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安倍首相最大の外交成果「インド太平洋構想」の甚だしい時代錯誤

先日のG20首脳会議の場で初めて行われた日米印の首脳会談でもその重要性が確認された、インド太平洋構想。総理に近い専門家によれば、「安倍首相の最大の外交的成果」とのことなのですが、これを識者はどう見るのでしょうか。ジャーナリストの高野孟さんは自身のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で、「時代錯誤も甚だしい前世紀の遺物」とバッサリ切り捨てた上でその理由を記しています。

※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2018年12月3日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール高野孟たかのはじめ
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

「戦略」を「構想」に置き換えても中国包囲網の本質は不変──安倍首相の「インド太平洋」安全保障ダイヤモンド

アルゼンチンで開催されたG20首脳会議の舞台を利用した“廊下鳶外交”の一環として、安倍晋三首相は米トランプ大統領、インドのモディ首相との初の日米印3カ国首脳会談を実現し、その場で「自由民主主義法の支配などの基本的価値観を共有する3国が協力して開かれたインド太平洋を作り上げていく」ことの重要性を強調した。

安倍首相に近い外交・安保専門家によると、この「インド太平洋」というコンセプトを生み出し、それを米国が学んで自国の安保戦略に取り入れ、そしていまインドやオーストラリアも受け入れつつあることこそ、安倍首相の最大の外交的成果だそうである。しかしそれにしてはこれを持ち出す安倍首相の姿勢は鮮やかではなく、以前は「インド太平洋戦略」と呼んでいたものを、この秋からは「インド太平洋構想」と呼ぶようにした。「戦略」というと軍事的なとげとげしいニュアンスになるので、それを和らげて中国を刺激しないようにするには構想のほうがいいということになったというのである。

これはいかにも安倍首相流の“言葉遊び”で、北方領土外交に当たって「2島+α」と言って2島だけでなく他の島もいずれ返って来そうな幻想を与えて国民を欺こうとしているのと同じ。口先だけで言い繕ってその場を切り抜けようという詐欺師の手法である。

構想と呼び変えようとどうしようと、「インド太平洋」戦略とは米国を盟主と仰ぎ日本が副官となって反共諸国を糾合し中国に軍事的に立ち向かおうという冷戦型の中国包囲網」の提唱以外の何物でもなく、時代錯誤も甚だしい前世紀の遺物である。

安倍首相の詐欺に引っかからないために、そもそも彼が最初にこれを言い出した原点にまで遡って、きちんと読み直す必要がある。

安倍首相は2012年12月27日に、国際的な情報・論説ウェブサイト「プロジェクト・シンジケート」上に「アジアの民主主義国の安全保障ダイヤモンド」と題した英文の論文を寄稿した。英文ウェブサイトにのみ載って、なぜか和文が発表されることがなかったため、多くの人はしばらくの間、この存在に気がつかなかったのだが、ややもしてIWJの岩上安見などが発見して騒ぎ立て、ようやく知らるようになった。

●【岩上安身のニュースのトリセツ】
「対中国脅威論」の荒唐無稽――AIIBにより国際的孤立を深める日本~安倍総理による論文「セキュリティ・ダイヤモンド構想」全文翻訳掲載 2015.7.4

それでよく見てみると、その12月27日という日付は第2次安倍内閣が発足した翌日であり、つまりこれは安倍首相が再び政権を担うについての外交政策の基調演説である。それを、なぜ、余り目立たない英文サイトでのみ発表して日本国民に向かって正々堂々と披露しなかったのかは謎だが、ともかくも全文を読んで頂きたい。

安倍首相のダイヤモンド論文の全文

アジアの民主主義国による安全保障の四角形

 

2007年の夏、日本の首相としてインド国会のセントラルホールで演説した際、私は「2つの海の交わり」──1655年にムガル帝国の皇子ダーラー・シコーが著わした本の題名から引用したフレーズ──について話し、居並ぶ議員の賛同と拍手喝采を得た。あれから5年を経て、私は自分の発言が正しかったことをますます強く確信するようになった。

 

