煮え切らぬ北方領土問題の着地点は「国境なき四島共同管理」か?

 

PlanB「四島共同管理特別区」win-win関係、可能性大!

▼「二島返還+α」との比較

現在よく聞かれるのが、プランAの派生形「二島返還+α」案です。内容は人よって若干異なりますが、基本的に、
「まず色丹、歯舞の返還を先行させて国境線を確定し、残り二島はその後の経済交流の成果を踏まえて交渉を継続させる」
という“二段構え”の内容です。「+α」は、残りの島ではなく、共同経済活動や人的交流を意味しています。
対するプランBは、もっとシンプルかつダイナミックです。「四島主権の半分」を回復して四島共同管理にすることで、「+α」の部分となる共同経済活動の規模が一気に拡大します。

▼名を半分捨て、実を倍以上取る

「二島返還+α」では、いったん国後、択捉の主権回復を諦め、かわりに色丹、歯舞の“小さな主権”を回復します。あとは「+α」の進展を見ながら20年、30年(あるいはそれ以上)かけて残り二島の主権回復を目指す方針です。
「名を捨てて実を取る戦法」ですが、これはさすがに疲弊します。先々の世代が「もう現状維持でかまわない」と匙を投げてしまうことも充分に想定されます。
プランB「四島共同管理特別区」は、四島一括返還とはいきませんが、それでも四島同時にその半分の主権を回復できるのは大きな成果です。「名を半分捨て、実を倍以上取る戦法」です。
もちろん、それなりの対価をロシアに提供しなければなりません。「四島主権の半分を売り渡した」と解釈されない仕組み作りに工夫が必要ですが、それは「二島返還+α」も同様です。
国内経済の立て直しが急務のプーチン大統領にとって、共同経済活動の範囲を一気に広げられるプランBのほうが、得られる利幅も格段に大きくなります。
総合的に考えれば、プランBは日露双方にとってwin-winの関係、お互いに大きなメリットを得られるのです。

▼国境線の確定をめぐる比較

1956年の共同宣言で残されたテーマが「領土・国境の確定」です。領土返還に先駆けて平和条約を締結するには、当然のこと国境の確定を避けて通ることができません。
その点で言うと、「二島返還+α」で確定させた国境線は、その後の交渉を難しくさせる“トゲ”として残り続けます。
過去の歴史を振り返れば明白なことですが、いったん国境が確定されるや、それを動かすのは容易ではありません。「二島返還+α」の弱点はここにもあります。
「日露共同管理特別区」では、北方四島を細長い楕円形で囲む特別区域線を想定します。暫定的・流動的な要素を多く含むため、国境線と違って柔軟に変更しやすい面があります。
もちろん、平和条約の条文では「特別区域線」はあくまでも暫定的であり、将来的に両政府両国民の合意のもとに変更できる余地を残しておきます。

▼「四島一括共同管理」をロシアが提案

さて、そもそも論としてプランBを「あり得ない」「お花畑」と思われる方もいらっしゃるでしょう。しかし、突拍子もない案ではありません。
実際、過去に「共同管理は何回か提案がなされています。しかも、最初はロシア側からの提案です。
あまり知られていませんが、1998年、ロシアでの日露首脳会談でエリツィン大統領が小渕恵三首相に向け、北方四島を一括して共同管理する案を示しています。
日本側は歯舞、色丹まで共同管理とすることに難色を示し、この話は立ち消えになりましたが、四島を一括して共同管理する“幻の案”が、実は20年前に存在していたのです。
日露交渉に長年携わってきたプーチン大統領やラブロフ外相、そして安倍首相や外務省がそれを知らないはずがありません。

