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日本企業に蔓延する「ビジネス謎ルール」が国の衰退を加速させる

日本独自のビジネスマナーに戸惑う外国人が多い、とはよく言われることですが、最近では当の日本人ですら理解に苦しむ新しいルールが続々登場しているようです。今回、そんな「謎ルール」について考察しているのは、米国在住の作家・冷泉彰彦さん。冷泉さんは自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で奇妙な「謎ルール」について疑問を呈した上で、中でも看過することができない「ある新ルール」を取り上げています。

日本のビジネスマナー、どんどん増える「謎ルール」

日本における「マナーの変化」に驚かされることが多くなりました。普通、マナーが変化するというと、結婚式や葬式の「お返し」をやめようとか、年賀状などの「虚礼は廃止」しようといった感じで、時代が進むにつれて、「マナーがどんどん簡単になるのが普通です。

ですが、最近聞こえてくるのはで、そのように簡素化するのではなく、その反対の動きです。特にビジネスの世界では多くの新しい謎ルールが出現しているようです。

例えば、日本独特のカルチャーとして、取引先を訪問するとお茶が出るわけです。その場合に、「お茶を飲むのは失礼だからダメ」という考え方があるらしく、最近では「マナー講師」という怪しい職業の人などが真顔でそういう指導をするようです。中には、相手から勧められたら飲むべきという意見もありますが、「それでも飲まないのが我慢しているようで好印象」などという妙な「マナー」もあるそうです。

その変形としては、ペットボトル問題というのもあります。夏場などには冷たいペットボトルのお茶が出る場合があり、そうすると迎える側の人が自分も飲みながら「さあどうぞ」などと言われると、断るのは失礼なので開けて飲むことになります。その場合、お茶が残ると「どうぞお持ち帰りください」と言われることがあります。そう言われたら「持って帰るのがマナー」だというのです。なぜかというと「置いて行くと、リサイクルのゴミになり迷惑」なので、持ち帰るのが礼儀なのだそうです。こういう感じで、面倒臭いなりに一応筋が通っている「マナー」もないわけではありません。

しかし、多くの「謎ルール」は問題があると思います。例えば、日本独特の習慣として宴席での「お酌」というのがあります。これは今でも昔とは変わらない感じであります。ですが、最近は「ビールを注ぐ」際に、「ラベルを上にしなくてはいけないという「新ルール」が加わっており、これをやらないと「目上の人が怒る」というケースがあるようです。

理由は、その方が見栄えが良く丁寧だというのですが、これは90年代まではなかったルールだと思います。ルーツとしては2つ考えられます。1つは、昔から銀座や北新地など「夜の街で見られた習慣で、特に格(値段)の高いクラブで、「ママさん」がやっていた酒の注ぎ方のマナーを誰かがマネをして広めた可能性です。もう1つは、パワハラ系の体育会などでやっていたのがルーツという説があります。いずれにしても、ビジネスの世界の上下関係に、こんな細かいルールを持ち込むのは考えものだと思います。

一部は、キリンの瓶しかないので、サントリーの社員に出す際には、ラベルを「下向き」にするという(勿論その逆もあり、サッポロやアサヒも)ルールもあるそうですが、これもバカバカしいとしか言いようがありません。ケイレツ取引を強要するという意味では独禁法違反ですらあります。

あとは、乾杯でグラスなりジョッキを合わせる際には、「偉くない人偉い人の下から合わせるというのもあります。これも昔はなかった謎ルールです。乾杯というのは、一斉に音なり掛け声をかけて、ある種の喜びを表す「一体感のためのセレモニー」です。若い人がそんな中で「自分のグラスが上にならないように気遣う」などという「冷めた計算」を強いられるのは、もはや乾杯とは言えない感じもします。

飲み会の謎ルールとしては、日本酒を徳利で注ぐ場合は「注ぎ口」が上になるようにわざと反対に持って、「注ぎ口でない側で注ぐのが丁寧だという「新ルール」も出現したそうです。理由が実に奇妙で、「注ぎ口には毒を塗ってある危険があり、それを避けるように反対にするのが丁寧」だというのです。

