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在NY18年で身に沁みた、日本人社長の「自分はナニ人?」感覚

日本を離れてニューヨークで暮らし始めて丸18年になり「ある種のコンプレックスを抱くようになってきた」と語るのは、米国の邦字紙「WEEKLY Biz」CEOでメルマガ『NEW YORK 摩天楼便り-マンハッタンの最前線から-by 高橋克明』の著者である高橋克明さん。こういった変化は、アメリカ国内で日本人同士が出会ったときに聞く「どちらから?」という問いに対する答えにも現れるようです。 

在米日本人のコンプレックス

アメリカ暮らしが長くなると、ある種のコンプレックスが生まれてきます。僕はまだ在米18年ですが、30年、40年、50年選手の諸先輩方も周囲には少なくありません。アメリカ生まれでない限り、彼らはみんなどこかで、言葉にはできない、負い目ではありませんが、劣等感と言いませんが、何かを心に抱えている人も少なくありません。長く海外で暮らした日本人、独特のものです。

もう、常識的にも、社会的にも、日本には帰れない。だからと言って、どこまでいっても、アメリカ人にはなれない。日本人でも、アメリカ人でもなく、「自分は一体ナニ人なんだろうって時々思うんだよねー」。そう言うのは、在米39年の知り合いの不動産屋の社長さんです。「なにか、帰る場所っていうのが、どこにもないんじゃないかって錯覚に陥る時もあるんだよね…」と彼は続けました。

27歳まで日本で暮らし、まだ在米18年の僕は、仕事がら日本の文化に触れることも多々あり、お客さんも90%日本人で、英語も苦手で、日本出張も多いので、いいことなのかどうかわかりませんが、自分が確実に日本人だと実感はできます。30年、40年選手の、彼らの中には「日本には怖くて住めないね」と自虐的に笑う人も少なくありません。

それに対し、渡米して1~2年の我が社の新入社員は、日々、ニューヨークが楽しそう。世界一エキサイティングな街で起こる、日常の何気ないことまで、あるいは、そこで今、生活している自分自身に対しても、心からエンジョイしているように見えます。中には「昨日、アメリカ人から差別されました」と、自身が受けた人種差別案件すら、日本にいる知り合いの同世代では経験できないことだと、嬉しそうに報告してくる社員までいます。5年後には、その笑顔は確実に消えていることだけは容易に想像できます。ちゃんとムカつくことができる。

確かに、渡米当初、僕もそうだった気がします。

在米歴で変わる「どちらから?」への答え

こんなことがありました。渡米して3年目か4年目だったと思います。ニュージャージーは、アトランティックシティーというカジノ街に遊びに行ったときのこと。ホテルのロビーにあるカジノ換金所で、ひとりの70代くらいの太ったおばさんが、ニコニコこちらを見てきます。おそらくは日本人。なんとなく目で挨拶をすると、人懐っこい笑顔で「日本人?」と話しかけてきました。

はい、と答えると、おばちゃん、いきなり「そおなのぉー♪」と満面の笑顔でハグをしてきました。「日本の人と話すの久しぶりなの!」と少し興奮気味で。で、「どちらから?」と聞かれたので、僕は「マンハッタンです」と答えました。どちらですか、と聞くと、「アタシは札幌なの」と答えられました。

聞くと、在米もう50年を超えていらっしゃるとか。日本には20年前に一度帰ったっきり。今はニュージャージーでドイツ人のご主人と暮らし、日本の友人も近所にはいないのだとか。50年住んでいるおばちゃんは「どこからですか」という質問に、20年以上帰ってない「札幌」と答えました。まだ渡米して3年しか経ってない僕は、意気揚々と「マンハッタン!」と答えました。

当時は、渡米したばかりで、世界の中心と言われるニューヨークのその真ん中のマンハッタンに暮らしている!と答えたい自分がまだいたのかもしれません。

50年以上、ニューヨーク、ニュージャージーエリアに住むおばちゃんは、おそらく、この国で外国人として、当時の僕が想像できないあらゆることを経験してきた。そんな人生を通過して、自身のアイデンティが、日本であり、そして、故郷の札幌だと(意識的か、無意識的なのかはわからないけれど)強く思うところがあった。人間、質問の問いには自分がいちばん答えたい答えを用意する

そう。この街に長くいればいるほど、自身が日本人であるということを良くも悪くも、強く意識することになります。僕も今なら、同じ質問に、確実に「瀬戸内海です」と答える気がします。(結局、ミシュラン三つ星レストランより、ほか弁のチキン南蛮弁当の方が美味いと思うし)

つい出てきてしまう自分の中のアメリカ

僕は「THE 日本人」だと、自身では思っています。

前述したように、在米18年と言っても、アメリカ社会に深く入っているわけではないし、仕事がら話す人間は9割方日本人だし、テレビも日本語チャンネル、食も日本食、妻も埼玉出身の純日本人です。英語も得意ではないし、仕事がら日本語の文章を書くし、エイミーシュマーのスタンドアップコメディより、渡辺直美のものまねダンスの方が笑えるし。

なので、僕はたまの日本出張に行っても「アメリカかぶれ」、もしくは「アメリカナイズされた嫌な奴」には、絶対ならないと自信はありました。空気を読まない性格は、もともと日本にいた頃からなので、KYはアメリカ在住という経歴とは関係がない。それでも、18年という歳月は短くはなく、知らず知らずのうちに、自身の中の「アメリカ」がたまに出てきてしまうこともあるようです。

親しい人にもハグはしちゃダメですよ、コンビニに「こんにちは~」って言いながら入っちゃダメですよ、映画館で前の座席に足かけちゃダメですよ、電車内で大声でしゃべっちゃダメですよetc.…このあたりは、出張前に必ず社員より注意されます。かなり気をつける。

