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自営の食堂が消え、チェーン店だらけの日本が不幸でしかない理由

先日掲載の「『バイト炎上動画』問題で露呈した、外食大手チェーン店の脆弱性」等の記事で、日本の外食産業の問題点を指摘してきた、米国在住の作家・冷泉彰彦さん。冷泉さんは今回、自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で、古き良き個人経営の飲食店が事業として成り立っているアメリカの現状を紹介した上で、日本から「自営の食堂」が消えてしまった理由と、激増するチェーン店の現場に希望が全く見えなくなってしまった原因を記しています。

なぜ、日本の外食産業の現場には希望がないのか?

大陸横断鉄道の150周年記念式典、そして史上最強の蒸気機関車「UP4000型」復活運転の取材でユタ州に行ってきました。ユタ州といっても、今回は州都のソルトレイク・シティーとその北部にある州第3の都市オグデンが中心だったのですが、驚いたのは「のレベルが高いということです。

そうは言っても、完全な山国ですから、そんなに各国料理が豊富なわけではありません。日本食も数はないし、イタリアン、中華、インドといった東海岸では多数派の食べ物も少数でした。レベルが高かったのは、アメリカ料理でいわゆるダイナー」です。

何だかんだ言って、短期間に5店を制覇したのですが、どの店も料理やメニューに工夫があり、サービスもアットホームな感じで大満足という感じでした。そのくせ、価格の方は東海岸と比べると2割から3割は安いのです。

メニューだけをお話しするとファーストフードやファミレスっぽいわけで、健康にも悪そうだし、クオリティ的にもB級グルメ的な印象になります。ですが、ちょっと違うのです。ダイナーというのは、完全に個人店です。一軒一軒が独立しており、ちょっと成功したからといって2号店を出したりはしません

とにかくファミリービジネスであり、大きくなると人手は地元の人を雇ってしのぐことはあっても、基本は自営というわけです。何が良いのかというと、外食というのは経営のコツがわかれば、固定費と変動費をうまくマネージすることができ、そうすると3割とか4割の粗利益を稼げるのです。

例えば、今回訪問したソルトレイク・シティーから、5分ほど東の山中に入ったところにある “Ruth’s”(「ルースおばさんのダイナー」という感じです)という店は、創業が1930年ですから、もう90年近く営業していて、大変な人気店になっています。アメリカ版の「ぐるナビ」とでも言っていい “yelp”でも高評価になっていますから、経営は安定していると思われます

この種のダイナーは全国にあるわけですが、東海岸の場合は、どういうわけかギリシャ系の人たちが市場を相当に抑えていたりします。ワシントン州などコーヒー文化の異常に発達したところでは、名前はカフェとなって、内装やメニューが「オシャレ」になる感じもあります。東からちょっと内陸に入ったペンシルベニアあたりだと、当たり外れが結構あったりします。

その一方で、このユタ州の場合は、とにかく素朴だが、レベルが高く本当にビックリしました。価格で言えば、この「ルースおばさん」は一番高い方で、もっと安い店もたくさんありました。

よく考えると、日本でも昔はこういう「自営の食堂」というのは、どこにでもあったように思います。

まず、関東の場合はソバ屋というのがあり、別に手打ち麺とか凝ったことはしない一方で、出汁と「かえし」はちゃんと手間暇かけてプロの味にする、メニューはソバとウドンが選べて、それこそかけソバから天ぷらそばまで色々なチョイスがある、加えて天丼、親子にカツ丼といった丼物、異色なところではカレーライスやカレー丼に、妙に魚系の出汁の利いた「ソバ屋のラーメン」も出す、そんな感じの店です。

大体が、「ナントカ庵」とかいう名前で、恐らくは若い時は大きな店で修行して、金を貯めて独立したという感じの風情でしたし、ですからチェーン化というのはありませんでした。関西のうどん屋さんというのも同じように個人店が多かったと思います。

また、一膳めし屋というのもありました。とにかくデカイ炊飯器で大量の白米が炊いてあり、オカズは多くの場合は皿に盛り付けた「作り置き」。それを1つか2つ選んで、飯の大きさを注文して盛ってもらうというスタイルです。電子レンジとかでチンするという発想はなく、冷えたオカズで熱々のご飯を食べるというのですが、よく考えるとあのオカズは冷めても旨いということは、やはり、ちゃんとした味付けがしてあったのだと思います。

そう言えば、町の洋食屋さんというのもありました。必ず楕円形のステンレス皿に、エビフライとかハンバーグ、それに千切りキャベツが添えられて…みたいな店です。この種の業態も、チェーンに押されて淘汰された感じです。

後は、町の中華屋さんというやつでしょうか。天津飯とかレバニラとかを看板メニューに、ラーメンとか餃子もという店です。この業態はそれこそ、全国的に数社のチェーンに完全にやられてしまっています。

変則なものでは屋台というのもありました。おでんにしても、ラーメンにしても屋台を「引く」という職業があって、深夜にお世話になりながら親父さんの話を聞くと、「10年が限界かな、冬場はキツイしね」という愚痴とともに、「でも、まあ頑張って屋台引けば、最後はアパート建てて家賃で左うちわも夢じゃないですよ」みたいな人生設計もあったようです。

