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日本人女性も死亡。テロを防げなかった、スリランカ政治の混乱

4月21日にスリランカで発生した連続爆破テロは、現地に住む日本人を含む250人以上の死者を出す惨事となってしまいました。スリランカ政府の外交と国防のアドバイザーを務める島田久仁彦さんは、主宰するメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』で、今回のテロの3つの『謎』を独自の情報を元に紐解きます。そして、指摘してきた軍と警察の指揮系統の混乱と不明確さが改善されず「無力感と憤りを感じる」と無念の思いを表しています。

スリランカ・テロ事件が投げかける“謎”

今週、国際情勢として最大のイシューはやはりスリランカでのテロ事件ではないでしょうか? 私も多くの紛争地を訪れ、テロ事件にも対応してきましたが、これはまれにみる悲劇だと感じます。

同じスリランカで長年にわたって続き、多くの死者を出し、スリランカコミュニティーをズタズタに分断した『タミールの虎との内戦』以来の悲劇です。

このタミール・タイガー(正確には、タミル・イラーム解放のトラ)との内戦の終結には、私自身も調停官として携わり、停戦合意後、しばらく静寂と緊張が続きましたが、2009年にタミールの虎のリーダー(ヴェルビライ・プラバカラン)が暗殺されたことで、何とも皮肉な形で和平がもたらされました。

今回のテロ事件の一報が入った際、調停官のコミュニティーでは、「またタミールの虎か!?」との声も多くありましたが、すぐにタミール族は、本件とは無関係であることが分かりました。

その理由は、彼ら自身はヒンドゥー教徒が多く、1975年から2009年までの内戦でも、ターゲットは国民の7割を占める仏教徒だったため、今回の様にキリスト教徒をターゲットにするテロ事件は起こしてこなかったからです。そして、タミル・イラームには、もうこのような大規模なテロ事件を仕掛けるキャパシティーがありません

では、誰がこれほどまでに大規模でレベルの高い攻撃を仕掛けることができるのでしょうか? その『犯人捜し』は専門家に任せるとして、今回のテロ事件をめぐる不思議(『謎』)についてみてみたいと思います。

1つ目は、「ここまでの大規模でレベルの高い攻撃を仕掛けて、250名を超える一般人を殺しておきながら、事件後すぐに犯行声明が発表されなかった」という『謎』です。

一応、次の日以降になって、国内のイスラム過激派であるナショナル・タウヒード・ジャマア(NTJ)やISなど、いくつかのグループが犯行声明を出しましたが、どれも内容に具体性を欠き、実際の関与についてはまだ明らかではありません。

通常、このような大きな非常に組織化されたテロを同時多発的に行った場合、すぐにISなどのグループは、世界に向けて主張を行うはずなのですが、そのISでさえ、「ISによる行為だ」と主張するまでに数日を要しており、非常に不可解です。恐らく、この攻撃そのものについては、ISの本体は「知らなかった」のではないかと推測できます。

2つ目の謎は、「10日ほど前からテロの情報を複数の情報源から掴んでいたにも関わらず、この連続多発テロを防ぐことが出来なかった」という『謎』です。

一連のテロ攻撃の後に行われたスリランカ政府の国防および情報当局の記者会見によると、「10日ほど前から、NTJなどに属する40名のイスラム過激派をマークしていた」、「複数のテロの可能性を示唆する情報が入っていた」とのことですが、結局、対策と言えるような対策は講じられず、一般市民と外国人の多くを巻き込む事態を起こしてしまいました。

政府筋の“言い訳”では、「ちょうど警戒レベルを上げようとした矢先のテロだった」とのことですが、複数の不穏な情報がもたらされてから十分な時間があったにも関わらず、全く機能していなかったと言えるでしょう。

どうしてこのようなことが起きたのか。私のスリランカでの親友で、私を政府の外交と国防のアドバイザーに就任させたAsangaによると、「この5年ほどで国防大臣が4名交替し、国防にかかる行政は効率的に機能していない。また、大統領と首相の政治的な衝突が激化しており、国防・警察に対する権限の争いが起きているのも一因。実際に指揮系統がバラバラで国軍もすぐには動けないのが現状」とのことで、それが今回、対応が著しく遅れた1つの要因だと考えられます。

この政治的な混乱と指揮系統の不明確さは、私もアドバイザーとして指摘してきたことなのですが、全く改善されることなく、無力感と憤りを感じます。

3つ目の『謎』は、やはり「誰が、そもそも何のためにこのような蛮行に及んだのか」という点です。最初に「犯人捜しはしません」と申し上げましたが、いろいろな情報に触れてもはっきりしてこない状況に直面し、やはり気になる『謎』です。

