先輩や上司からアドバイスをされたとき、「参考にします」と返事したこと、ありませんか。実はこの表現は失礼にあたると、メルマガ『伝授!潜在意識浄化法』の著者斎藤翔さんが、メルマガの中で読者に「この表現、どこが失礼にあたると思いますか?」と質問され、翌週までに読者から寄せられた回答をピックアップしながら解説しています。
どうして「参考にする」が失礼にあたるのか?
前回、「なぜ「参考にする」が失礼にあたるのか、説明してください。」という課題を出しました。「物事がうまくいく成功体質の人は、言葉の使い方に長けている」というレッスンの中のごく一例に過ぎなかったのですが、多数の回答が届きました。
今まで、これほど多くの回答が寄せられたことがあったろうか、と驚いたほどです。
そこで今日は、届いた回答の中から、「理由」をわかりやすく説明してくれている例や、それこそみなさんの「参考」になりそうな例を特に取り上げて、一緒にトレーニングをしてみましょう。
●「受け入れるかどうかはわかりません」と伝わる
つい先ほど、たいへんシンプルに表現してくれている回答が届いたので、まずご紹介します。
「参考にする」は、色々な意見があるなかでその意見を取り入れるかどうかは自分で判断することになるから、でしょうか?アドバイスをもらってもそれを受け入れるかどうかはわかりませんと言っているということなのかなと思いました。
まさにそういうことでしょうね。
「アドバイスを受け入れて実行するかどうかは自己責任。だから自分で判断する」のは当たり前で、「だから参考の何が悪いの?」と反発する人もいるかもしれませんが、相手や立場や状況によって不適切になる、ということです。
「参考」という言葉が常に悪い、ということではありません。「受講者からたくさんの例が届いたので、みんなで参考にさせていただきましょう」とここでご紹介したら、すんなり受け取れるでしょう。
目上の人に相談や質問をしておいて、答えをもらったときに「参考にします」という状況がマズイ。まさしく「受け入れるかどうかはわかりません」という態度だからです。
では、どう言い換えたらいいのか。
一例としては「助かりました」「勉強になります」「さっそく今から始めます」「また行き詰まったときには相談させてください」といった、前向きに動いていて、相手に感謝している気持ちを伝えるのが良い答えとなるでしょう。
ほかにもどんな答え方があるか、考えてみてください。
●セカンドオピニオンとも関連がある、ドライ感
さらにいくつか抜粋していきます。
あくまで自分の感覚を優先する、そんな感じを受けます。
自分が聞いたときに表現から受ける感覚に基づいて答えてくれました。シンプルながら、スッキリわかりやすい答えです。「自分本位」ということですね。
「参考にする」が失礼なのは、いただいたアドバイスや指導のとおりに実践しようとするのではなく、「自己判断で取捨選択しよう」とする姿勢の現れだから、と思いました。
「自己判断で」「取捨選択」は、日常生活では当たり前なのに、それを堂々と宣言したのではストレスを与える状況がある、ということでしょう。
セカンドオピニオンが日本でなかなか定着しないのは、ここに原因があるのでしょうね。どんな治療を受けるかを決めるのが「自己責任で取捨選択」なのは、根本的にはパソコンを選ぶのと変わらないはずですが、だからこそなのか、セカンドオピニオンを希望すると不機嫌になる医師が少なくないそうです。
「インフォームド・コンセント」(十分に情報を与えられた上での合意)の概念を重視するなら、他の医師や病院からも情報を得ようとするセカンドオピニオンは、ごく当たり前の姿勢です。
本来は、病院や医師の側から「セカンドオピニオンを受けますか」と尋ねなければおかしい。希望されたらセカンドオピニオンを受ける際に必要な紹介状を作成する、そういう制度にしていかないといけない。ここでの「紹介状を書いてください」は「レシートください」と同じ感覚で受けたり言ったりするものでしょう。だから「紹介状を書いてほしいんです」「なぜですか」というやり取りは、非常におかしい。
デパートで買い物をしたときに「領収書をください」と求めて、「えっ、なぜですか」と問われたら変ですよね。デパートも病院も、「利用」するものです。この感覚はどんなに強く持っても強すぎることはないでしょう。