▼「共同管理」をめぐる発信

国際法の権威である村瀬信也氏(上智大学名誉教授、国連国際法委員会委員)は、かつて「歯舞・色丹・国後三島の主権を日本に帰属させ、択捉島を『雑居地』として両国政府の共同管理下に置く」とする案を示しました(2010/1/7毎日新聞)。
そのモデルとして挙げたのが、南太平洋のニューヘブリデスです(1906~1980英仏共同統治)。
また、森喜朗元首相は2014年の講演で北方領土問題について触れ、「特別区域にして両国で経営するやり方もある」とし、先の村瀬氏の提案と同じく「四島のうちのどれかを共同管理とする案」を含めて交渉すべきだと発言しています。
いずれもプランBの派生形と言えるでしょう。

▼両首脳、問題解決への強い決意

日露関係の歴史を振り返ると、日露和親条約(1855)のあとに樺太が日露両国に属する雑居地となっています
当時は帝政ロシアが南下政策の一環として樺太占領を目論んでいたため、各地で小競り合いや紛争が勃発しました。そのため、明治政府は事実上の無法地帯となった樺太からの撤退(千島列島との交換)を余儀なくされました。
しかし、時代は変わっています。何回かの冷却期間を経て、いまの日露は戦後もっとも良好な関係にあると言えます。長年にわたって安倍・プーチン両首脳の個人的な信頼関係が築かれ、粘り強い交渉が続けられてきた結果です。
両首脳とも、自分たちの世代で平和条約を締結し、領土問題を解決するという強い決意を持って交渉に臨んでいます。私たちも、たかだか1回の首脳会談でガタガタ言わずもう少し長い目で交渉を見守っていくべきでしょう。

▼「新しいアプローチ」の提案

今後の日露交渉のカギを握るのが、「今までの発想にとらわれない『新しいアプローチ』で交渉を精力的に進めていく」との合意(2016/5/7日露首脳会談)です。
実はそれ以前の2009年、ロシアのメドベージェフ大統領が麻生太郎首相との会談で、これと同じ「新たな、独創的で、型にはまらないアプローチ」を提案しています。
「新しいアプローチ」の中味については、日本政府からの具体的な説明がありません。そのため、現在、日本のメディアは好き勝手に報じています

▼これまでにない独創的な案とは?

「経済貿易関係の強化」「幅広い分野での交流加速」、あるいは先の「二島返還+α」もそうですが、どれも「今までの発想にとらわれない」と言えるほどの斬新さはありません。
では「四島共同管理特別区」はどうでしょう?
「新しいアプローチ」に合意したあとの2016年10月、日本政府が日露両国による共同管理案を検討しているとの報道がありました(日経新聞2016/10/17)。
たいした話題にはなりませんでしたが、記事には「歯舞・色丹は日本に返還し、国後・択捉は共同統治とする案を軸に調整に入りたい方針」、「4島全域や歯舞・色丹、国後の3島を共同統治の対象とする案も用意する」とあります。
四島一括のインパクトの大きさは、二島や三島の比ではありません。日本人には、悲願としての北方『四島』返還がしっかり刷り込まれているからです。
「四島一括返還不可能論」が台頭する中、プランBこそ今までの発想にとらわれない新しいアプローチ」ではないでしょうか。

▼中味はトップシークレット

ここにきて日本政府は、事あるごとに「粘り強く交渉を続けていく」と表明し、交渉の長期化を示唆しています。交渉の加速を煽るメディアや国民に向け、もっと冷静・慎重になるよう促していると見るべきでしょう。
こうした政府の発言を捉えて「交渉手詰まり」とマスコミは報じますが、「新しいアプローチ」の中味は当然トップシークレットです。“グレート善幸”(バックナンバーVOL.4参照)の国家機密度レベルは4ですが、こちらの機密度レベルはそれとは比較できないほど「重すぎる国家機密です。
安倍、プーチン両首脳(プラス最も信頼されている数人)しか知り得ない情報であることは確実です。

