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交渉のプロが解説。米が北を攻撃しても中ロは非難に留まる理由

数々の国際舞台で交渉人を務めた島田久仁彦さんは、2019年を「波乱」の年、「transition(変遷、変わり目)」の年と予測しています。メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では、世界中にくすぶる戦火の種から、争いの芽が顔を出し大きくなっていると指摘。私たちの極東アジアを筆頭に、アフリカ、中東、東南アジアで注視しなければならない現状を解説いています。

波乱の2019年―忍び寄る戦争の影?

2018年の秋ごろからでしょうか。世界中あちらこちらでどんどん争いの芽が見られるようになってきました。2019年に入り、その芽がどんどん大きくなってきています。中には国際的なニュースで恐怖心が煽られているものや、様々な見解が混在する“有名どころ”から、メディアに取り上げられることはほとんどないが、大きく懸念を要するものまで数多く存在します。

今回は、私が懸念しているいくつかのケースについて触れると同時に、ただの誇張に過ぎないと考えているものについてもお話したいと思います。

「アフリカ諸国」でくすぶる懸念

【コンゴ民主共和国】

昨年12月16日から18日にかけて、コンゴ民主共和国西部で民族間の衝突(バヌヌ族とバデンデ族)が発生し、伝えられるところによると、少なくとも890人が死亡したとのこと。事の起こりは、どうもバヌヌ族の人々が自分たちのリーダーをバデンデ族の土地に無断で埋葬したことで、土地・縄張り争いが理由だったそうだが、そこから一気に積年のライバル意識に火が付き、今回の争いにいたったとのこと。その紛争がまだ収まっていないため、死者の数はどんどん増えていく見込みで1000人は軽く超えてしまうだろうというのがUNHCRの見方です。

コンゴ民主共和国では、2年遅延していた大統領選挙が昨年12月30日に実施されましたが、他の地域での暴力抗争が多発したため、まだいくつかの地域で投票が実施されていないという状況になっており、全く治安維持のコントロールも働いていないとのことです。

あくまでも国内の紛争だから国際情勢には関係ないと考えられがちですが、数々の暴力的な抗争ゆえに、一般市民が隣国コンゴ共和国に流れ込んでおり、コンゴ共和国の治安も著しく悪化していることから、近々、コンゴ共和国も国軍を出して対応に当たるようで、場合によっては、再度、コンゴ同士の紛争に発展する可能性が出てきました。

第1次世界大戦および第2次世界大戦のきっかけとして、よくバルカン半島が「火薬庫」と称されますが、実はアフリカ大陸においては、この“コンゴ”がその「火薬庫」に当たり、周辺国が双方の後ろ盾になるケースでは、かなり大規模な紛争に発展する可能性を秘めています。

【ケニア・ナイロビのテロ事件とソマリアとの武力衝突の危機】

同じくアフリカで再燃してきた懸念ですが、1月16日にケニアの首都ナイロビの高級ホテルがテロ事件の舞台となり、外国人を含む多数の死傷者が出ました。ちょうどナイロビに本部がある国連環境計画で大規模な国際会議が開催されており、私の友人も多数出席しているため大いに心配しましたが、おかげさまで被害者には含まれませんでした。

今回のテロを主導したのは、隣国ソマリアのテロ組織(ISやアルカイダとのつながりが指摘されているグループ)だったようですが、この組織は常に「ケニアにいる欧米人に対するテロ攻撃」を計画してきた存在で、私が2006年以降にナイロビを訪れる度に、テロ予告が寄せられており、たまたま私が滞在していない時期にこれまでにも何度もテロを実施してきていますが、ついに大規模な攻撃を仕掛けたようです。

「またか…」というのが現地の最初の反応でしたが、規模が大きく、かつ被害者に多くの外国人が含まれることから、ケニア政府は非常に事態を重く受け止めざるを得なくなり、隣国ソマリアへの武力介入も辞さないとの立場を取るようになってきました。本来ならば、ソマリア政府への厳重抗議というのが外交上のプロトコールですが、ソマリアには正常に機能している政府組織がないため、テロリストの温床になっています。

