日本に対して「定年制や賃金制度を見直すべき」としたOECDの提言が大きな話題となっています。少子高齢化で働き手不足が叫ばれる我が国にとってこの提言は至極まっとうのように思われますが、健康社会学者の河合薫さんはどのように受け取ったのでしょうか。メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』に自身の見解を記しています。
※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2018年12月26日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。
定年制・賃金制度 見直しをせよ!
OECD(経済協力開発機構)が日本の「高齢者雇用」に関してまとめた提言の波紋がひろがっています。
第一報は共同通信が20日に配信したのですが、それをNHKが24日にニュース番組内で報道。OECDのラモス事務総長首席補佐官の記者会見の様子と合わせて報じたことでいっきに拡散し、SNSでは賛否両論、さまざまな意見が飛び交いました。
NHKが報じた内容は以下のとおりです(内容を抜粋)。
政府が社会保障改革の一環として高齢者の継続雇用年齢の引き上げを検討する中、OECDは、日本の高齢者雇用の現状や改善すべき点について提言をまとめました。
提言では「日本は高齢者の就業率が最も高い国の一つだが、いったん定年で仕事を辞めたあと、不安定で賃金の低い非正規雇用として再雇用されるケースが多い」とし、継続雇用年齢を70歳に引き上げても同じ課題が残ると指摘。
カナダなどのように定年制度をなくすことの検討や、業績や能力給を取り入れるなど賃金制度の見直しを進めると同時に、高齢者が働き続けるには長時間労働の是正も欠かせないとした。
この報道だけを見るとSNSでも散見された「ジョブ型の欧米と比べられてもなぁ」という疑念が出るのもわからないでもありません。
しかしながら、実際の提言書である「Working Better with Age: Japan」の内容をよく読むと、極めて貴重な提言であることがわかります。
そこで2018年最後の「裏返しメガネ」では、この提言書の内容を紹介しつつ私の見解を書こうと思います。
まず最初に「Working Better with Age: Japan」には、「高齢者」に関することだけではなく、「25~54歳の女性の就労率の低さ」「非正規雇用と正規雇用の賃金格差」「非正規雇用と正規雇用の訓練機会格差」「定年後の非正規雇用率の高さ」にも言及しています。
提言の根幹にあるのは「超高齢化と労働力人口の減少」です。
日本の従属人口指数はOECD加盟国中最も高く、2020年には成人人口の10人に8人が40代以上、10人に6人が50代以上、2050年には10人に8人が65歳以上になると予測されています。
「従属人口指数」とは、働き手である生産年齢人口(15歳から64歳)100人が、働き手でない年少者(0歳から14歳)と高齢者(65歳以上)を何人支えているかを示す比率のことです。「騎馬戦型から肩車型へ」などのたとえも、従属人口指数に基づいています。
超高齢化にまっしぐらの日本では、現役世代の負担増が懸念されているわけですが、日本の高齢者の労働力率は世界的にも極めて高いのです。ところがその多くは非正規雇用で賃金が低く、高齢者のスキルや知恵が生かされていないと報告書では指摘。
さらに、働き盛りの女性(25~54歳)の労働力率は78%弱で、OECD諸国の水準を下回っています。出産や育児で辞めてしまう日本の“M字カーブ”は世界的にも珍しい現象ですが、報告書が問題視したのは、復職後の「働き方」です。
子供を持つ女性の大多数は非正規雇用、とりわけシングルマザーではパートタイムが際立って多くなっています。
拙著『残念な職場』でも指摘しましたが、日本の「働く人の質」は世界トップレベル(OECDの「国際成人力調査:PIAAC)」より)。しかしながら、女性の多くの大卒労働者が、大卒から想定されるよりも低いレべルの能力でできる仕事に従事していることがわかっています。
それだけではありません。職種を「スキルド・ワーカー(管理職、専門職、技術者・準専門職」「セミスキルド・ホワイトカラー(事務職、サービス及び販売従事者)」「セミスキルド・ブルーカラー(農業、林業及び漁業従事者、技能工及び関連職務の従事者、定置装置及び機械の運転作業者・組立工)」「単純作業の従事者」の4カテゴリーに分け比較すると、ほとんどのOECD諸国では順に習熟度が下がっているのですが、日本では各々の差が極めて小さいことがわかりました。
カテゴリー間の差が小さい場合、教育訓練の効果が高くなることが期待できます。労働者一人当たりの生産性を高めるには、教育に投資すればいいのです。
ところが残念なことに、世界33カ国・地域の労働者に調査したところ、勤務先企業が費用を負担する研修などを受けている割合は、日本の労働者は4割で、調査国・地域の中で最下位(ランスタッド調べ)。
おまけに同一労働同一賃金が徹底されていないので、非正規と正社員の賃金格差が大きく、30代前半の平均賃金は、正社員281.9万円、非正規社員213万円で、その差は約70万円程度。その後さらに差は広がり、30代後半で約100万、50代前半では、200万円以上まで差が広がります。
日本人の賃金はこの20年間、ほとんど上がっていません。他のOECD諸国では上がっているのに、日本だけが平均年収はマイナスです。その反面、日本企業の内部留保金はこの15年で倍以上に増え、446兆円にも達しています。
職業人生の終わりに近づいて、まだ働きたいと思っている高齢労働者は非正規雇用よりも良い待遇を受けるに値する。また、高齢者が労働市場だけでなく経済全体にもたらす知恵、スキル、経験の恩恵を社会全体が受けられるようにすべきである。したがって日本は、このリスクを減らすために、定年退職年齢の引上げに着手する必要があり、将来的には他のOECD諸国ですでに行われているように定年制を撤廃しなければならない。
(by アンヘル・グリアOECD事務総長)
以前、海外のジャーナリストから「日本は高齢化社会対策を放置しているのはなぜか?」と聞かれたことがあります。
「日本の外」からは、「日本は使えるリソースがあるのに、それを活用していない。このままで本当にいいの?大丈夫なの?」と見えているということなのでしょう。「組織を変えたきゃ若者、よそ者、ばか者の視点を生かせ!」とはよく言われることですが、今回のOECDの提言を経済界は真摯に受けとめなくてはなりません。
そのためにもまずは同一労働同一賃金の徹底、インターバル規制の義務化、破った場合の罰則、「50歳以上は戦力外」といった年齢での線引きの禁止、そして、賃金を上げ、富裕層の税金を上げるべきです。
みなさまのご意見もお聞かせください。
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※『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』(2018年12月26日号)より一部抜粋