▼「静けさ」に予感される電撃合意

しばらくは「不気味な静けさ」が続くことでしょう。今年はラグビーW杯、来年は東京オリンピックが日本で開催されます。メディアや国民の目が政治から逸らされている間、水面下での交渉が着々と進んでいくと思われます。
歴史的に何か大きなことが発表されるときは、たいてい電撃的です。全世界に激震が走った「米中電撃和解」(1971ニクソン大統領の訪中発表)もそうでした。日本政府に通知されたのは、発表のわずか数十分前です。

▼「真相」がわかるのは10年後

確実に達成すべき大きな計画を遂行するには、その内容が外に漏れないよう秘密裏に事を進める必要があります。
日露首脳会談での「二人きりの内緒話」(テタテ)の内容は、どうでもいい情報を除いて絶対に外に漏れません
今回の首脳会談でのテタテは約50分でしたが、プーチン大統領が訪日して行われた首脳会談(2016/12/15)では95分に及んでいます。
テタテの内容は、そのほぼ10年後に「いまだから言える打ち明け話」として、ごく限られた関係者の口からぽつりぽつりと表に出てくるのが通例です。

▼共同管理のノウハウ

「四島共同管理特別区」は、プランAの「二島返還」よりも複雑な行政体系になります。共同管理下での司法権、警察権、漁業権など、詰めるべき問題は広範囲に及びます。
それにはどうしても時間が必要です。ただ、共同管理(統治)の歴史は古くからあります。
近年では、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争(1992)において、アメリカが仲介をする形で2つの民族の共同統治による「ブルチコ行政区」が誕生しています(1995デイトン合意)。
アメリカという国は「世界の警察」を自負するだけあって、何かにつけて仲介が大好きです。当然、共同統治のノウハウも蓄積されています。日本はこうした情報やノウハウを、アメリカから得やすい立場にあります。
過去の共同統治の多くは、紛争地域に敷かれてきました。しかし、現在の北方四島はロシアの施政権下にあり、日露間において漁業権の問題以外のもめごとは一切起きていません。その点、はるかに共同管理がしやすい環境にあります。
共同管理のハードルは、思ったほど高くありません。

▼ロシア側が懸念する米軍展開

ここでアメリカに目を転じると、トランプ大統領と安倍首相はいまや“大親友”です。アメリカは、ロシアへの働きかけによって平和条約交渉をアシストする立場にあります。
実際、過去25回の日露首脳会談では、ほぼその前後で日米首脳会談や日米協議などが行われています。日露交渉に関しては当然、日米間でも緊密に連絡を取り合っています。
平和条約交渉のもう一つのネックは、領土返還後にアメリカ軍基地が置かれることへのロシア側の強い警戒感です。実際、プーチン大統領は北方領土への米軍展開を牽制してきました。

▼アメリカ側からのアシスト

ロシア側の懸念に対し、安倍首相は「日米安保条約に基づいて米軍基地を島に置くことはない」と、首脳会談で直接プーチン大統領に伝えています(2018/11/14)。
それでもプーチン大統領は、今回の会談の1カ月前、沖縄の米軍基地に言及して強い懸念を表明しています(2018/12/20)。
それを受ける形で、在日米軍トップのマルティネス司令官(中将)は、記者会見でこう発言しています。
「アメリカが北方領土に恒久的な軍事基地を置く計画はない。建設的な議論をへて、日露の両首脳が領土問題解決の方策を見いだすことを願っている」(2019/1/9日本記者クラブ)
日米間の密な連携の下でのアメリカ側のアシストです。

▼米露が懸念する中国の軍備急膨張

アメリカが関心を示すのは、北方領土問題の解決が、アジア太平洋地域の安全保障に大きく関係してくるからです。
ウクライナ情勢や中距離核戦力(INF)をめぐって米露関係の悪化が報道されていますが、極東アジア・南太平洋地域に関しては違います。ここは切り離して考える必要があります。
現在、東アジアでは中国が急速に軍事力を拡大させ、武力を背景に周辺国に重大な脅威を与えています。この状況をアメリカはもちろんのこと、ロシアも快く思っていません。
アメリカのINF破棄もロシアのINF離脱も、見えないところでミサイル兵器を量産する中国の脅威が念頭にあります。
現在のINF条約では“中国の暴走”を止められないため、中国を取り込んだ核軍縮条約の枠組を新たに作り直す。それが米露の真の狙いと見るべきです。

