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総裁選の一断面。安倍首相「農産物輸出データ」水増し疑惑の真偽

9月20日に投開票が予定されている自民党総裁選挙。3選に向けこれまでの自身の業績アピールに余念のない安倍首相ですが、その中に「攻めの農政で農林水産物輸出が倍近くに」というものがあります。確かに数字だけを見るとそのように受け取れるのですが、これについて「都合のよい事実や数字の断片だけ掻き集めて人々をたぶらかす安倍首相の常套手段」とするのは、ジャーナリストの高野孟さん。高野さんは自身のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で農水省発表の統計を詳細に分析し、官邸の「印象操作の巧妙さ」を指摘しています。

※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2018年9月10日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール高野孟たかのはじめ
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

安倍首相流「農産物輸出」にも粉飾・水増し疑惑──自民党総裁選の一断面を覗く

自民党総裁選の焦点の1つは全810票の半分を占める地方票の行方で、安倍晋三首相としてはその6割以上を獲得できなければ事実上の敗北」で、3選を果たしたとしても直ちに党運営に支障を来し、来年参院選に向けて「安倍首相では戦えない」という下からの圧力に晒され続けることになると言われている。

それだけに安倍首相は、地方尊重=農業重視の姿勢を盛んに強調し、8月26日に鹿児島で桜島を背に芝居がかった出馬表明を演じた際にも、「攻めの農政を展開した結果、農林水産物の輸出額は、毎年最高を記録し、2012年に4,500億円だった輸出額が8,100億円倍近くになっている」と演説した。これは彼の決まり文句で、アベノミクスの成果を示す実例としてもしばしば持ち出され、そうするとマスコミが海外での「和食」ブームや「ジャパン・クール」宣伝などとイメージ的に重ね合わせて「輸出額1兆円達成も近い」など、さも明るいニュースであるかに囃し立てることになっている。

そもそも彼が農業重視を口にするなどおこがましい限りで、竹中平蔵系列の規制緩和論者の妄言を鵜呑みにして農協叩きに血道をあげてきた張本人が安倍首相ではないか。しかもこの「攻めの農政の結果」として「農林水産物輸出が倍近く」になったという話は、都合のよい事実や数字の断片だけ掻き集めて人々をたぶらかす安倍首相(というより今井尚哉=首相秘書官)の常套手段である。元々の数字に当たって自分で吟味しないとコロリ騙されてしまうのでご注意を。

農水省輸出統計

輸出の品目を見ると……

まず第1に、これはあくまで「農林水産物輸出」である。

図表1 農林水産物・食品の輸出に関する統計情報 (農水省)より

2017年の統計を見ると、総額は8,071億円で、そのうち農産物は4,966億円=61.5%、林産物は355億円=4.4%、水産物は2,749億円=34.1%で、これだけを見ても農林水産物輸出の倍増が「攻めの農政の結果」だと言うのは短絡的というか、巧妙な言葉の繋ぎによる印象操作であることが分かる。

第2に、そこで輸出の中身を見るために、農林水の3分野にまたがって金額の大きい順に品目を拾うと、次のようになる(図表2、単位=億円)。

図表2-農林水産物輸出の金額順上位15品目

  1.  アルコール飲料  545.0
  2.  ホタテ貝     462.5
  3.  穀物等      367.5
  4.  真珠       323.3
  5.  ソース混合調味料 295.9
  6.  野菜・果実類   251.0
  7.  清涼飲料水    245.0
  8.  さば       218.8
  9.  なまこ(調整品) 207.4
  10.  牛肉       191.6
  11.  菓子(米菓以外) 182.2
  12.  ぶり       153.8
  13.  播種用の種    151.7
  14.  緑茶       143.6
  15.  かつお・まぐろ  142.6

このうち、01、03、05、06、07、10、11、13、14が農畜産物になる。【1.アルコール飲料】は、日本酒=186.8億円がトップで、ウィスキー=136.4、ビール=128.7がそれに続く。原料に米や麦を使うので農産物に分類されるのだろうが、米はともかく麦はほぼ全量輸入だろうから日本の農家の収入とは無関係の単なる工業製品である。

5.ソース混合調味料】は、ソース、たれ、マヨネーズ、ドレッシング、カレールー等の調味料のことをこのように括っている。これもその下の【7,清涼飲料水】【11.菓子】などと同様に工業製品だろう。

11.菓子】はチョコレート菓子=87.9億円、キャンデー類=68.2、チューインガム7.9 などで、ほとんど国内農産品とは無関係である。

さらにこの表にはないが、この統計には全くの工業製品であることがはっきりしている「メントール」も含まれている(金額は37.7億円)。9月5日付「日本農業新聞」によると、かつてはメントールは国内農産物のハッカから抽出される天然成分として製造され、盛んに輸出されたこともあったが、今はほとんど絶滅して、専ら工業的に合成された化学品しか出回っていない。が、統計上は単なる惰性で今なお農産物にカウントされているという。これは一種の水増しである。

他方、水産物は【2.ホタテ貝】【4.真珠】【8.さば】【9.なまこ】【12.ぶり】【15.かつお・まぐろ】だが、真珠が水産物だというのは、言われてみれば「そうか、養殖だからな」とは思うけれども、食とは無関係のものがこれほど上位に入っていることに違和感がある。ちなみに、ホタテ貝となまこはそれなしには中華料理が成り立たない重要な食材で、香港を中心として中国、台湾、東南アジアに広がった大中華圏がお得意様である。

そうしてみると、これら上位品目の中で農家に関わりがあるものは驚くほど少なくて、【6.野菜・果実等】(主力はりんごの台湾向け輸出)のほかは【14.緑茶】くらいなのである。

原料が輸入では話にならない

第3に、いくら輸出を誇っても、その原料を輸入に頼っているのでは話にならない。図表2の上位陣の中では、すでに述べたように、ビールをはじめ麦を使う酒はほとんど輸入原料に頼っているし、【3.穀物等】は小麦粉=72.3億円、即席麺=58.4、うどん・そうめん・そば=42.2などだが、ほとんどすべての原料が輸入である。

5.ソース混合調味料】【11.菓子】も同様。さらに、【13.播種用の種】は、今では国内種苗会社が広大な隔離圃場を確保して採種することが難しいため、9割以上を海外で採種して日本に持ち込み、加工・包装して輸出しているだけの、言わば加工貿易にすぎない。

この表以外でも、国内農産品と言える品目を見つけるのが難しい。味噌と醤油がそれぞれ71.5億円、33.3億円も輸出されているのを見れば、「おお、日本食の素晴らしさが世界に理解されつつあるのだな」と思いがちだけれども、前出「日本農業新聞」によれば、原料のほとんどは輸入された大豆や小麦。「国内製造する味噌に使われる大豆の9割は輸入品。輸出する味噌でも割合はほとんど同じ」と、全国味噌工業協同組合連合会も認めている。また醤油製造に使われる大豆は年間18万トン(16年)で、このうち国産はわずか6,000トン=3%(しょうゆ情報センター)。

ごま油=58.7億円も、ほとんどがナイジェリア、パラグアイなどからの輸入原料に頼っていて、自給率は0.1 %しかないので、やはり加工貿易で、日本農業の強化とは無関係である。

従って、農林水産物の輸出が増えることが農家の収入をアップし日本農業の体質を強化するというのは、物事の半分しか見ないようにしてデッチ上げられた虚構にすぎない。野党とマスコミがこういう嘘を1つ1つ潰してこなかったから、安倍首相がいつまでも大きな顔をすることになるのである。

image by: 自由民主党 - Home | Facebook

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