それでも、どうしても「言葉」だけは、無限にあるので、注意する対象としてはキリがありません。これはそのつど気をつけるしかない。会話の途中で、英単語を入れないようにする。こればっかりは、どんなに気をつけても、無意識下なので、気をつけようがない。18年という歳月は、日本人との日本語の会話の中で、英単語を混える人を「ルー大柴か」とむしろイジル側だった僕自身に、どうしても、英単語を混じらせてしまう

それは、その英単語が、すでに、日本で市民権を得ているかどうかを知らないからです。特に、僕の故郷である瀬戸内海の田舎では、かなり敏感にみんな反応します。先日の里帰り時。中学時代の先輩、同級生、後輩が、僕の帰省に合わせて、飲み会を開いてくれました。すでに会場の居酒屋にいる先輩から電話がかかってきます。

「おめえ、足ねえけど、どうやってくるん?(おまえ車じゃないけど、どうやって来るの?)」その問いに対し、「まさしにピックアップしてもらうから、大丈夫だよ」と答えた時のことでした。「はぁ?わりゃあ、なにいいよんなら!(君、何を言ってるんですか?)」電話の向こうの先輩はなぜか怒っています。「だから、まさしにピックアップしてもらうから、大丈夫だよ。先輩、待っててよ。わざわざ迎えにこなくていいよ」と説明すると、「いま、なんよったんなら!?お!?ぴっくあっっぷって、なんじゃこら!」

あー、そこか、と思いました。どうやら僕の生まれ故郷には、まだピックアップという言葉が浸透してきていない。「拾ってもらうってことだよ」と説明します。「おいおい!眉毛剃って、喧嘩ばーしょった奴が、なにを今になって、えいご、言いよんんなら、なにがぴっっくあっぷじゃ!お!?」コーフンする先輩に、ひととおり説明して、なだめ、「いや、だから、大丈夫だって、まさしはそのまま帰るから、店の前でドロップしてもらうし」「ど、…?どろっぷって、飴のことじゃろが!」……ふりだしです。

遅れてお店に到着すると、すでに集まっていた昔の仲間から、拍手で「おー、帰ってきたで、ミスターぴっっくあっぷが!」と爆笑しながら、迎えられました。なので、なるべく、頭の中で、英単語を入れないよう、入れないよう、喋るのですが、そうかと思えば、逆に、僕の渡米している間に、市民権を新たに得た英単語も存在するので、余計、混乱してしまいます。

東京でのこと。一緒にイベントを企画するプランナーに、英単語が入らないように慎重に説明します。「同業からの苦情は出ないですか、なんていうか、その、規約上の違反行為とまでいかずとも、業界間の…暗黙のルールというか、その、なんというか、取り決めとまでいかずとも、その……」必死で日本語だけで説明する僕に、ひとこと、「あ。コンプライアンスのことですか??」

ええ!それはオッケーなの!!!?「コンプライアンス」はもう使っていいの?

もちろん僕の渡米前はまだ市民権を得ていない言葉でした。つまり、渡米後に普通に日本で使われるようになった英単語まではいちいち把握できない。そうかと思えば「ピックアップ」はまだダメだったり。(うちの田舎だけか・笑)

そういえば、「バイアス」も日本のビジネスマンと話すとよく聞く単語です。「バイアスがかかる」とか、彼らは頻繁に使います。意味は、なんとなくしか、僕はわかりません。

中途半端な立ち位置だからこそ伝えられること

実を言うと、ニューヨークに憧れて、つい先月、こっちに来られた駐妻の方が、僕たちより、よっぽどこの街に敏感かもしれません。彼女たちのように、僕たちがいまさら、エンパイアーステートビルの展望台に登ることは、まず、ない。グルメ雑誌をチェックして、トライベッカのおしゃれレストランに行くことも、仕事以外ではありません。

そうやって、どんどん、ニューヨークに対する憧れも消え、だからといって、東京に馴染むこともどんどん困難になっていく。結果、冒頭の「自分がナニ人かわからなくなるんだよねえ」と言った不動産屋のようになっていく…。

その怖さは、若干ですが、自分の中にある。中途半端なアイデンティティは、海外に住む世界中の移民の共通認識です。

でも、こうも思うのです。ニューヨークの本当の凄さを、バカさを、日本に伝えられるのは、僕たちなんじゃないか、と。今さらウエストビレッヂのスタイリッシュなカフェに足を運ぶのはおっくうでも。今となっては、東京の満員電車で静かに耐えることができなくなっても。

日本人の感性のまま、観光ではなく、この街の本物の深さを体感し、文字で、口頭で、日本にいる日本の人に伝えることができる。そこは、観光として来た人や、短期滞在の留学生ではなかなか難しい。

いまだに、よく聞かれる「ニューヨークと日本、どっちが好きですか」という質問に「どっちも好きだし、どっちも嫌いです」と答える自分がいます。本音です。そして、その答えは、長く滞在すればするほど、強く思うようになりました。

僕は日本人です。でも日本の人からすると、空気の読めない変な奴、です。でも、だからこそ、ニューヨーカーたちと理解しあえるところもある。今の、伝えていくことができる仕事に就けたのは、幸運だと思っています。

image by: shutterstock.com

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全米発刊邦字紙「NEWYORK BIZ」CEO 兼発行人。同時にプロインタビュアーとしてハリウッドスターをはじめ1000人のインタビュー記事を世に出す。メルマガでは毎週エキサイティングなNY生活やインタビューのウラ話などほかでは記事にできないイシューを届けてくれる。初の著書『武器は走りながら拾え!』が2019年11月11日に発売。

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【著者】 高橋克明 【月額】 初月無料!月額586円(税込) 【発行周期】 毎週水曜日

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