先日厚労省が明らかにした、2024年から適用される「医師の残業年間2,000時間上限案」が物議を醸しています。健康社会学者の河合薫さんは自身のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』で、「医師の健康状態は患者に跳ね返る」と指摘。さらに現在医療の現場に長時間労働を強いる根本原因である「医師の偏在」の早急な解消を求めています。
※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2019年1月16日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。
人の命は重いが医師の命は?
2024年度から適用する医師の残業時間の上限規制が「2,000時間」まで容認される方針であるとの報道がありました。
2,000時間は年間の「総労働時間」ではありません。「残業」です。時間外労働です。それを地域医療に欠かせない病院に勤務する医師に限っては、2035年度まで「年間1,900~2,000時間」までオッケーだというのです。
理由は「一般の労働者並みに残業時間を規制すると、地域での医療の提供体制が損なわれる恐れがある」とのこと。
「一応、2035年までの期間限定だし~」
「一応、勤務間インターバルは9時間以上にしたし~」
「一応、連続勤務時間は28時間までだし~」
「最初はえっ?って思ったけど、よくよく考えると現実的だよね~」
「うん、そうだよ。だってさ、病院勤務医の1割に当たる約2万人が月160時間以上残業をしているんだからさ」
…といった具合でしょうか。
一部からは反対意見が出たものの、検討会では上記の厚労省の案が採択され、今年度末に具体的な規制案をまとめるそうです。
思い起こせば2017年9月、大阪府の国立循環器病研究センターが、勤務医や看護職員の時間外労働を「月300時間」まで可能にする36協定を結んでいたという、驚愕の事実が報じられました。
当時、国循人事課の担当者は、「医師や一部の看護師、研究職ら約700人について、特別な事情がある場合『月300時間を年6回、年間2,070時間』まで延長できるが、実際の労働時間は、36協定の上限までに十分余裕がある」と説明していました。
でも、今回のことでこれが決して「十分余裕がある数字ではなかった」ことがバレた。いや、バレたとは言いすぎました。「『十分余裕がある』とは言い切れないケースも相当数存在した可能性がある。「医師の世界の常識は、社会の非常識」としか言いようがありません。
そもそも「上限300時間」が明らかになったのは、国循の脳神経外科病棟に勤務していた看護師の女性(当時25歳)が2001年に過労死し、担当弁護士が情報公開を求めたのがきっかけでした。
「人の命は重いというのに、医師の命は軽んじられている」と、以前、大学病院に勤務する息子さんがうつ病になった方をインタビューしたとき嘆いていましたが、医師は鉄人でもなければ、ロボットでもない。週50時間以上の労働をし、睡眠時間が6時間未満になれば、私たち同様、心疾患や脳梗塞のリスクは高まります。
残業時間を2,000時間まで容認するってことは、「一人で二人分働け!」と国が強制するようなものです。
これまでも散々指摘してきましたが、医師の健康状態はまんま患者さんに跳ね返ります。
● 長時間勤務になると、針刺し事故が統計的に有意に増加
(Ayas NT, Bager LK, et.al .Extended work duration and the risk of self-reported percutaneous injuries in interns. JAMA ,2006)
● 3日に1回 24 時間以上の長時間連続勤務をした場合と長時間連続勤務の上限を16時間、週当たりの勤務時間を60時間に制限した場合を比較すると、24時間以上の連続勤務の「処方ミスと診断ミス」が明らかに多い
(Landriga CP, Rotheschild JM, eta al. Fffect of reducing interns’ work hours on serious medical errors in intensive care units. N Engl J Med,2004 )
● 前日に当直であった医師が執刀した手術後 の患者においては、合併症が45%多かった
(Haynes DF, Schewedler M, et al. Are postoperative complications relted of resident sleep deprivation? South Med J, 1995)
…etc.,etc.
昨年実施された調査では、84.2%の医師が「医師の残業規制を緩くする方針」に反対しています。反対理由を見ると、お医者さん自身も患者さんを危険にさらすことに危機感を募らせていることがわかります(参考記事「84.2%の医師が反対!「医師の残業規制は緩く」の方針へのドクターたちの意見」)。
医師不足は1982年に「2007年頃に医師が過剰になる」として、医師数の抑制を閣議決定したことに起因します。ところが実際には、2004年にはOECDの医師数の平均と比べると日本は12万人も不足していることがわかりました(人口1,000人当たりの臨床医師数)。
それでも政府は「2022年には医師は充足する見通し」として、積極的に医師を増やそうとしませんでした。その理由とされているのが、
- 問題は開業医の多さにあり、トータルが足りてないわけじゃない
- 医師が増えると医療費が増える
という懸念です。
都心に比べると地方では医師不足が顕著なのは理解できます。では、医師不足を解決する具体策は同時並行で進められているのか?というと、検討はしたけど、偏在を解消するには至っていません。
まずは即座に偏在を解消する案(いくつも提案されています)を実行に移す。次に、医療現場をマネジメントする専門家の育成を早急にすすめ、現場に派遣する。さらに、地域とチーム医療を充実する、患者が何度も病院にかからなくていい仕組みを進める、そして、これらを具体的かつ確実に進めて欲しいです。
みなさまのご意見やご経験もお聞かせください。
image by: Shutterstock.com
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※『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』(2019年1月16日号)より一部抜粋