先日掲載の「大マスコミが報じない経団連会長『原発はもう無理』発言の衝撃度」でもお伝えしたとおり、1月1日に行った年頭会見で原発にノーを突きつけるかのような発言をしたものの、15日の定例会見では一転して原発の再稼働推進を強く訴えた中西宏明経団連会長。この「発言のブレ」の裏には何があるのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では著者で元全国紙社会部記者の新 恭さんが、同じく中西氏が会長を務める日立製作所が「廃炉ビジネス」に舵を切った現れではないかとした上で、そう判断するに至った根拠を記しています。
中西経団連会長の発言が大ブレ。廃炉ビジネスへ傾斜か
日本財団の笹川陽平会長に「いまや軽団連?」と揶揄された中西宏明経団連会長。“強い財界総理”にと意気込むが、どうも、このところ旗色がよくない。
会長兼代表執行役をつとめる日立の内部で、英国の原発新設事業からの撤退によって3,000億円の損失を出した責任を問われているうえ、経団連会長としての新年早々の発言が物議を醸した。
1月15日の定例会見でのこと。中西会長は原発について次のように述べた。
「原発の再稼働を積極的に推進するべきだ。安全性の議論が尽くされていても、地元の理解が得られない。その説得は電力会社だけでできるものではなく、広く議論することが必要だ。再生可能エネルギーだけで賄うことは到底不可能。原子力技術を人類のために有効に使うべきだ」
これだけなら、経団連の従来からの考え方であり、ニュースバリューはない。だが、今年1月1日の年頭会見における以下の発言を中西氏が翻したと受け止めれば、話は違ってくる。
「お客さまが利益を上げられない商売でベンダー(提供企業)が利益を上げるのは難しい。どうするか真剣に一般公開の討論をするべきだと思う。全員が反対するものをエネルギー業者やベンダーが無理やりつくるということは、民主国家ではない」
民主国家である以上、国民が原発に反対するなら電力会社や原発メーカーはそれに従うしかない、という意味であろう。経団連会長が日本における原発推進を諦めたかのようだ。
ついに財界は現実に目覚め、安倍政権の方針と一線を画す覚悟をしたのかと驚きをもって解釈した識者がいたのはなんら不思議ではない。
これに対し、15日の会見では「地元の理解が得られるよう説得して原発を再稼働すべきだ」と述べたのである。どちらが中西氏の本心なのか。
おそらく中西氏にその点を問えば、「一貫した考えだ」と言うだろう。好意的に捉えるなら、1月1日には真意が伝わらなかったので補足したと解釈できなくもない。
反対があるかぎり原発推進はできないが、推進の方向に国民を説得すべきだと言いたかったので、発言を修正した、と。
もちろん一部のメディアが論評するように、原発推進派にとってネガティブな元日発言に、官邸が文句をつけたという見方もできよう。経団連の主要メンバーである電力会社のために原発再稼働を強調するべきだったと思い直したかもしれない。
しかし、政官財学の原子力ムラも、かつての結束は緩みつつあるように感じる。
福島原発の事故で国民が危険性を実感したため、彼ら利益共同体の作り出した安全、クリーン、低コストといった詐術的PRが世間に通用しなくなった。
再生可能エネルギーが急速に普及し、原発建設コストが高騰すると、原子力は優位性を失い、いまや古いエネルギーの仲間に入ってしまった。
これから想定されるのは、原子炉と核のゴミをいかに上手に葬るか、すなわち廃炉の技術を競う時代であろう。
原発再稼働は、少しでも廃炉を先に延ばし、電力会社が急激に大損失をこうむるのを避けるための方策に過ぎないのではないだろうか。
ドイツでは、政府が脱原発の方針を決めたとたん、大手電力会社が軒並み赤字に転落した。廃炉費用などを特別損失として計上したからだ。
原発の未来が暗いことは、原子力ムラの住人がいちばん知っている。
その意味で、中西経団連会長が元日に語った原発についてのクールな発言は、立場上心の奥底にしまいこんでいたいはずの本心が滲み出たと見ることもできよう。
日立は英国の原発からの撤退で巨額損失を出したが、東芝の失敗例を教訓にした分、致命的な傷を負う前に逃げることができた。
官邸や経産省にしても、東芝と日立の原発輸出の失敗に懲りただろうし、日本国内への原発建設が困難なのは痛いほどわかっているはず。海の物とも山の物ともつかない小型原発の開発に原子力生き残りをかけるのが、なによりの証拠だ。
