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なぜ人を守る「ダム」が命を奪ったか。西日本豪雨に見る3つの課題

想定を遥かに上回る雨量で、200人を超える犠牲者を出してしまった「平成30年7月豪雨」。愛媛県西予市などではダムの放流により肱川が氾濫し、9人の方の命が奪われる事態となりました。作家の冷泉彰彦さんは自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で、ダムを巡る3つの問題点を上げ、「ダム政策の総見直し」を提言しています。

豪雨災害を教訓に、ダム政策の総見直しを

西日本豪雨の災害は、発生から10日を経ても依然として事態の全容は解明されていません。そんな中で、多くの水害において「ダムあるいは砂防ダムの問題が絡んでいることが徐々に明らかになってきています。

この「ダム」の問題ですが、大きく分けて3つの問題があると思います。

1つ目は、ダムが満水になった場合の放流についてです。その典型的な例としては、7月7日に愛媛県の西予市などに深刻な被害をもたらした肱川ひじかわ)」の氾濫です。この氾濫は、肱川の上流にある「野村ダム」と「鹿野川ダム」が満水になる危険が生じたために、国交省四国地方整備局として「2つのダムでは入ってきた水の量と同じ量を放流する」良いう異例の措置を取ったために発生しました。

問題は、その放水量が安全基準の6倍という猛烈なものだったということです。国交省の四国地方整備局は災害の4日後に当たる7月11日に会見を行って、この操作は適切なものだったとしています。ですが、問題は、その放流を行ったことで、広範囲にわたって洪水が発生、逃げ遅れたり土砂崩れに巻き込まれるなど9人の犠牲者を出したということです。

愛媛新聞(電子版)によれば、11日の時点で四国地方整備局の担当者は「下流域の被害は予想されていたが、想定外の雨量で、ダムの容量がいっぱいになり、放流はやむをえなかった。住民への情報の周知は適切だったと思う」としていました。

具体的には、3台の車両や流域に設置されているスピーカーなどをつかって、住民に注意を促していたということです。ただ、NHKなどの報道によれば、スピーカーの声は異常な降雨のために聞こえなかったそうですし、具体的な避難命令は出ていなかったようです。

この点について、産経新聞(電子版)によれば、国交省の長尾純二河川調査官は「できることはやったが、情報を受けた住民側に行動に移してもらえなかった。住民の意識を高める取り組みを続けていく必要がある」と述べたそうです。同じコメントはNHKのニュース映像でも確認できましたから、事実だと思いますが、これでは住民の意識が低かったのが問題だと言わんばかりで、認識として適切とは思えません

こうした事態を受けて、7月16日には石井啓一国交大臣(衆院、比例関東ブロック、公明党)が被災地を視察後、氾濫した肱川にあるダムの放流の操作について、「第三者委員会」を設け、住民への周知方法の検証やダム操作方法の技術的考察などを行うと表明しています。

とにかく、今後も日本列島はこうした水害と戦っていかなくてはならないわけです。その中で、ダムの放流による死亡事故というのは人災として、人間の側の工夫で何とかなる問題なのですから、特に時間の迫る中で避難を徹底する方法について、今回の教訓を是非生かしていただきたいと思うのです。

2つ目は、では「ダムというのは危険か?」というと、これは絶対に違うということです。ダムの最大貯水量が100で、通常の貯水量が60、つまり40の余裕がある場合にその上流に降った雨が40であれば、下流の災害は完全に食い止めることができます。これは極めて大事なことで、河川の水量を調節する本格的なダムもそうですし、簡易型のダムでも、あるいは砂防ダムでも同じことです。想定内の降雨であれば、災害をほぼ完全に防止できるのです。

問題は、余裕が40の貯水量のダムの上流に50が降った場合です。その場合は、少なくとも10は急いで放流しなくてはなりません。なぜかというと、ダムを水が超えて行くことになると、最悪の場合ダムが決壊するからです。万が一決壊するようだと、一気に100の水が下流に殺到して壊滅的な被害を出してしまいます。

では、今回のように満水になって余裕が0のダムの上流に100が降ったという場合です。これは放置しておけば、ダムが決壊して200の水が下流に押し寄せる、つまり流域全体には瞬時に破壊的な被害をもたらすわけです。ですから、急いで100の放流をして行ったわけです。

そのようなメカニズムを含めて、ダムの「使い方」というものを国交省だけでなく、地方自治体から地域住民までが十分に理解を共有しておくことは必要と思います。

長尾調査官の発言は、言い方としてはムチャクチャとしか言いようがありませんが、言っている内容自体は間違っていません。そして、恐らく、ダムの管理事務所の現場では、決壊か危険な放流かギリギリの判断がされていたのだと思います。そのような「ダムの意味必要性ということはシッカリと共有した上で、住民に対して「意識が低い」などというバカにした言い方は止めて、お互いにコミュニケーション体制の改善に努めるべきと思います。

とにかく、大事なのは、この肱川の悲劇を政治問題しないことです。少なくとも、このような大水害を経験した以上は「コンクリートから人へ」とか「脱ダム」などという無責任な単純化はできないと思います。

では、一部の昔の自民党の政治家がそうであったように、建設利権に絡んでダムを作ってしまえばいいのかというと、それも違います。ダムは、必要な場合は必要ですが、作っただけではダメで、適切な使い方を専門家も地域も一緒になって理解していかねばならないということです。

3番目は、今回の西日本豪雨のために、多くの河川ダムや砂防ダムに異常な量の土砂が入っているということです。土砂が入って、それでもダムが決壊していないのであれば、所定の性能を発揮して、下流の被害を食い止めたということは言えます。

ですが、今回の被災で土砂が満タン近く入っているとなると、次の降雨時には新たな土石流を受け止める容量はないということになります。というよりも、降水量を受け止めるキャパも減っていて、大変に危険な状態と言えます。

所轄官庁である国交省などは、既に試算を始めていると思いますが、河川ダムも、砂防ダムも、今回の被災で「決壊しなかった」場合でも、溜まった土石を除去する浚渫しゅんせつの作業は、絶対に必要です。

先ほどのように簡単な数字を使って説明しますと、容量が100のダムに、50の土石が入っていると、キャパシティは半分になっているからです。そして、決壊したダムについては、正に危険箇所であるわけですから、再建しなくてはなりません。

現在は、被災地での生活の復興が最優先ですが、こうしたダムの再建や浚渫にかかる費用について、国としてしっかり検討することは必要になって来ると思います。

image by: Wikimedia Commons

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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