▼豪腕、プーチン大統領の決断力

中国とロシア(ソ連)との間では、昔から国境線をめぐってしばしば大規模な紛争が起きています。中露はもともと良い関係ではないのです。
極東地域での中露間の国境問題がようやく解決したのは2004年、これも電撃的、世界中があっと驚きました。やってのけたのはプーチン大統領です。まさに豪腕、決断したら即実行!
平和条約交渉においても、安倍首相はプーチン大統領の決断力に期待をかけています。

▼「日米+露」による中国への牽制

ロシアとしては、日本と平和条約を結ぶことによって中国を牽制できます(中国は逆に日露接近を阻止する立場)。その思惑はアメリカの極東政策とも一致します。
日米にロシアを加えた「日米+露」による中国の牽制は、アジア太平洋地域における安全保障に大きく寄与します。平和条約交渉を早めに決着させ、領土問題を「完全解決」に近い状況に持ち込むことが重要になってくるわけです。
東アジア、太平洋地域の安全保障の観点からも、プランB「四島共同管理特別区」の実現性は高いと考えます。

▼マスコミの煽りはスルーで

以上がプランBに対する私の考察ですが、国民にも受け入れやすいと思います。仮にプランBが日本国民の多くに支持されたとして、逆にロシア国民にとってはどうでしょうか。
今回の首脳会談が開かれる直前、モスクワ中心部で領土返還に反対するデモの様子が日本で大きく報じられました(1/21)。
さらに首脳会談終了後、マスコミは「北方領土返還反対77% ロシア世論調査」を大々的に報じました(1/29)。
テレビでデモの映像を見た方は、「わっ、おそロシア!」と驚かれたかもしれません。世論調査の数字に「やっぱり厳しいなぁ」と思われたかもしれません。
しかし、針小棒大に報じるのがマスコミです。いつもの煽りと思ってスルーすべきです。マスメディア(地上波、新聞)による一斉の煽りには、たいてい何か裏があると考えていいでしょう。

▼ロシア世論を変えることは可能

たとえば先のモスクワでの反対集会ですが、記事をよく読むと多くても500人程度、それもプーチン大統領を目の敵にする共産党系の愛国者団体が主催したものです。日本でもよく見かける光景ですよね。
ロシア世論にしても「引き渡しに賛成か反対か」を問う2択アンケートです。ここに「四島共同管理」を加え、そのロシア側のメリットを国民に周知して調査を行えば、また違った数字になるはずです。
現在のロシア人島民の9割が「引き渡し」に反対するのは、当然理解できます。しかし、四島共同管理によって、より豊かな暮らしが島でできるとわかれば、これも変わってくるでしょう。

▼「片思い」から「両思い」へ

よく、日露両国民は「片思いの関係」にあると言われます。ロシア国民の多くは親日的で、日本に大きな興味を持っています。逆に、多くの日本人は「おそロシア」に象徴されるように、ロシアという国やロシア人にあまり良い印象を持っていません。
しかし、それは旧ソ連時代のイメージです。ロシアに旅行した人たちは口を揃えて言います。「ロシア人は陽気でおしゃべり、どこに行っても日本人は歓迎される」と。
それもそのはずで、ロシアは中国や韓国と違って反日教育を行っていません。むしろ、私たちがロシアにもっと興味を持ち、交流を深めながら「両思いの関係を築くことが大切です。
政府ばかりに任せず、私たちにできる友好親善活動を広げていくことが、領土問題解決を後押しする力になります。
私はときどきロシア料理のお店に足を運んでボルシチを食べますが、そんな小さなことでもいいのです。

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【著者】 竹内睦泰 【月額】 【発行周期】 毎月 第1〜4木曜日予定

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