本気とは思えぬ、日本経済新聞「米が民主主義の牙城」という皮肉

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アメリカの老舗NPO「フリーダム・ハウス」が毎年発表している世界各国の「自由度」ランキングの2019年版が先ごろ発表され、アメリカは今年も指数横ばいの52位でした。ジャーナリストの高野孟さんは、自身のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で、それが現在のアメリカに対する世界の認識であると指摘し、日経新聞が見出しに使用した「民主主義の牙城」という言葉に大いなる違和感を訴えています。

米国が「民主主義の牙城」だなんて……

トランプ米大統領が国境の壁の建設予算が議会の承認を得られないことに苛立って、事もあろうに「非常事態宣言」を発動して議会の機能を事実上停止するという、アジアかアフリカの三流の独裁者も顔負けの奇矯な行動に出た。もちろん本人も無茶は承知の上でのことで、法廷で争うことになれば負ける可能性があることを匂わせている。真面目な行政措置ではなく、2年後の再選を賭けた大統領選に向けて自分が公約に忠実であることをアピールするための軽薄極まりないキャンペーン活動の一環と見るべきだろう。

それにしても、日本経済新聞2月17日付がこの件を「強権、民主主義の牙城でも」という大見出しで報じたのには、いささか驚いた。米国が「民主主義の牙城」だと世界が認めていたのは、一体どのくらい昔のことなのか、思い出すのも難しく、ということはこのフレーズはもはや死語なのではないか。

もちろん日経も、米国がアジアやアフリカに「民主主義を御旗に圧倒的な軍事力で介入してきた歴史がある」とした上で、「しかし、今その米国ですら強権的な政治手法が勢いづこうとしている」と、ある意味で皮肉でこのフレーズを用いているのだが、この文章の組み立ては論理的でなく、そもそも米国が、最近で言えばイラクやアフガニスタン、その前はベトナム等々に、「民主主義の御旗」を掲げて軍事介入という名の侵略戦争を繰り広げてきたことのどこが「民主主義」的であったのか。対外侵略と対内抑圧は表裏一体であるのが軍事国家の常である。

そもそも「民主主義」の意味は?

それに、「民主主義」の意味・内容あるいは“質”という問題もある。米国風の民主主義と言えば投票によって物事を決める多数決民主主義だが、これが民主主義のスタンダードかというとそうとは言い切れない。政治思想史が専門の宇野重規=東京大学教授は「民主主義と投票は必ずしもセットではない。本来、関係ないものが結びついた」と指摘する(2月22日付朝日新聞文化欄)。ましてや、代理人を選挙してその人たちの多数決に決定を委任する代議制の間接民主主義が本当に有用なものであるのかどうかは、歴史的にも理論的にも確定的なことではない。

例えば、紀元前5世紀の都市国家アテネの最高意思決定機関である「市会」では、数万人の有資格市民が集まって、専門家の意見を聞きながら議論を重ね、最後は皆の意思で決めたことを拍手で確認した。このように、参加者のほぼ全員が納得するまでいくらでも時間をかけるというのは、実は民主主義の根幹であるのかもしれない。

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