ついにケニア政府の堪忍袋の緒が切れるとき、長年安定を保ってきた東アフリカが再び戦火に見舞われる恐れが出てきます。ケニアと言えば、日本の友好国で、多くの企業もアフリカ投資の拠点としていますから、必然的に打撃を被ることになりますし、駐在員の安全確保を急がなくてはならない事態が近づいています。

「東南アジア~中東」でくすぶる懸念

【タイ新南部のポンドゥック】

以前、本件の状況については詳説し、後日、マレーシアのマハティール首相のイニシアティブで、解決に向けた協議をタイ政府やインドネシア政府とともに進めるとの情報があり、期待を抱いたのですが、残念ながら肝心のポンドゥック側のリーダーシップが明確にならず、協議の相手が絞れないとの状況になってしまい、争いが収まる気配がありません。

以前にもお話したように、被害に遭っているのが女性や小さな子供ですので、国際的な人権団体からの非難対象になっています。長年、ポンドゥックに対するタイ国軍の迫害が取り上げられてきましたが、今回は“解決”のため、これまで無関心を貫いてきたマレーシアとインドネシア両国も軍を派遣する可能性が浮上してきました。ただ、問題は、その対象が誰なのか?

ポンドゥックは、マレーシアに端を発するイスラムの教育を行う学校組織ですので、同胞イスラムに攻撃を加えるとは考えづらいことと、一応、タイの領土内に位置するため、マレーシアおよびインドネシアの軍の派遣は、また別の地域的な緊張の高まりを生む可能性を秘めています。

【中東地域における緊張の高まりと紛争勃発の恐れ】

この地域における緊張の“主役”はイランです。長年の緊張関係を保つイスラエルとイランの刮目、イエメンでの“代理戦争”を戦うサウジアラビアとイラン、そして、トランプ大統領が執拗なまでに執着するが故のアメリカとの対立など、イランが台風の目になっています。

つい先日には、イスラエルがシリア・ダマスカス国際空港内にあるとされているイランの軍事組織の拠点を爆撃しました。これまでにも何度か行われてきた空爆ですが、今回初めて、イスラエルのネタニヤフ首相が公式に発表するという異例の事態となっています。裏には「仮にアメリカ軍が撤退しても、イスラエルはイランの好きなようにはさせない」との意思表示と取ることが出来ますが、イスラエルとイランは、シリアのような第3国での軍事的な衝突の恐れだけではなく、常に直接戦争に至りかねない緊張関係を保ってきました。

公には認めていませんが、両国とも核戦力を有し、それぞれのミサイルの弾頭は、それぞれの首都や主要都市に向いていると言われています。これまでは、その緊張をバランスするために、トルコにあるNATO軍基地に、双方を向いた核ミサイル(もしくは、その迎撃システム)が配備され、もしもの際には、2国間での戦争を無力化するためのシステムができていました。

しかし、昨今のトルコとアメリカの微妙な緊張感から、トルコ国内に置かれているといわれているそのバランサーとしての核の影響力には疑問符が付くようになり、すでに機能していないとの見方もあります。以前に比べて、イランとイスラエルの直接戦争の可能性が高まっています。

その影響をもろに受けているのが、シリア情勢とイラク国内の治安です。シリアで行われている内戦については、今回はあえて触れませんが、両国で行われているイランによる様々な工作は、両国における“平和”を遠ざけるファクターになっています(シーア派とスンニ派、アラウィー派間の対立を煽っている)。

そして、シリアそのものが、長年、ヒズボラの影響もあって、イスラエルにとっての敵国と認定されており、何度もイスラエルとのミサイルの撃ち合いが起こっていますが、同時にヒズボラと対峙する(実際は仲良しとの噂もあるが)アサド政権を静かに支援するという微妙な関係にもあります。

そこにアサド政権の公式サポーターであるイランとの別の緊張関係が生じています。おかげで、イラクにもシリアにも、しばらく安定と和平が訪れることはないかと思います。

そして、サウジアラビアもイランとアラビア半島の至る所で対峙しています。その最たるものがイエメンで起こっている権力闘争を用いた両国の代理戦争でしょう。もう数年にわたり、それぞれが支援するグループ間での紛争が続いていますが、まだ決着は見えず、それどころか影響が周辺国にまで飛び火するという事態に陥っています。

