と宣言している。当然、彼が「終身国家主席」を目指すのは、「自分が中国の夢を実現するため」となる。彼が目指すのは、「中国がアメリカを追い落として世界の覇権を握ることではないか?」。ビジネスマンのトランプさんでも、このくらいのことは考えるでしょう。

私たち民主主義国の人たちは、自然に思います。

独裁 = 危険である」

そして、歴史を見ると、「そのとおり」なのです。トランプは、どう動いたのでしょうか?

国家主席任期制限撤廃の後、起こったこと

まず、「国家主席任期制限撤廃」のニュースが出たのは、2月25日でした。

中国主席、任期撤廃案…習氏の長期政権に道

読売新聞 2/25(日)18:44配信

 

【北京=竹内誠一郎】中国国営新華社通信は25日、中国共産党中央委員会が、「2期10年」と憲法が定める国家主席と国家副主席の任期について、この規定を削除する憲法改正案を、3月5日開幕の全国人民代表大会(全人代=国会)に提案すると伝えた。

トランプは3月3日、この件でジョークをいいます

習氏の終身体制「素晴らしい」、トランプ米大統領が冗談半分で発言

3/4(日)17:53配信

 

【AFP=時事】ドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領は3日、中国の習近平(Xi Jinping)国家主席が自身の終身体制の道筋をつけつつあることを称賛するような発言をした。

トランプ大統領は「いまや彼(習氏)は終身国家主席だ」「彼はそれを可能にした。素晴らしいと思う」と述べると、支持者の間から笑いが漏れた。さらに同大統領が「われわれもいつか、(終身大統領制を)試してみたらいい」と述べると、より大きな笑いが起こった。

「いまや彼(習氏)は終身国家主席だ」
「彼はそれを可能にした。素晴らしいと思う」

そして3月11日、全人代は、「国家主席任期」を撤廃する憲法改定案を可決。3月13日、トランプは、ティラーソンさんを解任しました。ティラーソンさんは、エクソン・モービルの元CEO。「プーチンの親友」として知られていました。ビジネスマンらしく、「交渉」「対話」を重視する穏健派。強硬路線のトランプさんと、しばしば衝突していた。ロシアにも中国にもあまい大物が去った。そして、ポンぺオCIA長官が、国務長官に指名されました。この方は、ティラーソンさんと比べると、かなりの強硬派です。

3月22日、トランプは、マクマスター大統領補佐官安保担当を解任。後任に、「ネオコンの超大物ジョン・ボルトンを指名しました。同日、貿易戦争勃発。トランプはこの日、500億ドル(約5.3兆円)相当の中国製品に関税を課すことを、通商代表部に指示する文書に署名しました。また23日、鉄鋼、アルミ製品の関税が引き上げられた。以後、貿易戦争で大騒ぎになっています。

トランプは、習の「終身国家主席」は、「すばらしい!」といっている。しかし、一方で、対中強硬派を政権につけ、貿易戦争を大々的に開始した。もちろん、トランプが何を考えているか、正確にわかる人はいません。それでも「やっていることを見れば、『主席任期撤廃を期に反中に旋回している」とはいえます。

現代の戦争は、「地経学」

私たちは、「戦争」と「戦闘」を同じ意味で使います。しかし、現代の戦争は、「戦闘に限定されない」ことを知っておく必要があるでしょう。

アメリカ、中国、ロシアには、敵国を破壊しつくすだけの核兵器がある。そうなると、大国同士の大規模な戦闘は起こりにくくなります。戦闘は、たとえば米ロがシリアやウクライナでやっているように、「代理戦争」に限定される。

しかし、大国間の戦争は、「別の形」で行われます。それは、「経済戦争」、ルトワックさんにいわせれば「地経学的戦争」。米ロは、クリミア併合以降、こういう形の戦争に突入しました。ロシアは、かなりダメージを受け、追いつめられています。

米中戦争は、はじまったばかりという感じです。トランプが「開戦」を決めた大きな要因の一つが、「国家主席任期の撤廃」だったのかもしれません(繰り返しますが、トランプの心の中を知ることは、誰にもできません)。

中国は、アメリカを懐柔しつづけてきた

ところが、これで、「米中貿易戦争は激化しつづけ、最後までいく」とは断言できないのです。

いまやアメリカで「最強ロビー集団」になっている中国は、ものすごい影響力をもっている。既述のように、アメリカは90年代初め、反中になった。しかし、中国は、「クリントン・クーデター」を起こし、たった1年でアメリカを親中に戻すことに成功しました。

トランプもそうです。この方は2016年12月、台湾の蔡総統と電話会談し、中国に大きな衝撃を与えました。しかし、2017年4月、はじめて習と会談したトランプは、「私は、彼のことが大好きだ!」と語り、すっかり懐柔されてしまった

中国は、70年代から現在まで、常に「アメリカを懐柔すること」に成功してきました。それで、今回の「米中貿易戦争」も、「中途半端で終わる可能性が高いと思うのです。

ここまでを、まとめてみましょう。

となります。「なんだかすっきりしないな」と思われるでしょう。すっきりしないのは、トランプやアメリカに「迷い」があるからそうなるのです。「迷いの原因は中国の工作です。

 

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【著者】 北野幸伯 【発行周期】 不定期

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