とはいえ、かつては病気やケガや薬剤についての知識量に差があるから無批判に受け取るしかなかったのだから、今はセカンドどころか、サード、フォース、フィフスと100人くらいの医師の判断を「参考」にして、妥当と思われる診断を「正しそう」と判定したらいい。そういう仕組みが作れたら、世界中の人々が救われるでしょうね。統計やITやAIの専門家がきっと実現していくことでしょう。
医師の診断に関しては、ファーストオピニオンだろうとセカンドオピニオンだろうと、「参考にする」が正しい。失礼も何もありません。参考にしながら、「利用」するかどうかを検討すればいい。
しかし、この「利用」とは区別されるのが、「指導を受ける」場面です。師匠に請うて弟子入りするような場面なら、最もわかりやすい。
ピアノの弾き方について指導を受けたら、そのとおりにできるように努力するのが妥当です。がんばってもなかなか上手にできないのは仕方ないとしても、「そもそもやるつもりがない」としたら、「次回から来なくてよろしい」と破門宣言、指導終了宣言をされてもおかしくはない。
「いや、別のピアニストは違う意見だったんで」「ネットに別の意見もありましたけど」などと言って、アドバイスに従わなかったら、「だったらそちらのピアニストに習いにお行きなさい」と放り出されるでしょう。
サービスの「利用」とは違って「教え」ですから、そのまま受け取らなければ行先がおかしなことになります。
上司や恩師からアドバイスを受けた場合は、「サービスの利用」ではなく「教え」として受け取るのが妥当でしょう。もちろん、相手のほうから「私の話なんか参考程度に聞いてくれればいいからね」と言われたとしても、ですよ。
●「あなたが正しいかどうか、私が決めます」とわざわざ言うな
次のコメントは、ご自身が「参考にします」と発言したときのことを思い出しながら書いてくれました。
多分、それを言った時は、自分の考えを結局変えていませんでした。自分の知りたい事とちょっと違うな、なんて思って相手のお話もきちんと理解しようとしていなかった気がします。もったいない上に、相手にも失礼な感じを与えてしまう。そして、なんとなく、他の人にもまた聞いてみます、という意味も含まれていそうな言葉です。
相手からの情報をシャットアウトするような。たくさんの中の1つだというような。
「自分の知りたいこととちょっと違う」と感じた瞬間に、聞く耳を閉ざしやすいですね。かといって、真っ向からぶつかるのも面倒なので、「ありがとうございます。参考にさせていただきます」と、無難な言い回しとして使ってしまう。「そのアドバイスは要りません」と言っているようなものだから、失礼です。
次は3つ続けて抜粋します。ほぼ同じコメントになっていますね。
アドバイスをくれた人の考えよりも自分の考えが優位で、アドバイスを受け入れるか受け入れないかはあくまで自分が決める、という姿勢に捉えられるから。
そのとおりですね。「参考にさせていただく」と敬語表現を使っているくせに、意識では相手を持ち上げていない。
参考とは、一つの意見として聞くということなので、アドバイスをしてくれた方にいう言葉ではないからです。それが上司や先輩では、なおさら言えない言葉だと思います。
結果的に自分で選ぶわけだから、アドバイスどおりにしない状況もあり得るわけですが、受け取るときに「アドバイスをありがとうございます。まあ、従うかどうかはまだわかりませんけれどね」と告げる必要はないし、受け取る姿勢として不適切でしょう。
あくまで自分の感覚がベースにあり、場合によってはアドバイスを取り入れてもいいというような、相手を自分より下に見ていると取られかねない印象があります。
「相手を下に見ている」という伝わり方をするリスクは、非常に大きい。この表現のキモともいえます。
本人にどんな意図があろうと、「あなたのアドバイスが妥当かどうかは、私が判断します」「あなたが正しいかどうか、私が決めます」という宣言として伝わる可能性があります。
以上、見てきたように、「参考にさせていただきます」という表現は慎重に使いましょう。
受け取る側として適切な、あるいは安全な言い回しには、どんなものがあるでしょうか。
「助かりました」
「勉強になります」
「さっそく今から始めます」
「また行き詰まったときには相談させてください」
ほかにもどんな答え方があるか、考えてみてください。
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