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NECの次はホンダ。なぜ日本で告発記事が出回るようになったのか

先日の記事「国内市場の8割近いシェアを持っていたNECのPCが駄目になった理由」では、はてな匿名ダイアリーに投稿された「NECで何が起きているのか」というエントリーを取り上げ同社のPC事業が斜陽状態に陥った理由について考察した、世界的エンジニアの中島聡さん。今回中島さんは自身のメルマガ『週刊 Life is beautiful』で、はてなブログに掲載されたホンダに関する匿名の内部告発記事の一部を引きながら、日本のもの作りが抱える深刻な問題をあぶり出すとともに、国内自動車メーカーが「茹でガエル」になってしまう危険性を指摘しています。

※ 本記事は有料メルマガ『週刊 Life is beautiful』2018年9月25日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール中島聡なかじまさとし
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

日本のもの作り

先週、はてなブログに「新卒で入社したホンダを3年で退職しました」という記事が投稿され、エンジニア界隈で注目を集めました。先週のメルマガで紹介した「NECで何が起きているのか」や、去年紹介した「ソニー株式会社を退職しました」と通じる部分もある、匿名の内部告発ブログです。

その後、自動車評論家の国沢光宏氏が、ご自身のブログで「SNSで拡散しているブログ『ホンダは全く技術開発をしていない』はホントか?」という記事で、ホンダを擁護する記事を書いているので、こちらも同時に読むことをお勧めします。

なぜこのような内部告発記事が出るようになって来たかに関しては、よく考える必要があると思います。一つの企業で一生働くメリットが減って来たため、若いうちから転職する人が増えて来たのは事実です。また、これまで、私が、ブログやメルマガで指摘していた、日本の大企業の「茹でガエル状態」が次第に具現化し、若い人たちの間の危機感が高まって来たのもあると思います。

このブログ記事で最も注目すべき部分は、

研究所に配属されてから管理職から「本田宗一郎の理念は最早、亡霊でしかない。夢や自由という言葉は広告用に使ってるだけ。勘違いを起こすなよ」と、強く言われました。

 

ある方からは「ホンダは技術開発をおこなわない、技術はサプライヤーから買ってくれば良い。もし技術が必要になったら人ごと買ってくれば良い」とも言われました。

 

「じゃあ、ホンダは何をするんですか?」と聞いたら「ホンダは機能の上流工程をやる」と伝えられました。

という部分です。

全く同じようなことが日本のIT業界でも起こっていることは、このメルマガでも何度も指摘してきましたが、このブログを読む限り、自動車産業でも同じようなことが起こっているように思えます。

問題は、なぜこんなことが業界をまたいで起こっておりそのどこに問題があるか、です。

この手のことが起こっている、一番の理由は、やはり日本の雇用規制にあると私は思います。大企業は簡単に正社員を解雇できないため、使い回しの効かないスペシャリストを社内に正社員として抱えることを嫌うのです。

その結果、エンジニアと言えども、会社は使い回しが効くゼネラリスト・管理職として育成したがるため、本当の意味でのエンジニアリングソフトウェア業界で言えばプログラミングの仕事は下請けに任せ、正社員には上流の仕事(仕様書の作成、下請け管理)をすることになるのです。

もちろん、理由はそれだけではありません。国沢光宏氏が指摘するように、得意でないものはパートナー企業に任せてしまった方が良いのは事実だし、その企業が複数の企業に同じ技術を提供することにより、規模の経済が働いて、コストダウンにつながるという面もあります。

実際、製造業で最も成功しているAppleも、多くの部品を外部のパートナーに依存しています。カメラ、ディスプレイ、タッチセンサー、アンテナ、重力センサー、通信モジュール、バイブレーター、などなどです。

では、この手の技術を外部のパートナーから調達し、自分たちは「上流工程」だけに徹するやり方にどんな問題があるのでしょうか?

その答えは、「どこで勝負するのか」にあります。

Appleは、多くの部品をパートナー企業から調達しているものの、OSとCPUただしARMコアは除くだけは自分で作ることにこだわっています。GPUも少し前までは、外部から調達していましたが、A11からは独自のGPUに切り替えました。つまり、Appleの経営陣は、iPhoneのパフォーマンスに直接関わりがあるOSとCPU/GPUこそが差別化要因になると考えて自前で作ることにこだわり、カメラやディスプレイに関しては、外から調達した方が、安くて良いものが手に入ると考えているのです。

ホンダを辞めたエンジニアのブログに欠けているのは、ホンダがどこで勝負する会社だと現経営陣が考えておりそれが果たして正しいのかという議論です。

少し前までは、自動車メーカーにとってはエンジンこそが命であり、そこが一番の差別化要因になっていたことは事実です。しかし、制御システムや操作パネルが電子化される中で、その手の技術開発に必要なエンジニアを社内に育てずに、外部のベンダーに頼りすぎてしまった可能性は十分にあると思います。

当初は、小さな電子部品に過ぎなかったものが、次第に重要性を増し、Tesla車に至っては「走るコンピュータ」と言って良いほどに育ってしまうとは、20年前の自動車メーカーで働く人たちには想像も出来なかったのだと思います。

そして2018年の今、EV化、自動運転、コネクティビティ、シェアリング・エコノミーという大きな変化に見舞われている中で、そこで勝負するためのキーとなるソフトウェア・エンジニアを内部に育てて来なかったことが、自動車メーカーにとって大きな足かせになっているのだと私は思います。

ホンダに限らず、自動車メーカーにとっての一番のライバルは、今や他の自動車メー=カーではなく、Tesla、Uber、Waymo(そしておそらくApple)などの新規参入組なのです。

業界の中には、「自動車メーカーは、UberやWaymoに自動車を提供すれば良い」と考える人も多いようですが、それは、最も「上流」に位置する顧客との関係を失い、自分たちがコモディティ化された単なる一ベンダーに成り下がることを意味しており、そこには利益率の低い価格競争しか残されていないことは、歴史が何度も証明しています。

そんな議論も含めた上で、自動運転というこれから最も重要な差別化要因となる技術を外部のベンダーに頼ってしまって良いのか、という話を自動車メーカーの経営陣はすべきなのです。そして、それが出来ないのであれば、どうやって差別化するのか、そして、Uberに代表される、最も上位レイヤーであるMobility Serviceビジネスに自動車メーカー自身がどう関わり、そんな時代のブランド戦略はどうあるべきかを真剣に考えないと、本当の意味での茹でガエルになってしまうと思います。

image by: TY Lim / Shutterstock.com

※ 本記事は有料メルマガ『週刊 Life is beautiful』2018年9月25日号の一部抜粋です。初月無料の定期購読のほか、1ヶ月単位でバックナンバーをご購入いただけます(1ヶ月分:税込864円)

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