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国際交渉人が説く。米国のイラン対応がエスカレートする真の理由

5月上旬に米国政府がイランへの制裁を一段と強化したことをきっかけに悪化する両国関係。危ういながらも均衡を保っていたはずの両国に何が起こっているのでしょうか?メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者で、数々の国際舞台で交渉人を務めた島田久仁彦さんは、再選の材料と目論んでいた北朝鮮との交渉が行き詰まったトランプ大統領が、対イラン政策に活路を求めたと分析。敵視政策に対し一歩も引く構えのないイランの出方次第では、国際秩序が崩壊へと向かうと危惧しています。

米・イランの緊張激化が招く国際秩序の崩壊への道

『イラク・バグダッドのグリーンゾーンにロケット弾が着弾した』。このニュースが入ってきた際、『嫌な展開になってきたな』と懸念を抱きました。そう感じてすぐに、アメリカの国務省は『これはイラン政府が支援する民兵組織による仕業』との見解を発表し、続いてトランプ大統領も『これ以上、アメリカに対する威嚇を続けるのであれば、攻撃も辞さない』と警告を送りました。

実際に、ペルシャ湾のすぐ外に展開するアメリカの原子力空母を中心とした艦隊も、搭載されている戦闘機や中東地域に派遣されている戦略爆撃機が離着陸回数を増やしていますし、ペンタゴンは中東地域にアメリカ軍を追加で数千人規模派遣することを大統領に進言するというように、威嚇の度合いを上げた様子です。

それに対して、イランも真っ向から対立し、これまで穏健派で知られてきたロウハニ大統領も、国内で高まる【反米・反核合意】を掲げる過激派(ハーメネイ師)のに押されるように、対アメリカへの対決姿勢を鮮明にしています。

例えば、『これ以上、アメリカがイランを悪者にし、威嚇を続けるのであれば、その報いを受けることになるだろう』と攻撃もしくは“テロ”の予告ともとれる発言をしてみたり、反イランのアラブ諸国に対しては『イランと戦争をして勝つことが出来るなどという妄想は抱かない方がいい』と周辺国にも威嚇行為を激化させてみたりと、対応はどんどんエスカレートしています。

そして、極めつけは、イラン核合意で停止を宣言したはずの核開発、特に低濃度(!?)のウラン濃縮を再開した模様で、これによりヨーロッパでイランにシンパシーを抱いていた国々(英、仏、独)も、イランと距離を置かざるを得ない事態になったと思われます。

なぜ急にこんなことになったのでしょうか? アメリカのトランプ政権がイランに対する批判を強め、制裁を再度強化するという動きに出ていますが、軍事的なオプションに言及することはあっても、これまでは軍事的な展開を強めることはありませんでした。度重なるイスラエルとのいざこざは、アメリカ国内の新ユダヤの支持層を刺激しましたが、それは核合意の破棄と経済制裁による徹底的な締め付けで対応してきました。

ここにきて対応がエスカレートしているのには、一向に進まない北朝鮮の非核化に関するディールに対するフラストレーションが見て取れます。すでにスタートしているといっても過言ではない2020年の米大統領選ですが、トランプ大統領としては再選を有利にするため、『これまでどの政権も成し得なかった大きなディールの成立』が必要と捉えており、昨年末から2月末までは、それを【北朝鮮の非核化に関わるBig Deal】に設定していました。

しかし、ご存知のとおり、2月末のベトナム・ハノイでの第2回米朝首脳会談が物別れに終わり、今後の見通しが立たない中、本件でのdeal makingはタイミング的に“間に合わない”と踏んだのか、ターゲットをイランに“変更”したようです。

もちろん、北朝鮮の非核化に関わるディールについては、日本との関係や中国・ロシアへのプレッシャーという意味では継続的に協議されるはずですが、比較的にロシアや中国の“邪魔”を受けづらく、アメリカがもろに後ろ盾としての役割を果たしているイスラエルと長年対立関係にあることから、以前より批判してきた(そして、いつまでもいうことを聞かない)イランへの圧力強化を選択したようです。

しかし、理解が難しいのは、『イランへの圧力強化と威嚇のシフトアップ』をもって、【何を達成しようとしているのか】という目的です。 先週号でご紹介したとおり、ロシアにとっては、世界戦略においてアメリカと渡り合うための重要なカードの一つがイランで、同時に【出遅れた中東進出のための足掛かり】という意味合いがありますが(その延長線上にあるのが、シリアとトルコとの“密接な関係”です)、アメリカにとって、今、イランと事を構えかねないところまで緊張状態を高める意味は何でしょうか?

