近年、世界的に医療の医療関連の技術の進歩はめざましく、大昔に比べて多くの命が救われるようになりましたが、まだ「最低限必要な医療」を受けられない人々が数多く存在しているのも事実です。さらに問題なのは、医療に関わるドクターの「質」。この質が著しく低下している事実を突き止めた調査方法は、あの「ミステリーショッパー」方式でした。メルマガ『ドクター徳田安春の最新健康医学』の著者で現役医師の徳田安春先生は、世界銀行がおこなったこの調査方法によって、世界中の医師たちが「手抜き」をしていたという驚きの実態を紹介しています。
ミステリーショッパー方式によるプライマリケアの質評価
様々なデータを見てみると、現代は人類が最も健康を達成しているといえます。西暦2000年以来、子供が5歳未満でなくなる割合は約半分も減りました。この同じ期間で、人類の平均寿命は約5歳も伸びており、現在では71歳となっています。世界で子供が予防接種を受けることができる割合も過去最高となりました。世界3大感染症のマラリア、結核、そしてHIV感染症による死亡者数も減少傾向となっています。
しかし、医学の進歩による可能性と、実際に行われている医療ではまだまだギャップがあります。WHO(世界保健機関)が最低限必要な医療と呼ぶサービスにアクセスできない人々が地球上にまだ約半数もいるのです。そして、人々の健康を確保するためには、ユニバーサルヘルスケア(必要最低限の医療にアクセスできるようにするシステム)を確立することが非常に重要であることがわかってきました。
ユニバーサルヘルスケアは、国民を全てカバーすることが前提ですが、最近では、そのクオリティーが課題であることがわかりました。正式に認定された医師看護師以外の、個人従事者などの人々が多くの国々で医療活動をしています。実はバングラデシュの70%、ナイジェリアの40%、ケニアの30%の医療は、医療従事者として正式に認定されていない人々によって行われているのです。
ユニバーサルヘルスケアは質の時代へ
世界的には、プライマリーケアに従事するドクターの質も課題です。最近、世界銀行が興味深い研究結果を発表しました。ミステリーショッパーによる覆面調査を利用したスタイルの調査研究です。ここで言う「ミステリーショッパー」とは、一般の客に紛れて対象となる店を訪問し、店側に気づかれないように注意しながらサービスや接客態度などについて調査を行う覆面調査員のことです。もともと、依頼主は店を運営する企業で、顧客目線での評価を知り、業務改善に役立てることを目的として行っていました。
世界銀行は、ミステリーショッパーを医療現場でのサービスを評価するのに用いたのです。ミステリーショッパーの役割として模擬患者が参加。この模擬患者とは、もともと医学生の教育のために患者役のプロとして仕事している人々で、医療サービスを評価するミステリーショッパーとしては理想的だったのです。基本的な重要疾患についての典型的な症状を訴えたときに、どのような問診、診察時間、検査、そして治療を行うかどうかを評価するものです。
この模擬患者によるミステリーショッパー調査によって、様々な国でのプライマリーケアの質の評価ができるようになりました。しかし、その結果はかなり厳しいものでした。中国では平均診療時間が約1分半。同じように、インドでは約3分間でした。多くの場合、問診で聞かれる質問は「何が悪いのですか」の一言のみ。そして最大の問題は、診断の正確度が低いことでした。インドでは約30%で、中国では約26%と散々です。パラグアイやセネガル、そしてタンザニアで行われた調査でもほぼ同様の結果でした。
ミステリーショッパー調査で分かった質
インドでは毎年50万人もの子供たちが下痢で死亡しています。しかし、インドのデリー市で行われた模擬患者によるミステリーショッパー調査研究では、医師を含んだ医療従事者のうち、約20%しか適切な問診を行っていなかったというのです。適切とされる問診項目は「子供たちの下痢便に血液や粘液が混ざっていましたか?」などの基本的なものでしたが、多くの医療従事者はこのような問診さえもやっていなかったのです。医師も含めた医療従事者への基本的トレーニングがもっと必要であるといえます。
各国のプライマリケアの質に対して、世界銀行が行ったミステリーショッパー調査研究では、さらに驚くべきことが判明しました。それは、医師や医療従事者たちが必要な検査や治療があることがわかっていても、しばしばそれらを実行していないということです。
インドでの調査では、約70%の医師たちが、狭心症や喘息、下痢に対する検査や治療について正しく答えることができたのにもかかわらず、これらの病気の典型的な症状を訴えてきたミステリー「患者」たちに対しては、約30%の場合でのみ適切に検査や治療が行われていたのです。
この知識と行動との大きなギャップの大きな理由は、医療従事者の責任感の欠如だろうとされています。ほとんどの患者は適切な検査や治療についての知識がないために、検査や治療をやらなくてもよいだろう、と医療従事者が手を抜いているケースが多いとされています。
一方で、ユニバーサルヘルスケアを達成している日本の外来診療では、基本的に出来高払い制なので、インドの外来診療とはちょうど逆のインセンティブがかかるので、不必要な検査や治療を過剰に行っているケースが多いと思います。過剰な医療も患者にとっては有害となりえます。世界共通の課題として、患者の健康アウトカムに対する医療従事者の責任感を向上させる政策が必要でしょう。
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