テロ事件から日が経つにつれ、ISが犯行声明を出したこともあり、【ISの関与】の可能性が高いというような分析結果が報じられています。私の感覚では、「たぶんね。でもメインではない」と考えています。

それはなぜか? まず、犯行声明は出しましたが、通常の内容と違い、具体的なポイント(場所、狙いなど)について語られていません。どちらかというと、「(誰だかは知らないが)よくやった」的なニュアンスが読み取れます。NTJのリーダー格の男がISの犯行声明ビデオに顔出しで登場していますが、その中で語られた内容の信憑性は不確かです。

ただ、諸々の状況から見ると、はっきりと言えることは、今回のテロ事件は「プロの仕業」だということでしょう。もし、世間が言うようにISをはじめとするイスラム過激派に責任を押し付けたいなら、恐らくIS絡みで、【シリア帰りの元IS】による仕業というストーリーになるでしょう。

実際にスリランカ当局に身柄を確保された一人は、シリア帰りの元IS戦士とのことでしたが、彼の関与については謎が多くあるようです。現在の国際的な論調(注:欧米とその同盟国の論調)から考えると、混乱に幕引きをするには、イスラム過激派にその責任を負わせておくのが手っ取り早いというような感じが見えます。

その他には、報道で取り上げられた別のイスラム教徒、【地元の60代の大富豪】によるOrchestrated actionだとする内容です。これについては、謎だらけです。それは、仮に彼とその取り巻きが何らかの形で関与していると仮定しても、彼らにキリスト教徒と外国人観光客を襲う理由がないからです。

2009年に1975年から続いた長い内戦が終わったのは先述の通りですが、原因の1つは、人口の7割を占める仏教徒からヒンドゥー教徒への迫害と差別でした。タミールの虎との抗争が2009年に終わってからは、仏教徒の迫害や暴力の対象は、人口の1割ほどを占めるイスラム教徒に変わりました。

この衝突をキリスト教徒は静観しており、仏教徒とイスラム教徒の間にあるいがみ合いと衝突にも関わっていなかったため、イスラム教徒のグループが、キリスト教徒をターゲットにして大規模な攻撃を仕掛けるというシナリオも非常に考えづらいでしょう。 数日遅れて出されたISの犯行声明では、「先日、ニュージーランドで起こったイスラム教徒への銃乱射事件に対する報復」が理由の1つに挙げられていましたが、スリランカは比較的にイスラム教徒とキリスト教徒の折り合いがいい国で、それぞれマイノリティであるという共通点から争いはなく、その上、「ではなぜ、ニュージーランドではなく、スリランカでこのような“報復”を行ったのか」というロジックが立ちません。

シリア及びイラクでのIS掃討作戦が進み、軍事的なグループとしてのISは影を落としていると言えますが、その分、IS戦士たちの出身国において、ISという“思想”に則ったテロ活動が実施されるケースが増えてきています。

スリランカ、インド、パキスタン、バングラデッシュ…南アジアの国々でもそのような危険性はあるのですが、今回のような非常に機能的でレベルの高い攻撃を仕掛け、そして成功させるだけのキャパシティーがあるようには思えません。

では他の可能性はどうでしょうか?

私が今回のケースを見るにあたり、いろいろな情報を総合して考えると浮かび上がってくるのが、「大統領派と首相派の政治ゲーム」のなれの果てです。

現在の首相は大統領から一度罷免されており、最高裁までもつれた訴訟を経て、首相が権力を回復しています。内政を見れば、行政や経済政策は首相とその内閣に権限があるが、国家安全保障と治安は大統領権限と憲法で定められていますので、考えたくはないですが、「首相派による大統領派への政治的な攻撃」ではないのかとの見方です。

言い換えると、「国家安全保障と治安は大統領の責任であるにもかかわらず、大統領は事前に入った危険な情報を見落とし、250人を超える死者と非常に多くの被害を出すに至った」として、彼の大統領としての資質を問うというような形です。

テロそのものを首相派が主導したとは考えづらいですし、考えたくもないですが、あまりにも謎が多すぎて、そのような勘繰りさえしてしまう状況です。

より組織的な捜査を行うために、スリランカ政府はアメリカのFBIなど捜査機関にも協力を要請し、いろいろな情報を集めていますが、 あまりにも謎が多い今回の悲劇に対し、『真実』は恐らく闇の中に封じ込められ、最も政府の体裁が保たれるような帰結を迎えるような悪い予感がしてなりません。

普通の日常の平穏が一瞬にして奪い去られる事態が、悲しいかな、多発する傾向にあります。世界は一体どこに向かい、何を目指すのでしょうか。

今回の残忍なテロ事件によって生命を奪われ、未来を奪われた全ての魂に祈りを捧げつつ、今回の解説を終えたいと思います。

image by: Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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