どんどん混乱を極める中東地域ですが、そのすべての懸念の鍵を握っているのがトルコです。イスラエルとも比較的友好的な関係を保っていますし、知っての通り、対米反抗やシリア情勢では、イランの後ろ盾ともなっています。

そして昨年起きたサウジアラビア人記者カショギ氏の殺害事件を巡って、対サウジアラビアで非常に大きな秘密を握っているとされています。そのトルコが、今後の中東の勢力地図をどのように書き換えるのか。非常に不気味な存在だと言えます。

【南シナ海:高まる中国の領有意識と軍事的な挑発】

米中貿易摩擦の激しさゆえに、その陰に隠れてしまっている感じがしますが、以前から南シナ海の領有問題を巡り、アメリカと中国の対峙は継続中です。南シナ海は、アメリカの太平洋・インド洋におけるシーレーンを見るうえで非常に重要な位置にあり、そこを中国に抑えられると、同盟国の防衛上、大変大きなマイナスになるとの考えですので、どんどん海洋進出を進める中国を直接的に牽制しています。

これまでのところ、直接的な衝突にまで発展していませんが、最近、日本との防衛協力のため、日本近海・太平洋に向かっていた英国の艦船に対して、異常接近し、挑発行為を繰り返すという、これまでにない行動に出て、南シナ海を緊張の海に変えてしまいました。

今後、このような挑発行為が、偶発的な衝突に発展してしまったら、南シナ海も終わりなき戦争の海になってしまう可能性がありますし、そうなってしまうと、南シナ海で中国と対峙するフィリピンやインドネシア、ベトナムといった周辺国も巻き込んだ戦いにエスカレートする可能性が、これまで以上に顕在化してきています。

ただでさえ米中貿易摩擦の煽りを受けて、東南アジア諸国の経済は停滞していますが、仮に軍事的な衝突に発展してしまった場合、東南アジア地域の地図が大きく変わるかもしれません。

「極東」でくすぶる懸念

【アメリカの北朝鮮爆撃?!】

昨年6月12日に開催された米朝首脳会談を受け、一時期はその危機は去ったと諸手を挙げて喜んだメディアが多くありましたが、実際は、その際に決められた第2回目の会談はまだ実現していませんし、共同宣言に盛り込まれた朝鮮半島の非核化を巡る“解釈”もいまだに合致していません

2月をめどに第2回目の会談を開催すべく米朝間で準備が進められているとされますが、仮に実現したとしても、恐らく第2回目の会談が最後の会談になると考えています。

双方の解釈の溝は埋まりませんし、最近、金正恩氏が北京を訪問し、習近平国家主席の後ろ盾をアピールしたことは、すでにトランプ大統領をイラつかせてしまいました。それに加えて、朝鮮半島の核問題についての進展がほとんどない状況も、トランプ大統領をさらにイラつかせています

仮に第2回目の会談が行われても、その場で何らかの言質を北朝鮮側から取ることが出来なかった場合、アメリカは北朝鮮側との対話を諦め、すでに国民がサポートし、メディアや議会も“やむなし”と考えているとされる対北朝鮮攻撃が現実味を帯びてきます。

これまでは、同盟国たる韓国への配慮もありましたが、文大統領の異常なまでの北朝鮮との融和への傾倒と、アメリカ無視の姿勢に、トランプ大統領は韓国を見捨ててしまうことになったことで、韓国を理由とした攻撃回避は、無くなるだろうと思われます。

先週も書きましたが、仮にアメリカが軍事行動に出ても、中国は非難こそしますが、朝鮮戦争時と違って介入はしないでしょうし、ロシアも同じでしょうから、アメリカはより介入しやすくなるでしょう。そして2020年の大統領選挙への目玉として、攻撃に踏み切る可能性は決して否定できません。

【日韓直接対決?!】

あってはならないことですが、最近では国会議員の間でも、そしてメディアに登場する評論家たちの間でも、日韓開戦やむなし!といった意見が聞かれるようになりました。

昨年来、相次いで起こる反日行動と挑発によって、「なにもしない日本人」の怒りを買ってしまいました。先日のP-1哨戒機へのレーザー照射や徴用工問題を巡る緊張の高まりを受け、両国とも掲げた拳を下げるタイミングを失ってしまったようです。