考えられる理由は、来年の大統領選挙を見据えた支持層固めです。【親イスラエル=反イラン】の姿勢を明確化することで、国内のユダヤ人支持層の支持を固めたいという思惑と、親イスラエルのキリスト教福音派(注:トランプ氏も近いが、特にペンス副大統領の強固な支持層)からの支持を確実にするための手段と見ることが出来ます。

イスラエルに対抗できる域内の国といえば、イランしかなく、長い間軍事的な緊張も続いていますが、親イスラエルの国内勢力に対して【同盟国イスラエルをイランの脅威から解放できるのは、アメリカだけ】といったメッセージを打ち出したいのではないかと思われます。

そして、その裏にあるアメリカの軍需産業からのプレッシャーも強いのでしょう。イスラエルの軍事技術は世界トップレベルですが、同時にアメリカの武器の導入・購入にも熱心ですから、経済的な同盟国としてのイスラエルを守る姿勢を強く打ち出しておいて、軍需産業をコントロールすると言われるアメリカ国内のユダヤ人層を取り込もうとしているのだと読めます。

ちなみに、トランプ大統領自身は、娘婿がユダヤ教徒で、かつイバンカさんもユダヤ教徒に改宗しているという家族的な理由はあるにせよ、実際にはさほどイスラエルには関心がない模様です。

次に考えられる理由は、エネルギー政策における覇権争いです。皆さんご存知の通り、シェールガスおよびシェールオイルの算出が本格化したことで、アメリカはかなり久しぶりに世界のエネルギー輸出国になりました。これは、アメリカの中東へのエネルギー依存を“なくした”というようにも表現でき、アメリカは【エネルギー安全保障を確実なものにした】と言えます。

トランプ大統領とその政権がずっと掲げるAmerica First!が、【アメリカ国内が潤えばよい】という意味であるなら、ここで『おめでとう!』で終わりなのでしょうが、トランプ政権の『野望』はもっと大きく、【アメリカを1位にしたい】という目論見です。

ここで、中東地域における【アメリカの目論見】を邪魔するのがイランであるとの認識でしょう。イランの石油生産能力をフルキャパシティーまで高めた場合、国際的な原油マーケットにおいて、イランはアメリカと競り合うことが出来る稀少な存在となり得ます。 天然ガスまで含めると、イランの他にはロシアの存在がありますが、対ロシアでは、ノードストリーム2(天然ガスの海底パイプライン)の建設を邪魔しようとするだけで、国際政治上の力の均衡を考え、大きくは対決姿勢を取ろうとは考えていないようです。

しかし、イランは違います。これには安全保障上の見解と経済的な側面があります。安全保障面では、先述のイスラエルに関わる要素以外に、同じ産油国でもアメリカに“従順”なサウジアラビアや、今やアメリカがコントロールしているといっても過言ではないイラク(イランの隣国)、そして、オイルマネーで潤うUAEなどの【アメリカの同盟国をイランから守る】という目的があります。(注:別にイランは悪者ではないのですが)。

【核戦力を保持しているのではないか】と予てより噂されているイランが力を背景にした暴挙に出ないようにする、というのがどうも建前のようです。しかし、実際には、イランの様々な情報源と話してみても、これまでにイランが【恐れられているような野望】を持ったことはないようです。『地域が安定しており、それぞれが主権に基づいて共存している限り、イランは他国に関心はない』のだそうです。

しかし、実際には『つねにイスラエルから敵対視され、その背後にいる米国から敵視され、それにつられてスンニ派の諸国から敵対視され、攻撃を受けている限り、自衛のために、イランは“するべきことをする”』のだそうです。

アメリカが軍事的なプレゼンスも高める中、イランも大いに反発する姿勢で、今のところ、安全保障面での懸念は下がることはなく、厳しくなる一方です。

経済面では、このエネルギーの世界的覇権争いが大きなカギです。安全保障面同様、イラン側は、アメリカ側からの批判はただの言いがかりとの考えのようですが、アメリカにとっては、湾岸戦争以降、下がる一方の国際的な覇権を取り戻したいという政策の柱があるため、それを邪魔するものは徹底的にたたくか、一方的にプレッシャーを強めるという戦略のようです。(注:米中貿易戦争や核戦力、多国間の枠組みなども同じ)。

イランがここで突出したターゲットになるのは、安全保障および経済の両面で、常にアメリカが抱く【もし、隣国イラクの混乱に乗じて、イランがイラクを取り込むことがあったら、世界最大の産油国はイランになり、中東におけるサウジアラビアの影響力は地に落ち、アラビア半島の勢力地図および覇権はイランに移る】のではないかという、妄想にも似た脅威です。

そのために、アメリカはイランを敵対視し、国内のユダヤ人勢力の後押しもあり、イスラエルに肩入れし、そしてイランに反対するスンニ派の国々を突かず離れずの姿勢でサポートするようです。それにイランは真っ向から対抗しているため、緊張状態が激化していくという図式です。 今週に入り、その緊張状態は極限状態一歩手前まで高まっているように思います。イラクの首相が米・イランの間での仲裁を買って出ていますが、両国からは歓迎されていません。アメリカにとってイラクは、まだイランの影響がどの程度浸透しているのか測りかねていますし、イランにとってのイラクは、どうもアメリカの傀儡に映っているからです。

今のところ、特段、効果的な解決策、つまりアメリカとイランの双方が、【揚げた拳を下ろす】ためのきっかけが見つからないでいます。 22日にはトランプ大統領は、北朝鮮に対しても『次のいかなるミサイル発射も許容しない』と発言し、対決姿勢を再度鮮明にしていますが、ここにイランとの衝突もありうるとしたら、アメリカの軍事的な戦略ももしかしたら破たんしかねません。(通説では、2正面で戦争を行うことは不可能とされるから)。

もしそうなったら、日本を含むアジアの安全保障のバランスも、欧州における安全保障のバランスも、世界中で緊張の中で保たれている安全保障も、一気に音を立てて崩れ去るかもしれません。

image by: shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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