日立は廃炉ビジネスに活路を開く方向に舵を大きく切ったのではないか。
そのために海外の原発子会社、GE日立ニュークリア・エナジー(GEH)を廃炉事業の中核に据え、米ベクテル社とも提携して、脱原発をめざすドイツなどで廃炉受注に動いている。
廃炉事業は再稼働より収益性が高いかもしれない。日本で、すでに廃炉が決まっているか、もしくは検討中の原発は23基。その他37基のうち、運転開始から40年を超えているのが3基、30年超が9基もある。今後も続々と、廃炉組が増えていく。
福島第一原発の事故後、政府が原発の運転期限を40年と定めたため、廃炉の動きが速まった。最長20年、運転期間を延ばす制度もあるが、老朽化した原発の安全対策は余計に高くつく。
福島第一原発のほか、浜岡原発、東海原発が廃炉に着手しているが、問題は廃炉の技術がまだ確立されていないことだ。少なくとも日本では、商業用原子炉の廃炉を完了した実績がない。
このため電力会社や関連企業は必要なノウハウを得るため国内外で連携を進めている。たとえば関電は美浜1、2号機の廃炉に関し、仏原子力大手のアレバや三菱重工業に協力を仰いでいる。
原子炉はもちろん、放射性物質に汚染された機器の解体・撤去をどのようにしていくのか、そのための技術の蓄積には膨大な時間とコストがかかる。
これからわれわれ日本人は後始末の方法を考えずに原子力利用へ突っ走ってきた大きな代償を払わなければならない時代を迎えることになる。
廃炉に着手している原発の現状はどうなっているのだろうか。日本原電が運営していたわが国初の商業用原発である東海発電所(出力16.6万キロワット)では、1998年3月31日に運転を終了し、原子炉解体プロジェクトが進められている。
当初、日本原電は、東海の廃炉費用を850億円と見込み、2020年度までの23年間で終了させるという計画を立てた。
これまでに、燃料搬出、冷却プール洗浄、タービン発電機や建屋の解体、熱交換器撤去工事などが行われた。原子炉解体工事は5年遅れで今年中に着手される予定だというが、順調にいくかどうか。
「廃炉先進国」といえるイギリスの例と比較してみよう。2013年8月の毎日新聞に掲載された以下の記事が参考になる。
世界で最も廃炉作業が進む原子力発電所の一つ、英ウェールズ地方のトロースフィニッド発電所(出力23.5万キロワット、炭酸ガス冷却炉、2基)の作業現場に入った。1993年の作業開始から20年。責任者は「既に99%の放射性物質を除去した」と説明するが、施設を完全に解体し終えるまでになお70年の歳月を要する。
(中略)
原子炉の使用済み核燃料(燃料棒)は95年に取り出されたが、圧力容器周辺や中間貯蔵施設内の低レベル放射性物質の放射線量は依然高い。このため2026年にいったん作業を中断し、放射線量が下がるのを待って73年に廃棄物の最終処分など廃炉作業の最終段階に着手する。
(中略)
作業の中断、再開を経て全施設が撤去されるのは2083年。廃炉には稼働期間(26年間)よりもはるかに長い時間がかかるのが現実だ。この発電所は小規模で、稼働中に大きな事故もなく停止後速やかに廃炉作業に移ることができた。それでも廃炉に90年を要し、総費用は約6億ポンド(約900億円)になる。
トロースフィニッド発電所は東海とほぼ同じ出力で、炭酸ガス冷却炉ということも共通している。それなのに、トロースフィニッドは廃炉まで90年の期間を要すると言い、東海は23年の計画を据え置いたままズルズルと遅れ続けている。
東海もトロースフィニッドと同じくらいの期間が必要だとすると、いったい費用はどこまで膨れ上がるのだろうか。
しかも、核のゴミの最終処分先は英国も日本も決まっていないし、少なくとも東海の廃炉費用見積りの中には恒久処理のコストは含まれていない。これといった事故を起こしたことのない小規模原発でさえ、最終処分までには気が遠くなるほどの時間とコストと人の命がかかってくるのだ。
ましてや大事故を起こし高レベルの放射能に汚染された福島第一原発となると、廃炉にどれだけの時間と負担と犠牲が必要になるのか、想像すらできない。
始めたらいずれは終わりが来る。これから大切なのは、原発再稼働という安易な道ではなく、各地の原発を安全に解体していく困難な事業に挑む覚悟である。
財界総理といわれた影響力を経団連会長が取り戻すには、時代を的確に見据えたリーダーシップを示すしかないのではないか。