今週、韓国内での考えを探るべくいろいろ情報を集めた際に、韓国サイドの軍元高官から「韓国軍は、今回の事件について、まっすぐ対応するオプションを失った。その責任はすべて文政権にある」と言っていました。これまでは、日本サイドも「なにもしてこなった」のではなく、実は、軍事関係の世界に存在する「ミスがあった際の対応プロトコール」を発動し、互いに衝突を避けてきたというバックグラウンドがあります。

しかし、今回は政治が邪魔し、これが機能しない事態に陥ってしまいました。この高官が嘆く内容は、「もしかしたら、もう行くところまで行くしかチョイスはないのかもしれない」とのことで、「仮にそうなった場合、性能では自衛隊に敵わないだろう」と言っていました。

実際にどちらが優位かという話ではなく、このような緊張感満載の時でも、いかに協議を行って収めるかを優先させるべきですが、日を追うごとにその可能性は狭められているようです。一応、近日中に日韓外相が協議の場を設けるようですが、歩み寄りの気配は見えません

そして、日本側の“立場”を垣間見ることができるのが、この時期の防衛大臣の訪米です。表向きは、マティス国防長官退任後、その代行との会談と、同盟国としてのスタンスの確認ですが、実際には、朝鮮半島有事の際の対応のすり合わせ(北朝鮮絡み)に加え、先日の哨戒機へのレーザー照射に係るデーターをシェアし、対策を協議するとともに、日韓有事の際の日米連携のシナリオをかなり詳細に練るためではないかと思われます。

【想像上の“軍事衝突”?!―煽られた恐怖心】

開戦があるのではないか!と恐怖心をあおっているが、可能性がほぼゼロなものは、米中直接対決と日ロ・米ロ間の衝突です。

まず、米中直接対決については、今年年初に習近平国家主席が「アメリカとの武力衝突に備えよ!」と大号令をかけたことで、「米中戦争の可能性が!」と大騒ぎをするニュースや評論家もいましたが、この“武力衝突”は、米中が核の撃ち合いをする全面破壊戦争ではなく、あくまでも、先ほど懸念した、偶発的な衝突が小規模の交戦に発展しかねない可能性に備えるという意味に過ぎません。

また、アメリカからしても、中国と全面的な交戦をしたところで、何一つ得るものがないことから、アメリカから仕掛けるシナリオもないでしょう。口撃はエスカレートするでしょうが、実際の武力衝突はないと私は見ています。

次に語られるが起こりえないのが、ロシアとの紛争です。その相手国は、我が国日本と米国です。まず、日本については、昨日もロシア空軍機による意図的な領空侵犯が行われ、自衛隊機がスクランブル発進するという事態になり緊張は高まりましたが、これは、ただ単に、現在、日ロ間で行われている北方領土を巡る話し合いの行き詰まりを受けた恣意行為と考えており、直接的な軍事的対立には発展せず、あくまでも外交上の抗議のやり取りで終わるものだと考えています。

米ロ間については、かつて軍拡競争を行い、長い冷戦時代を経てきましたが、“大国同士”であるがゆえに、軽いボディブローの応酬はあっても直接的な軍事衝突には至りません。

また昨年秋に、突如、トランプ大統領がロシアとのINF(中距離核戦力全廃条約)の破棄を宣言し、テンションが高まりましたが、どうもロシア側もそれを受け入れる方向になってきていますし、両国の意図、つまり中国の核戦力への警戒心が微妙なバランスを保つことに寄与していますので、今のところ、関係が深まることはあっても、交戦前夜という緊張感あふれる状況には陥りません。

「でも、トランプ大統領だから、何するか分かりませんよ」そう言って余計に危機を煽る人がいますが、私はトランプ大統領だから、圧勝できない戦いはしないと確信しています。

とはいえ、2019年は、ほぼ確実に大きなtransitionの1年となると考えています。しかし、そのtransitionの理由が、何かしらの戦争でないことを祈っています。

image by: GrAl, shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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