太平洋における平和、安定、航海の自由は、インド洋における平和、安定、航海の自由と切り離すことは出来ない。互いの発展はこれまで以上に結びついている。アジアにおける最も古い海洋民主国家たる日本は、両地域の共通利益を維持する上でより大きな役割を果たすべきである。

 

にもかかわらず、ますます、南シナ海は「北京の湖」となっていくかのように見える。アナリストたちが、オホーツク海がソ連の内海となったと同じく南シナ海も中国の内海となるだろうと言うように。南シナ海は、核弾頭搭載ミサイルを発射可能な中国海軍の原子力潜水艦を配備するに十分な深さがあり、間もなく中国海軍の新型空母が日常的に見かけられるようになるだろう。中国の隣国を恐れさせるに十分である。

 

これこそ中国政府が東シナ海の尖閣諸島周辺で毎日繰り返す演習に、日本が屈してはならない理由である。確かにこれまで日本の接続水域および領海に進入してきたのは、軽武装の中国巡視船であり、中国海軍の艦艇ではない。だが、このような“穏やかな”接触に騙されるべきではない。これらの船のプレゼンスを日常的に示すことで、中国は尖閣周辺の海に対する領有権を既成事実化しようとしているのだ。

 

もし日本が屈すれば、南シナ海はさらに要塞化されるであろう。日本や韓国のような貿易国家にとって必要不可欠な航行の自由は深刻な妨害を受けるであろう。両シナ海の大半は国際海域であるにもかかわらず日米両国の海軍力がこの全域に入ることは難しくなるだろう。

 

このような事態が生じることを懸念し、太平洋とインド洋をまたぐ航行の自由の守護者として、日印両政府が共により大きな責任を負う必要を、私はインドで述べたのであった。私は中国の海軍力と領域拡大が2007年以降も同様のペースで進むであろうと予測できなかったことも告白しなければならない。

東シナ海および南シナ海で継続中の紛争は、国家の戦略的地平を拡大することを以て日本外交の最優先課題としなければならないことを意味する。日本は成熟した海洋民主国家であり、その親密なパートナーの国々もこの事実を反映すべきである。私が描く戦略は、オーストラリア、インド、日本、米国ハワイ州によって、インド洋地域から西太平洋に広がる海洋権益を保護するひし形(ダイヤモンド)を形成することにある。私はこのセキュリティーダイヤモンド(ひし形安全保障)に、出来る限り最大の力を注ぐつもりだ。

 

対抗勢力の民主党は、私が2007年に敷いた方針を継続した点で評価に値する。つまり、彼らはオーストラリアやインドとの絆を強化しようと努力してきた。

 

その2国のうち、(世界貿易量の40%が通過する)マラッカ海峡の西端にアンダマン・ニコバル諸島を擁し、東アジアでも多くの人口を抱えるインドは、より重点を置くに値する。日本はインドとの定期的な2国間軍事対話に従事しており、アメリカを含めた公式な三者協議にも着手した。製造業に必要不可欠なレアアースの供給を中国が外交的な武器として使うことを選んで以後、インド政府は日本との間にレアアース供給の合意を結ぶ上で精通した手腕を示した。

 

私はアジアの安全保障を強化するため、イギリスやフランスにもまた舞台にカムバックするよう招待したい。海洋上の民主主義のためには、日本の世界における役割は、英仏の新たなプレゼンスとともにあるほうがより賢明である。英国は今でもマレーシア、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランドとの5カ国防衛協定に価値を見いだしている。私は日本をこのグループに参加させ、毎年そのメンバーと会談し、小規模な軍事演習にも加わらせたい。一方、タヒチのフランス太平洋海軍は極めて少ない予算で動いているが、いずれ重要性を大いに増してくるであろう。

 

とはいえ、日本にとって米国との同盟再構築以上に重要なことはない。米国のアジア太平洋地域における戦略的再編期にあっても、日本が米国を必要とするのと同じぐらいに、米国もまた日本を必要としているのである。2011年に発生した日本の地震、津波、原子力災害後、ただちに行なわれた米軍の類例を見ないほど大規模な平時の人道支援作戦は、60年かけて培われた日米同盟が本物であることの力強い証拠である。

 

私は、個人的には、日本の最大の隣国たる中国との関係が多くの日本国民の幸福にとって必要不可欠だと認めている。しかし、日中関係を向上させるために、日本はまず太平洋のもう一方の側との絆をしっかりと固めなければならない。なぜなら最終的には、日本外交は民主主義、法の支配、人権尊重に根ざしていなければならないからである。これらの普遍的な価値は戦後の日本外交を導いてきた。2013年以降、アジア太平洋地域における将来の繁栄もまた、それらの価値の上にあるべきだと私は確信している。

さて、どう読み解けばいいか?