ですが、江戸時代の話としてもそんな「毒殺」の伝説などというのは聞いたことはありません。もしかすると韓流ドラマの宮廷陰謀シーンなどの影響かもしれません。とにかく、この「徳利を反対に」というのも、最近では一部にこだわる人がいるらしいので困ったものです。

こうした「謎ルール」の中でも、私が非常に心配しているのがハンコの押し方です。日本独特の文化としてハンコというものがあります。特に会社の中では稟議書とか回覧決済などと言って、多くの関係する部署の担当者がハンコを押し、最後に管理職や役員など「順番に偉い人」がハンコを押して決済する仕組みがあります。

何よりも、そのように紙を回してハンコを押すということ自体が古いし非効率です。ファックスやPDFでなく原本を回している間にビジネスチャンスは消えてしまうのが現代と思うのですが、百歩譲って、これは仕方がないとしましょう。

問題は、下役は上司に対して「お辞儀をしている」ように、「ハンコを上司の決済欄の方へ傾けて」、しかも「下になるにつれて傾けて押す」という「謎ルール」が生まれているとうことです。

飲み会の謎ルールはまだ笑って済ませられるところがありますが、このハンコを傾けるというのは、問題です。これはダメです。とにかく、そんなことを有り難がる上司がいるというのでは、正しい判断のできる会社なのか心配になります。特に、お金の絡む決済書類であれば、捺印というのはイコール「承認と統制という法律行為です。

例えば、統制というのは、要するにチェックです。誤りはないか公私混同はないか法律違反はないかを確認する法的責任が伴う行為です。統制が不要なら、起案者である若手と、決済者である部長や役員だけがハンコを押せばいいのですが、その間に課長とか係長のハンコが必要なのは「統制つまりチェックのためです。

にも関わらず、係長が最終決済者の部長や役員のことを気遣ってハンコを傾けるというのは、そこにソンタクや不正の入る余地がある、そう感じざるを得ません。一番そういうことをやってはいけない金融機関などで、この「ハンコのお辞儀」が広まっているという話を聞くと、もう日本オワタという感じがします。

それにしても、どうしてこうした「謎ルール」ができるのでしょうか?

まず、何と言っても1990年代以降の日本経済が低迷する中で、営業などの各企業の現場は、ビジネスの衰退を食い止めるために必死の活動をしており、その結果として「とにかく取引先の好感を得るためには何でも」という思いが、このような行動になっているということがあります。私は、「謎ルール」には反対ですが、このような事情があるケースについては、批判するのは失礼とも思います。

それとは別に、「謎ルール」が暴走する背景には、運動部気質とか、パワハラ体質といった悪しきカルチャーの影響もあるようです。これはとにかく、社会が厳しく監視して、そのような謎ルールを強制すること自体がパワハラでありコンプラ違反の温床だということを口を酸っぱくして言い続けないといけません。

もう一つ考えられるのは、「マナー講師という職業の流行です。こうした「外部講師」について言えば、サービスを依頼しているのは「悩んでいる若手」ではなく、「若手を教育したい人事部や経営陣」ですから、とにかく「できるだけ丁寧に」という姿勢になります。その結果として、「謎ルール」を抑制するのではなく、「こうしたマナーはご存知ですか?」的なアプローチで、反対に暴走させる傾向があると思います。

本来は、経営者や管理職の研修の際に、「謎ルール」などを使って権力行使をするのは、グローバルな常識からはアウト」だということを訴えていく、それが「マナー講師」の本来の姿ではないでしょうか。

とにかく、このような「謎ルールの横行」は、流行現象とか流行語と違って簡単に受け入れるわけには行きません。対応を強いられる人々のストレスは猛烈だし、グローバルなビジネスの常識からは離れて行くし、パワハラやコンプラ違反の温床になるからです。

image by: Shutterstock.com

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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