先日掲載の「限りなくクーデターに近い告発。日産ゴーン会長の不可解な逮捕劇」で、「日仏政府が連携してゴーン体制を終わらせようとしている」という大胆な仮説を提示した、米国在住の作家・冷泉彰彦さん。今回も自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』でその見方を維持するとした上で、日産サイドがゴーン容疑者の追求に失敗する可能性、そして仮に失敗した場合に日産や日本政府が立たされる危機的状況について考察しています。
ゴーン事件、8つのクエスチョン
先週のものすごい報道ボリュームと比較すると、ゴーン事件に関する報道はやや沈静化しているようです。私としては、「日本政府のフランスへの対抗」だとか「日産の民族資本化への悲願」というようなストーリーはファンタジーであり、あくまで「日仏両政府合意の上でのゴーン外し」という見方を捨てていません。ですが、それはそれとしても今後のことを考えると、事件の行く末というのは、単純ではないと思います。
1.まず、有価証券報告書への虚偽記載というのが容疑ですが、そもそも会社内部の「規程・規則」では、このような実務的な業務の権限は、代表取締役にあるとは限りません。総務部長か、せいぜいが総務担当役員の権限のはずです。それこそ、ロッキード事件における全日空の機種選定が総理大臣の職務権限なのかという問題と同じように、ゴーン、ケリー両名だけが逮捕されているという状況で、公判維持できるのかという問題があります。
2.では、百歩譲って、担当役員はゴーンに脅かされたり、あるいはゴーンの強い権力で止むを得ず「虚偽記載」したというストーリーが成立したとしましょう。その上で、担当役員は、司法取引をして自分は「有罪と認める」代わりに罪の軽減を得るということになるとしましょう。その場合の司法取引というのは刑事事件に関するものです。一方で、取締役には「善管注意義務」というのがあります。これは刑法のものではなく、商法つまり民事です。要するに「真面目に正しく業務を遂行する」ことの責任を株主に対して負っているわけです。これは民事ですし、相手が株主ですから「司法取引」の対象にはなりません。
3.有価証券取引書というのは、決算の結果としてその要約を株主に対して開示する、合わせて取締役に関する状況を株主に報告する趣旨のものです。ですから、会社が一方的に出せるものではなく、監査法人(会計事務所)が審査してゴーサインを出さないと出せません。仮に、社内はゴーンが怖くて「虚偽記載」したとしても、監査法人は外部の第三者ですから、彼らまで「ゴーンの日産に取引を切られるのが怖い」から改ざんを見逃したとしたら、どうでしょう?彼らは司法当局に「有罪」を自白して司法取引にしてもらうことはできません。なぜなら、その責任も民事だからです。
4.ゴーンは日産の代表をクビになり、また三菱自の会長もクビになりました。それぞれの会社の取締役会が全会一致で決めたというのですが、ゴーン欠席のまま決めるということが本当に通るのでしょうか?犯罪の容疑で逮捕されている人物は、取締役会に出席できないし、逮捕された人間を抜きにして決議をしても構わないなどということは商法には規定されていないはずです。まして、取締役会に「出席させない」ために逮捕したというような反論をされた場合に、本当に持ちこたえることができるのでしょうか?
5.今回の事件は、ゴーン氏への報酬支払いが「過大」だということではなく、あくまで「公表すべきものを公表しなかった」という点が問題視されています。ということは、ワイドショーのTVがいくら非難しても、「ゴーン氏が日産から報酬を得るという契約」は成立しているはずです。それを「世間が批判しているから」という理由でキャンセルはできないと考えるのが、契約社会では自然です。
6.妻に対して顧問契約をして勤務実態がないのに、報酬を払っていたというのですが、日本の場合は働かない相談役などに報酬を出す例はいくらでもあります。中小のオーナー経営の場合では、それこそ妻に給与を払って法人税を節税するような事例は多いわけです。そうした事例と比較して、居直られる危険は十分にあります。
7.社宅問題も同じです。企業が福利厚生ということで、住宅そのものを提供する事例は、昔ほどではないにしても、日本では普通にあり、税制上も優遇措置があるはずです。そこを突かれたら、感情論では勝てません。
8.日産もルノーも上場企業です。株価下落による損失に関しては、もしも不合理な理由があれば、特に北米では少数株主による訴訟の対象になります。仮に、1.から7.までのストーリーがどんどん崩れて行って、ゴーン追及が失敗した場合、株価下落の責任を問う訴訟が提起される危険性は十分にあります。まさかとは思いますが、北米を舞台に、日産と日本政府が訴えられる可能性もあります。
ということで、この事件、まだまだ予断を許さないように思います。いずれにしても、日産もルノーも、そして三菱自動車も株式を上場したままであり、その株主に対する説明の責任は全うされているとは言えません。
改めて、日産、ルノー、三菱自、日本の司法当局、日本の経産省当局、フランスの経済財政当局、そしてゴーンとケリーの側、その全てが迅速で誠実な情報公開を行うことを望みます。
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