11月15日、プーチン大統領は北方領土2島返還後の主権所在について疑問を提示し、「日ソ平和条約交渉の日露解釈の齟齬」を明らかにしました。これを受け国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんは自身の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』で、北方領土や尖閣諸島など領土問題は、背後の日米同盟や米中覇権争い無視の戦略を立てることはできない、という現状を詳しく解説しています。
【2島先行返還】に横たわる二つの大問題
前々号「70年続く北方領土問題を2島だけ返還で終結させたいロシアの本音」と前号「重要なのは対中戦略。北方領土『2島先行返還』が大正解な理由」では、安倍総理が「日ソ共同宣言をベースに平和条約交渉を進めていくことにした」という話をしました。つまり、「平和条約締結後、2島は返還される」。
前々号は、私がモスクワに28年住んだ経験から、「4島返還は非常に困難だ」と感じていること。前号では、「平和条約を締結し、日ロ関係が改善されることの戦略的意義」について解説しました。今回は、「2島先行返還」を実現する困難についてです。
なんと日ロ(当時ソ連)が批准した日ソ共同宣言に基づく2島返還ですら、一筋縄ではいかないのですね。なぜ???
プーチンは、なぜ乗り気でないのか?
安倍総理の提案を聞いたプーチンは、こんなことをいいました。NHK NEWS WEB 11月15日。
「日ソ共同宣言には平和条約の締結のあとに2つの島を引き渡すと書かれているが、引き渡す根拠やどちらの主権のもとに島が残るのかは書かれていない。これは本格的な検討を必要とする」と述べ、宣言に基づいて引き渡すとされている歯舞群島と色丹島の主権がどうなるかなどをめぐって引き続き日本側との交渉が必要だという考えを示しました。
プーチンがいうに「引き渡した2島の『主権』が日本になるのかロシアになるのか、書かれていない」。私は、ため息がでました。
「なんじゃそりゃ…」
「引き渡すなら、主権は日本に決まってるだろう!」
少し落ち着いた後、親日ロシア人に、聞いてみました。
「なんであんなアホなこというんだろうね?だから、日本人に嫌われる」
すると、親日ロシア人はいいました。
「日本人に嫌われるのはそのとおりだろうけど、簡単に妥協したら、ロシア国民の支持を失う。そっちの方が、彼は困るだろう」
なるほど。そういえば、プーチンの支持率は下がっているのですね。彼の支持率は、2014年3月のクリミア併合後、90%に迫る勢いでした。現在はどうなのでしょうか?世論調査機関によって違いますが、10月末から11月初めの時点で、
- FOM:48%
- VITSIOM:37%
となっています。人気が下がっている最大の理由は、年金改革です。年金受給開始年齢を、
- 男性:60歳から65歳に
- 女性 :55歳から60歳に
引き上げる。これ日本人からみたら、「普通じゃん」と思いますが、ロシア人男性の平均寿命は、67歳。つまり、ロシア人男性が年金を受け取れる平均年数は、たったの2年!それで、ロシア人は、激怒しているのです。
プーチンは、もはやかつてのような「絶対神」ではない。それで、「世論の動向」をとても気にするようになっている。2島返還について、国民やエリート層がどんな反応を示すのか見極めたいところでしょう。2島返還で、彼の支持率がさらに大幅に下がるという見通しであれば、強硬になるかもしれません。
米軍基地問題
ロシアは最近、「北方領土を返還すれば、そこに米軍がくるのではないか?」というロジックを、「返還はムリ」の根拠に使っています。ロシアの懸念も理解できますね。この件で安倍総理は、こんなことをいいました。
<日露首脳会談>北方領土を非軍事化 安倍首相が提案
毎日新聞 11/17(土)2:00配信
北方領土問題を巡る日露交渉で、安倍晋三首相が北方領土を非軍事化することをロシアのプーチン大統領に提案していたことが判明した。1956年の日ソ共同宣言に沿って歯舞(はぼまい)、色丹(しこたん)両島が返還された場合、日米安全保障条約に基づく米軍基地や自衛隊の基地を置かないと伝えることで、ロシア側の懸念を払拭(ふっしょく)する狙いがある。
歯舞、色丹には、米軍基地を置かないそうです。これって、ちゃんとアメリカに根回ししているのでしょうか?非常に心配です。なぜ?要は、戻ってきた歯舞、色丹は、「日米安保の適用外」にするということでしょう?すると、どういう危険性がでてくるか?怒ったアメリカは、「よろしい。では、尖閣も日米安保の適用外とさせてもらおう!」となる可能性がある。そうなると、日米同盟、はっきりいって崩壊です。
なぜ?現在日本のリアルな脅威は、二つしかない。一つは、北朝鮮です。これは、米朝合意で落ち着いている。もう一つは、尖閣問題です。中国は、「尖閣は、わが国固有の領土で核心的利益である!」と宣言している。つまり、日本が「日米安保」を必要としている「実際的理由」は、「尖閣有事の際、アメリカからのサポートが必要だから」でしょう?もしアメリカが、「歯舞、色丹」の件で激怒して、「尖閣も安保適用外」と宣言したら、日米安保の意味がなくなる。結果、中国は、喜んで尖閣を奪うことでしょう。
こんな情報がありました。
対ロ交渉、米に理解要請へ
共同 11/17(土)18:42配信
日本とロシアの平和条約締結交渉を加速させるとした安倍晋三首相とプーチン大統領の合意を受け、日本政府は米トランプ政権の理解を取り付ける作業を本格化させた。ロシア側が返還後の北方領土での米軍展開を懸念しているのを踏まえ、北方四島の「非軍事化」を米ロ双方へ示す案が浮上している。月末にも開催される日米首脳会談でどこまで踏み込んだ説明をするか、事前の政府間折衝で見極める構えだ。日本政府筋は歯舞群島、色丹島が返還された場合でも米軍は駐留しないと判断している。
「米トランプ政権の理解を取り付ける作業を本格化させた」だそうです。これって、「提案する前に、相談すべきじゃないか?」と思うのは、私だけでしょうか?「これは日ロ2国間の問題だ。だから日本が自分で決めていいのだ!」という考えはあるでしょう。しかし、それならアメリカだって、「尖閣は、適用外にしよう!だって、それは日中2国間の問題だからね!」といえるようになる。
せっかくロシアと和解しても、それで日米関係が破壊されたら意味がありません。総理は功をあせることなく、慎重に慎重に進んでいただきたいと思います。
アメリカを納得させるには、「戦略的説明」が必要
日本側がアメリカ説得する方法はなんでしょうか?これは、「戦略的説明」になります。すなわち、「日ロ関係改善は、アメリカが中国との覇権争いに勝つために必要なのだ」と。
日米ロで、中国を封じ込める。これは、リアリスト神ミアシャイマーさんも、世界最高の戦略家ルトワックさんもいっている。だから、総理とも会っているルトワックさんに、アメリカ側に説明してもらってはいかがでしょうか?いずれにしても、
- 平和条約締結
- 2島返還
- 米軍を歯舞、色丹に置かないこと
- 日ロ関係改善
は、「アメリカの国益なのだ」「アメリカが中国に勝って、覇権を維持するためなのだ」という路線で、理解を得る必要があるでしょう。そして、このロジックは、事実なのです。
image by: 首相官邸