第1に、これは徹頭徹尾、中国主敵の軍事的包囲網形成の呼びかけである。この呼び名を「戦略」から「構想」に置き換えれば中国は少し安心するかもしれないなどと考えること自体が小賢しいとしか言いようがない。

南シナ海が「北京の海」になりつつあるという表現は、米国のネオコンや反共・反中国人が好きな言い回しで、もしかすると安倍首相はその連中に媚びようとしてこれを書いたのかもしれない。

第2に、南シナ海が「核弾頭搭載ミサイルを発射可能な中国海軍の原子力潜水艦を配備するに十分な深さ」があり、特に増強著しい米本土を攻撃可能な戦略ミサイル原潜がそこを主要な活動フィールドにしつつあって、それに対して米国が常にナーバスになっているのは事実である。が、それは必ずしも隣国への脅威ではないし、ましてや東シナ海における脅威とは直接には関係がない

第3に、その東シナ海の尖閣周辺に「軽武装の中国巡視船」が出没しているのは事実だが、それらが「尖閣諸島周辺で演習を毎日繰り返すという事実は12年当時も今もない。海上保安庁のホームページを見れば分かるとおり、中国巡視船の尖閣周辺領海・接続水域への侵入はほぼルーティーン化されていて、領海に関して言えば最近は月に1~2回、1回につき3~4隻、領海内に止まる時間は2時間程度と決まっている。

第4に、従って、尖閣で「日本が屈すれば南シナ海はさらに要塞化される」というような因果関係は必ずしも成り立たない。アジテーションにすぎない

第5に、要塞化というのは中国が南シナ海・東シナ海を完全にブロックして日韓の貨物船も米日の軍艦も立ち入れなくなるという意味だろうが、そんなことをすれば戦争になるのは必然で、戦争になれば中国のシーレーンも閉ざされてしまう

結局、以上のようなおどろおどろしい危機シナリオは、まともな軍事戦略家ではなく戦争漫画の原作者か何かが面白おかしくするためにふくらまして描いた与太話程度のもので、それを前提にして安倍首相は、「国家の戦略的地平を拡大することを以て日本外交の最優先課題としなければならない」と決意するのである。

しかし日本単独で中国に立ち向かうつもりはなくて、あくまで「米国との同盟再構築」を背に、「民主主義、法の支配、人権尊重……などの普遍的価値」を同じくするオーストラリアやインドと手を組んでダイヤモンド(菱形4角形)を形成し、さらにイギリス、フランスにもインド太平洋での軍事的プレゼンスを再強化するよう呼びかけるというのである。

いまの米国にこんな普遍的価値なんてあるんですかね。民主主義がまともに作動していればトランプのような知的欠陥者がどうして大統領になれるのか。日本の民主主義や法の支配だって怪しいし、人権に関して言えばどこも中国を非難できる資格などないのではないか。

それでも「普遍的価値」の側がそれにまつろわない者を軍事的に封殺するというのだろうが、その相手は間もなく世界最大のGDPを持つ史上最大の経済大国であり、それを排除した国際社会のあり方をどうイメージすればいいのか、安倍論文では全くヒントさえ湧いてこない。

こんな粗暴極まりない考え方を外交政策の基礎に置いて、それでも現実には中国との関係改善は図らなければならず、それなら中国主敵論をきっぱりと撤回してそのことを国民にも世界にも説明すればいいのに、それをする勇気もない。そこで「戦略」と「構想」に変えるという姑息な手段で誤魔化そうとしているのが安倍首相である。

image by: 首相官邸

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