この「屋台のラーメン」ですが、仮に売価(当時)400円で、原価率25%とすると粗利が一杯300円。一晩に100杯出せば3万円。年に300日で900万。キツイ商売かもしれませんが、悪い数字ではありません

ですが、ソバ屋、中華屋、洋食屋、そして屋台と、家族営業で成立するような自営の食堂というビジネスが、どうも日本では成立しなくなっているのです。

その反対に増殖しているのがチェーン店です。いかにもデジタルのプリンターから吐き出された「キャンペーンのノボリ」を立て、メニューはプラスチックのパウチのされた大量印刷、マニュアルにバカみたいに厳格な接客、セントラルキッチンで下処理された画一メニュー…そんな店と、それこそワンオペで回すような牛丼やカレー中心のスタンドのチェーン店…全国どこでも金太郎飴のように、チェーン店ばかりです。

そうした、チェーン店の現場には、なかなか希望が感じられません

どうしてなのでしょう?

まず、時給が安そうだということがミエミエです。本当に幸福そうに働いている人は少なく、もちろん良心的な経営をしている会社もあるわけですが、基本的に安い店の場合はやはり、違うと思います。

もう一つは、キャリアパスを閉ざされていることです。外食の現場で何年やっても、それは専門スキルとして個人の価値を高めることにはならないのです。まず、サービスにしても画一的で、マニュアルの逸脱は許されません。調理もそうで、下処理した食材をマニュアル通りに加熱したり盛り付けるだけです。

ですから、調理や接客について「独立できる」レベルの修行には全くならないのです。つまりチェーン店で長年働くということは、本当に労働力を切り売りしているだけであって、「その先は見えないのです。

同じようにワンオペで調理して接客していても、自営なら利益は全部自分のキャッシュフローになりますが、非正規労働だと時給で終わりです。仮にオーナーになるとしても、チェーンのフランチャイズに入ると、店から見たコストの構造は全く異なります。先ほどの昭和の屋台ラーメンとは全く違って、材料は全部指定のもので、既に本部が自分の利益を乗せています。利益からはフランチャイズ料を取られます。

では、チェーン店の場合は何に金がかかっているのかと言うと、本部の間接部門のコストです。つまり本部にいる「正規労働のホワイトカラーを養うためにカネが流れているわけです。本部は何に対して対価を得ているのかと言うと、工場のように標準化されたメニュー開発と、食材の調達、下処理、店舗設計、サービスマニュアルの実施などといった「ビジネス」をやり、その代わりに現場の非正規労働者よりは高い給料をもらっているわけです。

ユタ州で感じた一軒一軒に個性があり、それぞれ働く人は同時にオーナーとその家族であって、楽しそうに何十年もビジネスを続け、それなりのキャッシュフローを得ている、そんなビジネスモデルとは大きな違いがあります。

私は、どう考えてもこの種の小規模でも完結性があり、しっかり粗利の取れるビジネスは個人経営である方が、働く人もそして利用客にしても幸せになれるし希望が持てると思います。

では、どうして日本の場合はチェーン化が進んだのでしょうか?

大量発注による材料費の圧縮、セントラルキッチンによる高品質で低コストの下処理、規模の経済によるマーケティングの効果、ブランドイメージを高めることでの安全性への信頼…確かにそういった要素はあると思います。

ですが、それでも、誰も幸福にならない現状というのは、そのような自然の流れでそうなったわけではないと思います。

個人経営の食堂ビジネスが淘汰され、難しくなっていった根本の原因は、そうしたビジネスの自然な流れでは「ない」のです。

そうではなくて、「お金の問題です4つの要素があると思います。

1つは、80年代にバブル経済が膨張する中で、銀行が土地を担保にカネを貸す事ばかりに集中してしまい、地道な自営業の将来性などを判定して与信を行うノウハウを捨ててしまったということがあります。

2つ目は、日本の中に「リスクの取れるマネー」が枯渇しているという問題です。個人金融資産というのは、今でも巨大な国家債務を引き受けるだけのボリュームはあるわけです。ですが、新規に個人のビジネスを始めるようなリスクのあるビジネスに貸せるような金は非常に細いのです。

3つ目は、では海外から資金を持ってくるということになると、これはノウハウがありません

4つ目は、特に地方では地場の金融機関がどんどん体力を失っているという問題があります。

そうした金融面での構造的な問題がある中で、食堂という小規模でも完結性があり、やり甲斐もあるし、地域の活性化になるビジネスに「事業資金を供給できない」のです。

これは大きな問題だと思います。日銀や財務省、経産省といった機関が、キチンとこの問題に向き合って行くべきと思います。だからと言って、素人的にハイリスクなカネを貸してすぐに潰れるような半官半民の金融機関を作ってもダメです。まして、補助金的なものをバラまいてもダメです。

そうではなくて、日本の経済社会の構造をしっかり立て直す中で、この問題に取り組んでいかねばなりません。とにかく、本部の間接部門の経費が何十%も入っている食事を画一的な店で食べる、それが一番コスパがいいという構造は誰も幸せにしないと思います。

image by: Thanakrit Sathavornmanee / Shutterstock.com

冷泉彰彦この著者の記事一覧

東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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